LGBT法案「大きく後退」修正案の問題点を解説
「LGBT理解増進法案」をめぐり、自民党は「性的指向や性自認による差別は許されないとの認識」という文言を、「性的指向や性同一性による不当な差別はあってはならないとの認識」へ修正する方向だという。
この修正には大きく二つの問題がある。一つは「性自認」を「性同一性」へと修正している点だ。今後、国や自治体等のあらゆる施策が「性同一性障害」をベースとしてしまう可能性があり、多くのトランスジェンダーの人々を切り捨ててしまう懸念がある。
もう一つは「差別は許されない」を「不当な差別はあってはならない」に修正している点だ。そもそも差別は「不当」であり、正当な差別はない。今後進められる施策において、差別が許容される理由を与えてしまう懸念がある。
この二つの修正の問題点について、詳しく見ていきたい。
①「性自認」→「性同一性」の問題
本来、「性自認」も「性同一性」もGender Identityの訳語であり、意味は同じだ。GID(性同一性障害)学会理事の針間克己医師は、性自認や性同一性は「どう訳すかの問題で、本来的な意味は変わらない」と述べている。
確かに、どちらが適切な訳かという議論はあり、Identityは「同一性」とした方が良いという意見はあり得る。
しかし注意したいのは、いま自民党内でされている議論は、G7をはじめ国際的に広く用いられている「Gender Identity」という概念そのものを歪ませるものだという点だ。
自民党保守派は、性自認は「自称」であり、これを認めると「男性が女性だと自称すれば、女性用トイレやお風呂に入れるようになってしまう」と主張する。性同一性であれば、「医師による診断」が必要となるため問題ないという論理だ。
その背景には、「性同一性障害特例法」によって、法律上の性別変更には「二人以上の医師による性同一性障害の診断」が必要とされている現状がある。
そもそも性自認は「自称」ではなく、本人のアイデンティティは、自分が「そう思うだけ」で決まるという安易なものではない。
GID学会理事長で、岡山大学教授の中塚幹也医師は、「性自認」も「性同一性」も同じ概念であり、「誰かから(あるいは、社会から)強制されたからと言って、また、自分の意志で変えようとしたからと言っても、変えられるものではない」と述べている。同時に、「性自認」も「性同一性」も、「揺れることがあるし、一生不変でもない」と指摘している。
LGBT理解増進法ができても、性別を自称さえすれば、トイレや公衆浴場といった男女別の施設を利用できるわけでもなく、男女別施設の利用基準を変えるものでもない。
自民党保守派には、トランスジェンダーは「性同一性障害」であるという、あくまで「障害」の枠にとどめておきたい意図がある。自民党の会合に出席した西田昌司参議院議員は、記者団に対し「性同一性は医学的な用語」と明確に述べている。
もちろん、ここでは医学用語ではなく、法学用語の観点からの正しさが求められているのはいうまでもない。だが、昨年改訂されたWHOの国際疾病分類「ICD-11」では、「精神疾患」のカテゴリーから「性同一性障害」という概念はすでに削除されている点を確認しておきたい。
ICD-11では、当事者の医療アクセスを担保するために「性と健康に関する状態」というカテゴリーに「性別不合」という概念が新設されているが、あくまでも「精神疾患」ではないというのが国際スタンダードだ。
国内では、性別適合手術やホルモン治療等を受けるためには、「二人以上の医師による診断」が必要となるため、現在でも「性同一性障害」の診断がされている。しかし、厚労省委託実施の調査によると、トランスジェンダーのうち、性同一性障害の診断を受けている人は15.8%とごく一部だ。
そもそも「障害ではない」という立場や、診断を受けたくても経済面や体質、または近くに診断を受けられる医療機関がないなど、さまざまな問題があるからだ。
「性同一性障害」を前提に、法案の「性自認」を「性同一性」に修正することは、診断を受けない/受けられない当事者のアイデンティティや権利を否定し、切り捨ててしまうことになりかねない。
