LGBT法案成立の行方は? G7サミットの議長国に求められる「共通の価値観」
G7サミットを前に求められる「共通の価値観」
G7サミット(主要7か国首脳会議,広島市,5月19~21日)の最大のテーマは「ロシアによるウクライナ軍事侵攻」だが,権威主義に対峙する「民主主義」という「共通の価値観」があってこそ,多少の意見の相違があっても,G7各国は団結して力を発揮できる.
このG7広島サミットの開催の前には,「性的マイノリティ(LGBTQ+)当事者が自分らしく生きることができる社会」を目指す東京レインボープライド2023(4月22~23日)が開催された.ここで,各国の駐日大使らはスピーチを行い,「LGBTQ+当事者への差別のない社会の実現」を訴えた(注1).3月には,日本を除くG7の各国と欧州連合(EU)の駐日大使が7人の連名で,岸田首相宛ての「LGBTQ+当事者の権利を守る法整備」を求める書簡を取りまとめたともされる.
プーチン政権は「伝統的価値観」を欧米から守る
一方,ロシアでは,2022年12月,LGBTQ+当事者に関する「宣伝」を全面的に禁止する改正法が,プーチン大統領の署名で成立している.同性愛者などのLGBTQ+当事者の存在を「非伝統的」と位置づけ,関連する映画の上映や本の出版を禁止,インターネット上や公共の場での情報発信・活動を規制するものである.もし,外国人が違反すれば国外退去もある.
ロシア正教は同性婚を認めておらず,ロシア憲法には「結婚は男女の結びつき」と明記されている.プーチン大統領が盾(たて)にしているのは「宗教」と「憲法」である.プーチン政権は,LGBTQ+当事者に関する規制を強化し,ロシアの「伝統的価値観」を欧米から守ると主張しているが,「ウクライナ侵攻」への国民の支持を得る狙いがあるともされる.
日本の「価値観」はどちら側に?
「日本はG7で唯一,同性婚を認めていない」とよく言われる.日本でも,いわゆる宗教右派とのつながりが強い政治家,「日本憲法は同性婚を認めていない」と主張している政治家が存在しているとされる.ロシアと同じく「宗教」と「憲法」である.
今年2月の衆院予算委員会での「同性婚の法制化」をめぐる岸田首相の答弁では,「極めて慎重に検討すべき課題」「家族観や価値観,社会が変わってしまう」などの発言が見られた.しかし,その後,首相は「社会全体の雰囲気にしっかり思いをめぐらせた上で判断することが大事」「ネガティブな発言のつもりはない」と発言,その前には,同性愛者や同性婚に関して差別的な発言をした首相秘書官を更迭している.日本の「性の多様性に関する価値観」は,G7側,ロシア側,どちらに近いのであろうか.
「LGBTQ+当事者の人権を守ること」はG7各国の「共通の価値観」だから?
G7各国の「共通の価値観」だから,LGBTQ+当事者の人権を守るべきというのはおかしいとの意見もある.では,日本国民はどう思っているのであろうか.日本で世論調査を行うと,「同性婚を認めるべき」との回答は6~7割となることが多い.すなわち,G7の各国の駐日大使から言われるまでもなく,多くの日本人がそう言っているのである.
法律を作る立場にある政治家は,G7各国の外圧によって動かされなくても,素直に世論に耳を傾けるだけで,G7各国の「共通の価値観」にたどり着けるのである.
「日本はLGBTQ+当事者に理解のある社会か」
私達の研究室では,各地の公務員を対象に「日本は,そして,あなたの自治体は『LGBTフレンドリーな社会か』と尋ねる調査」を行った.驚くべきことに,「そう思う」との回答は1%前後で非常に低いものであった(注2,3).
「日本はLGBTQ+当事者に理解のある社会だと思うか」という調査も,以前から何度か実施している.これらをまとめたグラフを見てみると,「理解のある社会と思わない」という回答は,2016年に実施した高校生や大学生への調査と比較して,2021年の高校生,2022年の大学生への調査では,いずれも増加しているように見える.
一方,同調査で「同性婚」について聞いたところ,「認めるべき」との回答は,2021年の高校生への調査では87.7%,2022年の大学生への調査でも88.9%と非常に高率であった.世界を見渡しても,「同性婚」が実現していない日本は,「LGBTQ+当事者に理解のある社会と思わない」と感じていると考えられる.
LGBT関連法案の行方は?
2021年には,国会への提出が見送られたLGBT関連法案であるが,岸田首相は,公明党の「G7サミット前に成立させるべき」との立場に理解を示したとされる.5月9日,「自由民主党が,来週,ついにLGBT関連法案を提出する」との報道がなされた.G7広島サミットの直前に何とか,参加国の「共通の価値観」に近づこうとしているように見える.
しかし,法案の中の「差別禁止」の明言,また,「性自認」と「性同一性」という文言の選択をめぐっては議論(注4)が続いており,拙速に成立させることで「LGBTQ+当事者の人権を守ること」から後退したり,LGBTQ+当事者,特にトランスジェンダー当事者の間に分断を生んだりする可能性もある.法案成立の行方,また,その文面も注視する必要がある.
【注】
(注1)テレ朝news:G7開催を前に駐日大使ら LGBTQの権利訴え(2023年4月24日)
https://news.tv-asahi.co.jp/news_international/articles/000296592.html
(注2)中塚幹也:あなたの自治体の職員はLGBTフレンドリー? 「公務員へのダイバーシティ意識調査」から(2020年6月11日)
Yahoo!ニュース
https://news.yahoo.co.jp/byline/mikiyanakatsuka/20200611-00182758
(注3)周宇,松本梓,樫野千明,中塚幹也:自治体職員における「LGBT関連の施策」への意識.GID(性同一性障害)学会雑誌13:31-41,2020.
(注4)「性自認」は本人が自分勝手に決めることができ,コロコロ変化するもの,一方,「性同一性」は客観的に判断でき,時間を経ても変化しないものなどという解釈がある.しかし,「Gender identity(ジェンダーアイデンティティー)」を「性自認」と訳そうが「性同一性」と訳そうが,同じ概念である.いずれも,誰かから(あるいは,社会から)強制されたからと言って,また,自分の意志で変えようとしたからと言っても,変えられるものではない.「Gender identity(ジェンダーアイデンティティー)」を誰か(例えば,精神科医)が勝手に決めることもできない.また,「信念」「良心」「愛」などと同様に,「Gender identity(ジェンダーアイデンティティー)」「性同一性」も揺れることがあるし,一生不変でもないのが「人間」である.
【参考】
トランスジェンダーに関連する法律と医療を考える会(プロジェクトTGD)