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中村紀洋を唖然とさせた落合博満の打撃指導と予言

横尾弘一野球ジャーナリスト
日本代表やMLBでもプレーした中村紀洋は、落合博満の打撃指導に目を丸くした。(写真:築田純/アフロスポーツ)

 2000年の暮れ、野球評論家として活動していた落合博満に取材の依頼が舞い込んだ。当時、大阪近鉄バファローズの主軸を担っていた中村紀洋との対談だ。中村が、落合との対談を望んだのだという。落合は快諾して現場に向かい、司会役の記者に「中村と私が勝手に喋ったほうが面白いと思うよ」と告げると、見事なホストぶりで1時間余りの対談を終えた。

 すると、中村が落合に言う。

「実は今日、お聞きしたいことがありまして……」

 頷く落合に中村が切り出したのは、「ライト方向にもロングヒットにできる打ち方を教えてほしい」ということだった。その年の中村は、39本塁打110打点で初めてのタイトルとなる二冠に輝き、打率も自己最高の.277をマーク。その打率をさらに上げることができれば、三冠王も狙えると考えるのは当然だろう。そして、打率アップにはライト方向へのヒットを増やすこと、しかも長打になれば言うことなしだと、現役時代にライト方向へ長打を量産していた落合に極意を聞こうとしたのだ。

「わからない」

 そう即答した落合は、目を丸くする中村にこう続ける。

「私は、センター返ししか狙っていない。それで振り遅れたらライトへ飛ぶし、やや早く体が開けばレフトに飛ぶだけ。でも、そうやってフェアグラウンドを90度使って打ち返さなければ、打率は稼ぐことができないでしょう。はじめからライトを狙っていたら、振り遅れはファウルにしかならないから」

 それから、落合は中村のスイングのメカニズムを解説。弱点も明らかにした上で、始動のタイミングについて話し始めた。

「最近の選手は、おまえも含めて始動が遅い。それで、内角球に時間を作ろうとして体を開くから、引っ張り込むとファウルになっちゃうよな。だから、早く始動してセンターに打ち返そうとすれば、投球を長く見ることができるし、外へ逃げていく変化球もボール球だと見極められる。そうすればフォアボールも増えるだろうし、おまえの技術なら打率3割、ホームラン40本、打点も120~130にはなるんじゃないか?」

 思わず「その数字なら三冠王を獲れますね」と言った中村に対し、落合は「おまえは、その力を持っているもん」と答える。そうして、少年のように目を輝かせながら、すっかりその気になった中村は、落合の始動のタイミングを聞き、さらに驚かされる。

いいバッティングとは時間を制すること

 落合が中村の始動のタイミングを知りたいと、投手役になってシャドウ・ピッチングをする。振りかぶった両腕を下げて左足を踏み出すと、中村は左足を高く上げる。

「遅いな」

 どこで左足を上げればいいのか尋ねた中村に、落合は「振りかぶった時には動き出していい」と答えると、中村はその通りにしたのだが、どうしてもタイミングが合わなくなってしまう。

「これで、ちょうどいいタイミングなんですか?」と聞き返す中村に、落合は「そうだよ」と平然とした表情で答える。そこから15分、30分とタイミングを合わせるだけの作業を繰り返し、中村が「わかりました」と言った時には1時間が過ぎていただろうか。冬服だった二人の額には汗が滲んでいた。

「投手は、こちら(打者)のタイミングを何とか外そうとしてくる。だからこそ、こちらはいつでもスイングできる準備をして、ボールが投げ込まれるのを待っていなきゃいけない。要するに、バッティングとはコンマ何秒という世界での時間との闘い。まず、その時間を制しておかなければいけないんだ」

 そんな落合の言葉を、中村は真剣な表情で聞いていた。

 迎えた2001年のペナントレース。三番サードの中村は日本ハムとの開幕戦を3打数2安打1打点2四球でスタートすると、それまでとはひと味違ったバッティングを披露する。落合によれば、夏場に一度、少しズレてきたタイミングを修正するために中村のもとへ足を運んだというが、中村は全140試合に出場し、46本塁打139打点と自己最高を更新。打率は.320までアップし、四球も前年より24増の104となる。何より、中村の安定感向上は12年ぶりのパ・リーグ優勝につながった。

 ただ、この年はチームメイトのタフィ・ローズが55本塁打をマークし、打率も.346の福浦和也(千葉ロッテ)が首位打者に輝く。残念ながら中村は打点王のみだったが、「それは巡り合わせだから仕方がない」と語った落合は、「でも、今のバッティングを続けていたら、毎年、三冠王のチャンスはあると思うよ」と目を細めていた。

 それにしても、落合と中村が始動のタイミングを合わせるためだけに汗をかき、落合が中村の成績を予言した夜を思い出すと、今でもゾクッと身震いがする。一流の野球人には、シーズンオフにもそうしたドラマがある。そして、中村は来季から中日で打撃コーチを務める。

野球ジャーナリスト

1965年、東京生まれ。立教大学卒業後、出版社勤務を経て、99年よりフリーランスに。社会人野球情報誌『グランドスラム』で日本代表や国際大会の取材を続けるほか、数多くの野球関連媒体での執筆活動および媒体の発行に携わる。“野球とともに生きる”がモットー。著書に、『落合戦記』『四番、ピッチャー、背番号1』『都市対抗野球に明日はあるか』『第1回選択希望選手』(すべてダイヤモンド社刊)など。

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