替え玉受験に適用される罪名は〈有印私文書偽造罪〉と〈建造物侵入罪〉
別人になりすまして英語検定試験を受験したとして、中国籍の容疑者が、有印私文書偽造・同行使、それに建造物侵入罪の容疑で逮捕されました。
替え玉受験のケースに対して、文書偽造罪が適用されることは実務において固まっていますが(最高裁平成6年11月29日決定)、その理論的な説明については少し難しいところがあって、受講生からもよく質問を受けますし、テストでもよく出題されるテーマです。
まず、条文を確認しておきましょう。
(有印私文書偽造罪)
第159条 行使の目的で、他人の印章若しくは署名を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造し、又は偽造した他人の印章若しくは署名を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造した者は、3月以上5年以下の懲役に処する。〈2項以下略〉
私文書偽造罪が成立する基本的な要件は、次のとおりです。
- 行使(使用)の目的があること
- 権利・義務または事実証明に関する文書であること
- 偽造すること
問題となるのは「偽造」という行為ですが、これは他人名義の文書を無断で作成することです。〈図1〉の例で言えば、「乙山次郎」が「甲野太郎」名義の領収書(文書)を無断で作成していますので、文書偽造に当たります。
これは、文書の内容を問題にすることなく、単純かつ形式的に「名義人と作成者が異なる」文書が作成されたということを問題にする考え方です(形式主義)。
したがって、当該文書について、名義人から依頼(承諾)を得て作成したならば、無断で作成したことにはなりませんので、文書偽造には当たらないことになります。たとえば、「乙山次郎」が「甲野太郎」の秘書であって、〈図2〉のように「甲野太郎」の依頼(指示)によって「乙山次郎」が「甲野太郎名義の領収書」を作成したような場合には、名義人と事実上の作成者は違っていますが、「乙山次郎」は「甲野太郎」のいわば手足となって代筆し、無断で他人名義の文書を作成したわけではありませんので、文書偽造には当たりません。
ところがこの「依頼(指示)」が社会的に認められない場合があります。
それは、本人自身が作成することが前提となっている文書の場合です。
判例に現れたケースとしては、交通違反の替え玉事件(免停中の者が、免許証不携帯の反則切符に友人の事前の承諾を得て、その人物になりすまして、その友人の名前を書いたケース)があり、最高裁昭和56年4月8日決定は、そのような承諾は認められず無効であるとして、文書偽造罪を認めました(「無効」とは最初からなかったことになりますので、結局、無断で他人の名前を使用したことと同じことになります)。
替え玉受験もこの論理とまったく同じです(→〈図3〉)。そもそも試験の答案というのは、受験者本人の実力を判定するものであり、その結果によって本人に関するさまざまな法的関係が影響を受けるものですから、本人みずからが作成することが前提で、他人が本人に成りすまして作成することは法的に認められません。したがって、AのBに対する依頼は法的には無効となり、BはAの承諾なしにA名義の文書を作成したということになるわけです。
ただし、少数ですが、別の考え方もあります。
上で述べましたように、文書偽造罪の基本は、「名義人と作成者の同一性」を単純かつ形式的に判断し、文書の内容には立ち入らないということが原則でした。ところが、交通違反の替え玉事件や本件のような替え玉受験では、作成された文書の内容、つまりその文書の有効性が問題にされているのではないかという疑問があります。
そこで、文書偽造とは文書の内容や有効性とは関係なく、無断で他人名義の文書が作成されたのかどうかという「文書の形式的な成立過程」をごまかす犯罪であるというように考える学説もあります。そのような立場からすれば、替え玉受験でもBがAから「依頼」を受けて作成した以上は無断で作成したわけではないので、「偽造」とすべきではないということになり、替え玉受験はむしろ業務妨害として問題にすべきだということになります(私自身はこのような考え方が妥当ではないかと思っています)。
なお、罪名に〈建造物侵入罪〉が加わっていますが、これは犯罪目的で建造物に立ち入ることは、その建造物の管理者の意思に反する立ち入りであるから〈侵入〉に当たるという判断です。これについても、外形的に平穏に立ち入っているならば〈侵入〉とすべきではないという反対説も有力に主張されており、議論のあるところです。(了)
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