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ジョージ・クルーニーとブラッド・ピットの共演映画、劇場公開中止が「良かったかもしれない」訳

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
「ウルフズ」L.A.プレミアに現れたブラッド・ピットとジョージ・クルーニー(写真:REX/アフロ)

 ジョージ・クルーニーとブラッド・ピットの共演映画「ウルフズ」が、20日、Apple TV+で全世界配信される。この映画はもともと、本格的な規模での劇場公開が予定されていたのだが、先月、Appleは突然、変更を発表。劇場公開は配信開始の1週間前にアメリカで限定規模にて行うのみ。日本を含むほかの国は、劇場を完全にすっとばして配信直行となった。

 このことにがっかりしたのは、このふたりをビッグスクリーンで観ることを楽しみにしていた日本の映画ファンだけではない。クルーニー、ピット、ジョン・ワッツ監督にとっても寝耳に水で、彼らは大きなショックを受けたようだ。そもそも、他社もこぞって手を挙げる中、このプロジェクトを獲得した段階から、Appleは、本格的に劇場公開をするということで話を進めてきたのである。

 それは、ワッツ監督の「スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム」(2021)がコロナ禍だというのに爆発的にヒットし、人はまだ映画館に足を運ぶのだということが証明される前。多くの新作が配信直行になり、劇場ビジネスの未来が危ぶまれていた状況だっただけに、ピット、クルーニー、ワッツにとって、劇場公開を確約してもらうことは大事だったのだ。

ジョン・ワッツ監督(左)は「タラレバは考えたくない」と述べている
ジョン・ワッツ監督(左)は「タラレバは考えたくない」と述べている

 そして、すべては当初の話どおりに行っているように見えた。

 映画の世界プレミアは、ヴェネツィア国際映画祭。オスカーレースにも意味を持つこの映画祭で華やかにお披露目するというのは、気合いの表れだ。しかも、そのお披露目に先立ち、Appleは、続編にゴーサインを出している。それは非常に稀なことで、かなり出来が良いに違いないと、人々はより期待を高めた。そんなところへ、これまたヴェネツィアでの上映を待たずして、Appleは、公開戦略の変更を発表したのである。

約束を破られても言葉選びに慎重なのは

 いわば約束を破られたわけだが、彼らは言葉選びには慎重。「Vanity Fair」のインタビューで「ほかの多くのスタジオがこの映画を欲しがっていたわけですし、こうなることがわかっていたら、別のスタジオと契約したと思いますか?」と聞かれると、ワッツは「そういうタラレバについては考えないようにしています」と笑いながら答えた。クルーニーも、ヴェネツィアでの会見で、「もちろん残念ですが、200スクリーン程度で公開はされます。劇場公開は、あるのです。もちろん、もっと多かったら良かったけれど」と語っている。ピットも、「劇場体験はロマンチック。だけど、配信は、より多くの作品、才能ある人々を見ることができます。それに、作品をより多くの人に見てもらえますし」と、ポジティブな点を指摘した。

ピットとクルーニーが演じるのは、もみ消し屋。お互いを知らなかったふたりは、仕事の現場で鉢合わせる
ピットとクルーニーが演じるのは、もみ消し屋。お互いを知らなかったふたりは、仕事の現場で鉢合わせる

 クルーニーは昨年の監督作「Boys in the Boat」(日本劇場未公開)をMGMで作っていたところ、AmazonがMGMを買収したことから、Amazonによって北米で劇場公開されるという経験をしたばかり。そしてクルーニーも驚いたことに、Amazonは、海外では配信もしないと決めた。業界は変化しており、配信会社のパワーが大きくなっているのを、業界の誰もが体感しているのだ。ただ、それは必ずしも悪いことを意味しない。マーティン・スコセッシですら最近の映画をNetflixやAppleで作らせてもらっているように、配信会社のおかげで実現するものは少なくない。今は業界が試行錯誤している時だとも知っているから、彼らは今回の決断についてやみくもにAppleを批判しないのである。

 スコセッシの「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」やリドリー・スコットの「ナポレオン」などをしっかり劇場公開したAppleが、この映画に関してなぜ急に方針を変えたのかについて、Appleは何も説明していない。先に述べたように、方針変更は映画がお披露目される前で、続編製作も決まっているということは、作品自体の問題というより、単にビジネス面での判断だろう。

劇場公開されていたらボックスオフィスはどうだったか

 だが、アメリカで限定劇場公開が始まった今、これはクルーニーやピットにとって、結果的には悪くなかったのではと思われるようになってきた。映画の出来が、実はあまり良くないのである。

 Rottentomatoes.comでは72%と決して悪くないが、筆者の周囲に、この作品を褒める映画ジャーナリスト、批評家は、ひとりもいない。筆者自身も、非常にがっかりしたひとりだ。観客評価も61%となっているものの、詳細を見ていくと、2つ星以下の評がとても多い。たまに5つ星、4つ星もあるので、平均すると3つくらいになり、61%になっているのだろう。とにかく、16年ぶりにこの2大スターがようやくまた組んだに値する映画とは、決して言えない。

お互いの存在を疎ましく思うふたりは、協力せざるをえないことに
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 このふたりが出るという話題性はたっぷりなだけに、予定通り劇場公開されていたら、公開初週末はそこそこの数字を出しただろう。だが、おそらく2週目には大きく落ちたのではないか。ボックスオフィスでコケるのは、スターにとって、面目が潰れ、プライドが傷つくことだ。劇場用映画の場合、ボックスオフィスは誰にでもはっきり見える。そして、業界メディアは、何が悪かったのかをどんどん指摘する。

劇場用映画として宣伝されていたメリットも

 だが、配信であれば、数字はわからない。それに、ピット自身が言ったように、家にいて気楽に見られる配信は、より多くの人に見てもらえる。より多くの人に見てもらえてヒットとなれば、続編の製作が加速したり、そこから別のシリーズにつながったりなど、良いことが起きるかもしれない。

 ギリギリまでは劇場公開の予定だったおかげで、この映画は、宣伝広告がしっかりとなされてきた。この一連の公開戦略変更もまた、宣伝効果になったのではないか。とにかく、この出来事は、先がどうなるのかは誰にもわからないのだということと、ビッグネームだからといって傑作だとは限らないことを教えてくれた。もっとも、それらは昔から知られていることだ。今週末の配信開始後、「ウルフズ」にどんなことが待ち受けているのかを見届けたい。

場面写真クレジット:Apple TV+

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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