司法や行政において、これまでもGender Identityの訳語として「性自認」が用いられてきた。果たして最高裁判決でも示されている概念と異なる見解で立法することがあって良いのだろうか。
すでに性自認による差別を禁止する条例を制定している自治体もあるが、総務省は「性別の自称」などというものに対する差別を禁止している事例はない、と国会で答弁している。
このままLGBT理解増進法ができると、今後、国や自治体、企業、学校等の施策において「性同一性障害」のみが対象としての理解が広げられてしまう懸念がある。以前は「トランスジェンダー=性同一性障害」という誤解が根強かったが、こうした考えを再び広めてしまう可能性もあるだろう。
これは当事者の権利や理解の後退に繋がりかねず、国際社会からも逆行するものだ。
②「差別は許されない」→「不当な差別はあってはならない」の問題
自民党保守派は、法案の基本理念に書かれている「差別は許されないとの認識の下」という部分を、「不当な差別はあってはならないとの認識の下」に修正しようとしている。法案の目的にも「差別は許されない」が記載されていたが、削除されてしまっているという。
その理由は、「差別は許されない」との文言を根拠に「訴訟が乱発される」からだと保守派は主張している。
そもそもLGBT理解増進法案に書かれた、「差別は許されないとの認識」は、あくまでも理解増進の施策を進める上での、前提認識や精神を述べているに過ぎず、個別の差別を禁止する規定ではない。訴訟の根拠にもならない文言だ。
さらに「差別」というのはそもそも「不当」であって、正当な差別などない。差別に該当するかどうかは、その区別に「合理的な理由」があるかどうかで分かれる。
本来、深刻な差別の被害に対して訴訟を起こすことは重要で、誰もが保障されている権利だ。しかし、性的マイノリティの多くが周囲の人々にカミングアウトしていない現状のなか、さらに、訴訟において差別を立証することが容易ではないなか、「訴訟が乱発する」というのはあまりに非現実的だろう。
法的な意味においては、「差別は許されない」も「不当な差別はあってはならない」も、大きな違いはない。しかし、差別という言葉を減らし、わざわざ「不当な」という一言を加えたいという根強い反発が起きている背景には、少しでも法律の効果を薄め、差別を温存したいという意思が読み取れる。
学校での理解増進や調査研究にも反対
上述した点以外にも、法案を後退させるための修正が検討されている。
法案は、学校に対して理解増進の施策を求めているが、あくまでも「努力義務」の規定にとどまっている。しかし、自民党保守派は努力義務の規定でさえ「削除」を求めており、実際に文言を弱める規定案が検討されているという。
理解を増進するための法案にもかかわらず、これでは「学校でLGBTへの理解を広めるな」と言っているようなものだろう。
さらに、法案では国に対して理解増進のための「調査研究」を義務付けているが、自民党保守派の反対を受けて、「学術研究」に修正する案が検討されているという。これは「差別の実態」が調査で明らかになってしまうと都合が悪いため、国勢調査をはじめ、公的な調査や統計をさせたくないという意図があるのだろう。
自民党保守派の主張は非論理的で、事実に基づかず、概念を歪曲し、差別を温存するための主張ばかりだ。これらの言説がまかり通ってしまうことに驚きを隠せない。
今年2月の元首相秘書官の差別発言を発端に再び議論がはじまった法案だが、来週開催されるG7広島サミットまでの成立は間に合わないという。
それだけでなく、ただでさえ差別禁止の規定がない「骨抜き」と言われる法案をさらに後退させ、Gender Identityという概念をも歪めようとしている修正案では、到底賛成することはできず、野党が反対すると結果的に廃案となるだろう。
昨年ドイツで開催されたG7エルマウサミットの首脳宣言では、性的マイノリティが「差別や暴力から保護されること」への「完全なコミットメント」が示されている。
今年4月に発表されたG7外相の共同宣言では、性的マイノリティの権利保護で「世界を主導」といった内容が記載されている。
G7広島サミットの場で、岸田首相はこの状況をどう説明するのだろうか。「日本は性的マイノリティの人権を守るつもりはない」と国内外に発信するのだろうか。