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【河内長野市】河内長野にもあった「自由ケ丘」はどんなところ?大阪狭山市との境付近にある町を歩いてみた

奥河内から情報発信奥河内地域文筆家(河内長野市・富田林市)

一般的に自由が丘といえば、東京の目黒区にある住宅街で、成城などとともに首都圏のハイソな住宅街という印象がありますね。しかし、河内長野にも同じ自由ケ丘という地名があります。

細かい話をすれば、間の「が」と「ケ」の違いはありますが、東京の自由が丘も昔は「自由ケ丘」だったそうなので、そう考えるとまったく同じですね。これは非常に気になりましたので、どんなところか行ってみることにしました。

地図で確認してみましょう。河内長野の北部、松ケ丘の西側に自由ケ丘があります。隣の桐ケ丘と比べても非常に小さいエリア。さらに大阪狭山市と市の境に接しています。

自由ケ丘は、一般名詞の「自由」がついている「丘」という意味なので、調べるとやはり全国各地にありました。

ちなみに河内長野と同じ「ケ」又は「ヶ」を使った自由ケ丘を調べると全国に19ケ所あることがわかりました。それに対して東京目黒とおなじ「が」を使った自由が丘は、全国に4か所あります。

自由ケ丘の最寄り駅 南海滝谷駅
自由ケ丘の最寄り駅 南海滝谷駅

もともと南河内郡旧千代田村にあたる自由ケ丘は、1986年から89年にかけて開発された小規模ニュータウン。隣接する桐ケ丘は、1979年から83年、南側にあるあかしあ台が1983年から2000年にかけてできたそうです。

ちなみに河内長野市に属していますが、市の境にあり、大阪狭山市のほか富田林市との境にも近いことから、移動手段としては富田林市にある南海滝谷駅を使用しているとのこと。もうひとつの特徴として、町全体がほぼ同じマンションで構成されています。

ということで、実際に河内長野の自由ケ丘に行ってみましょう。河内長野ではよくあることですが、住宅地から離れると昔の田園地帯が残っています。自由ケ丘の南側は小山田町となっていて、天野川(西除川)沿いには田園地帯が広がっていました。

小山田町からあかしあ台を経由すると、自由ケ丘の位置にあると思われるマンション「ライオンズマンション千代田1番館」が見えてきました。このマンションは2番館と2棟で構成されています。

マンションへはここから入るように見えます。その入り口付近の地名表示を見ると、

※後日追記:マンションの入り口はここではないとのご指摘がありました。訂正してお詫びいたします。

自由ケ丘と書いてあります。ここが河内長野にある自由ケ丘なんですね。

なかなかの規模の高層マンションですね。余談ですが、ライオンズマンションは、自由ケ丘のほか、大阪狭山市に入ってすぐのところにある二与門池の反対側にも「ライオンズマンション大阪狭山壱番館・2番館」が2棟並んでいます。

とはいえ、河内長野市の自由ケ丘には地図を見る限り商業施設や公園などがなく、マンションが2棟あるだけのようでしたので、あまり中には入らず遠くから眺めました。

少し歩くと、もう隣の桐ケ丘になっていました。こちらは戸建て住宅が多いですし、公園もありますね。

ということで河内長野にある自由ケ丘を実際に見てきました。

高層マンションのためだからでしょうか?少し離れた場所からも良く見えます。まるで自由を求めて高くそびえたっているようにも感じました。

自由ケ丘
住所:河内長野市自由ケ丘
アクセス:南海滝谷駅から徒歩20分

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奥河内地域文筆家(河内長野市・富田林市)

河内長野市の別名「奥河内」は、周囲を山に囲まれ3種類の日本遺産に登録されるほど、歴史文化的スポットがたくさんある地域です。それに加えて、都心である大阪市中心部に乗り換えなしで行ける複数の大手私鉄(南海・近鉄)と直結していることから、新興住宅団地が多数造成されており、地元にはおしゃれな名店や評判の良い店なども数多くあります。そして隣接する富田林市もまた、歴史文化が色濃く残る地域。また南河内地区の中核都市として、行政系施設が集まっています。これを機会に、奥河内(一部南河内含む)地域に住んでいる人たちのお役に立つ情報を提供していければと考えています。どうぞよろしくお願いします。

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