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米朝首脳会談を前に人民軍No.1に続き、No.2の総参謀長 ,No.3の人民武力相も解任

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
金正恩委員長演説中にコックリする李明秀軍総参謀長を凝視する趙延俊党検閲委員長

 朝鮮人民軍トップの金正角軍総政治局長が先月突如解任されたが、No.2の李明秀軍総参謀長も、No.3の朴英植人民武力相も同時に更迭されていたことが判明した。軍トップ3人が揃って一同に解任されたのは極めて異例で、過去に前例がない。

 軍総政治局長は76歳の金正角次帥から68歳の金守吉平壌市党委員長に、軍総参謀長は84歳の李明秀次帥から63歳の李永吉第一副総参謀長(大将)に、そして人民武力相は朴英植大将(年齢不詳)から62歳の呂光鉄第二経済委員会委員長に交代している。

 金守吉、呂光鉄両氏ともいずれも軍人出身で、金守吉氏は2014年3月に平壌市党委員長に起用されるまで軍総政治局副局長(組織担当=中将)の要職に、また呂光鉄氏も副総参謀長から2015年に人民武力相に転出し、第一次官のポストにあった。

 軍総政治局長の交代は先月26日に朝鮮中央通信などが伝えた金正恩委員長の東海岸都市の元山現地指導随行者名簿で判明していたが、軍総参謀長と人民武力相の人事異動については一切明らかにされてなかった。

 これにより、金正恩体制が2012年1月に発足してからこの6年間で軍総政治局長は金守吉大将で4人目、軍総参謀長は李永吉大将で6人目、人民武力相は呂光鉄大将でなんと7人目の交代となる。

 ちなみに父・金正日体制下(1994-2011年)では17年の間、軍総政治局長の交代は一度もなかった。趙明禄次帥が1995年10月に就任して以来、亡くなる2010年11月まで15年間、その要職にあった。

 趙政治局長はクリントン政権時代の2000年10月、金総書記の特使としてワシントンを訪問し、クリントン大統領に親書を伝達していたことが最近、金英哲党副委員長兼統一戦線部部長(前偵察総局長)がホワイトハウスを訪れ、トランプ大統領に金正恩委員長の親書を伝達したこととの関連で米国のマスコミで取り上げられていたばかりだ。

 また、総参謀長の交代も金正日政権下では3度しかなかったし、人民武力相も17年間で僅か4人に過ぎなかった。呉振宇人民武力相は1995年2月になくなるまで19年間、そのポストにあった。後任の崔光次帥は1年4カ月と短かったが、任期中に死去したことが原因である。3人目の海軍出身の金益鉄次帥は1997年2月から2009年2月まで12年間も在任していた。

 今回更迭された金正角次帥は昨年11月に軍総政治局長に登用されたばかりで僅か半年での交代となり、2016年2月に総参謀長に就任した李明秀次帥も2年3か月で、同じく同年5月に人民武力相となった朴英植大将も2年でお役御免となった。軍首脳を頻繁に交代させるのは軍を掌握していることの証であると同時に軍首脳部に絶大な信頼を置いてないことの表れでもある。

 今回の人事で意外なのは軍総参謀長に李永吉大将が再起用されたことだ。

 李永吉大将は前線の5軍団長から2013年に作戦局長に起用され、その年に早くも58歳の若さで総参謀長の抜擢されていた。翌年の2014年には党政治局候補委員、党軍事委員にも選出され、とんとん拍子に出席していたが、2016年1月に突如電撃解任されてしまった。

 当時、韓国の情報機関・国家情報院は李永吉総参謀長が「分派活動が理由で粛清、処刑された」と発表したが、実際には処刑されてはおらず、9か月後の11月に姿を現し、健在ぶりを示したが、それでも総参謀長から一転、第一副総参謀長に降格されていた。

 李永吉総参謀長解任直後に党中央委員会と人民軍党委員会による連合拡大会議が開かれたが、金正恩委員長は唯一指導体系の確立の重要性を強調し、「一心団結を破壊し、蝕む分派行動を徹底的になくす闘争を進めるよう」強調していた。

 この日、金正恩委員長は一般席に座っていた軍首脳らに向かって見下ろすかのよう「人民軍隊は最高司令官の命令一下、一つとなって最高司令官の指示する方向だけ動くように」と訓示していたが、最高指導者が「自分の命令に服従せよ」と演説をぶったのは、祖父の金日成主席の時代も、父・金正日総書記の時代もなかったことだ。

 さらに不可解なのは後釜に李永吉総参謀長の大先輩にあたる李明秀大将(当時)を据えたことだ。

 李明秀大将は金正日政権下で前線の3軍団長から作戦局長に就任し、2011年には警察にあたる人民保安相に就任したが、金正恩政権発足翌年の2013年4月に人民保安相だけでなく、党政治局員、軍事委員、国防委員などすべての任を解かれていた。

 李永吉総参謀長の後任に当時82歳のロートルを据えたのは明らかに世代交代と全く無縁の人事だった。金正恩委員長がなぜ、この機会に若返りせず、20歳以上も年上のリタイアしていた人物を登用したのか、今もって謎のままだ。

 今回も「軍三役」にいずれも60代を登用したことから世代交代を図ったとの見方と、3人のうち2人が党から起用されていることで党による軍部へのコントロールを徹底させるための人事との見方が交錯しているようだが、解任された李明秀軍総参謀長と朴英植人民武力相は4月の南北首脳会談では金英哲統一戦線部部長、李洙ヨン国際担当部長や李容浩外相らと共に金正恩委員長に随行し、板門店まで来ながら、会談にも晩餐会にも同席することもなくそのまま平壌への帰任を命じられていた。何のためにわざわざ板門店まで連れてきたのか、これまた謎となっている。

 首脳会談の相手である米韓両国に対して軍を掌握しているところを見せつけるため二人を板門店まで同行させたとみられなくもないが、北朝鮮の非核化が主要議題となる米朝首脳会談を目前にした突然の軍首脳陣の交代だけに今後波紋を呼びそうだ。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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