新しい捕手の評価基準。ピッチフレーミングという考え方
データを駆使したアスレチックスとパイレーツの快進撃
2000年代前半、アスレチックスは選手年俸では下から数えた方が早いにもかかわらず、アメリカンリーグ西地区で2年連続シーズン100勝を達成するなど快進撃を見せた。要となった戦略はセイバーメトリクスの考え方に基づき、出塁率の高い選手を揃えること。当時の球団内でのやり取りや、結果が出るまでのプロセスは映画にもなったベストセラー「マネー・ボール」で明らかになった。
そしてマネー・ボールの発刊から10年後の2013年、アメリカプロスポーツ史上初の20年連続負け越しというワースト記録を作ってしまっていたパイレーツは、シーズン94勝を挙げようやく負の歴史に終止符を打った。驚くべきは2013年から3年連続でポストシーズンに出場。これは単なる偶然ではない。予算の限られている球団の飛躍のきっかけになったのは、やはりアスレチックスと同様、まだ一般には知られてい選手の隠れた価値を見出すことにあった。その様子は「ビッグデータ・ベースボール 20年連続負け越し球団ピッツバーグ・パイレーツを甦らせた数学の魔法」に詳しく描かれている。
際どい投球の判定に影響を与えるピッチフレーミング技術
2012年オフ、パイレーツはヤンキースからFAとなった捕手のラッセル・マーティンと2年、1700万ドルの契約を結ぶ。その年のマーティンは本塁打こそ21本を打っていたが打率は自己最低の.212、ポストシーズンでは.161。年齢も翌シーズンには30歳を迎える下り坂と見られていた選手にパイレーツは他球団を上回る好条件を提示した。29球団が気づいていないマーティンの価値、それは捕球技術にあった。
メジャーでは2007年からPITCHf/xという投球軌道追跡システムが全ての球場で導入されており、複数の60Hzカメラで撮影した映像により球速、球種、ボールの動き、位置に関してリリースから捕手のミットに収まるまでの投球の動きを細かく記録することが可能になった。と同時に、際どいコースの投球の判定に捕手が与える影響も可視化された。マーティンはこのピッチフレーミングと呼ばれる技術が優れており、パイレーツはそこに目をつけた。この技術について本文中でも
ボールくさい球をストライクに見せる技術が本当に存在するなら、その技術に計り知れない価値があることに異論はない。カウントが打者に有利なのか投手に有利なのかによって打率は劇的に変化する。カウントがツーボール・ワンストライクの時とワンボール・ツーストライクの時を比べると、打率に2割近くも差が出てしまうのだ。
と記されている。マーティンは際どい球をピッチフレーミングによってストライクとコールさせることで2011年に32点、2012年に23点の失点を防ぎ、2007年から2011年の5年間でピッチフレーミングにより70点の失点を防いでいた。
2013年シーズン、実際にこの恩恵を受けた投手がいた。フランシスコ・リリアーノはかつて期待の若手の1人だったが、2006年にトミージョン手術を受け、以降は成績が低迷。2012年の球速はルーキー時のシーズンより遅く、9イニング当たりの与四球率は5個。ストレート、スライダー、チェンジアップには平均以上の威力がありながら、制球力に難があったため防御率は5.34。ただし、バッテリーを組んでいたのは捕球の下手な捕手。マーティンと組ませることで化ける見込みはあり、パイレーツはその可能性に賭けた。
すると、マーティンとバッテリーを組んだ2013年、前半戦の防御率は2.00で奪三振率9.7と好成績を残し、与四球率は1.7にまで改善。ピッチフレーミングという目に見えない技術が目に見える数字となって現れた。
2014年シーズン終了後、パイレーツをFAとなったマーティンはブルージェイズと総額8200万ドルの5年契約を結ぶ。パイレーツとは2年契約1700万ドルだったベテラン間近の捕手にこれだけの大型契約が舞い込んだのは、ピッチフレーミングに期待された部分が大きいからに他ならない。今やピッチフレーミングは隠れた技術ではなくなっている。
日本でピッチフレーミングの優れた捕手は?
では、NPBでピッチフレーミングの優れた捕手は誰なのだろうか。気になるところだが、残念ながら日本でPITCHf/xのカメラが導入されているのはソフトバンクの本拠地であるヤフオクドームだけ。ピッチフレーミングを正確に比較することは出来ない。しかし、その手掛かりとなるかもしれないデータならある。ピッチフレーミングの優れた捕手が際どい球でより多くのストライク判定を引き出せるのならば、他の捕手と比べて三振が増えて四球は減るはず。そこで、先発登板の多い投手との捕手別成績で、三振と四死球の割合を出してみた。捕手版K/BBと呼べそうなこの指標は四死球1つ当たりいくつの三振を奪ったかを示す(欲しいのは四球のみだがデータでは四死球となっているため死球も含んでしまっている点に注意)。もちろん数字が大きいほど優秀だ。
ただし、捕手が途中交代した場合も考慮されておらず、また、投球回数が少ない場合も加算していない。それは捕手の技術よりも投手の調子の方がはるかに影響が大きいと考えられるためだ。以下に示した数値も、あくまでも参考程度に。
阪神では岡崎、ソフトバンンクでは高谷が高数値
「超変革」のスローガンを掲げた阪神、正捕手争いも今季の大きなポイントの1つだった。今季の捕手版K/BBは以下の通り(梅野と鶴岡は昨季と今季の合算)
岡崎 3.51
原口 2.09
梅野 2.35
鶴岡 2.40
開幕マスクを勝ち取ったのは、矢野バッテリーコーチからの信頼も厚い岡崎。捕手版K/BBでもかなり優秀な数値を残している。ちなみに昨季引退した藤井も捕手版K/BBが3.41と高かった。本来は投手に使われるK/BBは3.5以上で優秀とされ今季のセリーグで3.5以上を記録しているのは巨人・菅野とDeNA・石田の2人しかいない。バットでの貢献度は非常に高い原口だが、盗塁阻止率の他にも守備面では改善の余地がありそうだ。
若手が先発マスクを分け合っている中日の捕手事情は、打撃面では杉山が打率.267、OPS.697で打率.186、OPS.539の桂を上回っているが、捕手版K/BBは桂が2.10で杉山が1.68。守備面では桂がややリードか。
DeNAはルーキーながら78試合でマスクをかぶる戸柱の捕手版K/BBが3.12。高城の2.27(昨季との合算)に差をつけている。
日本で唯一PITCHf/xを導入しているソフトバンクの捕手版K/BBは
鶴岡 2.82
細川 2.55
高谷 3.62
高谷の数値が高いのは、今季6勝1敗、64三振13四死球という非常に優秀な成績を残すバンデンハークと多く組んでいたから。・・・かと思いバンデンハークの成績を抜いてみても2.94でチームトップ。昨季の捕手版K/BBでも
鶴岡 1.83
細川 2.32
高谷 2.67
の数字を残している。レギュラー獲りへの大きなアピールポイントになりそうだ。
捕手版K/BBは、捕手自身の能力よりも投手の成績によって大きく数値が変わるため、他球団との比較は出来ない。本当は同一球団内でも同じ投手を同じくらいのイニング受けなければ比較出来ないのだが、参考に出来る程度の信憑性はあったのではないだろうか。上記の例の中で専属捕手と呼べるのはDeNAの山口ー高城バッテリーだけだったことも幸いした。
これまでリードと並んで感覚的にしか評価されず、捕逸数でしか測れなかった捕手のキャッチング技術だが、日本でもPITCHf/xが全球場に導入されれば正確な解析が可能。その日が近いことを願っている。