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ジャパン8強進出! スコットランドに4年越しのリベンジでプールAを1位通過!

永田洋光スポーツライター
後半2分、ボーナスポイントを確定させた福岡堅樹のトライを喜ぶ堀江翔太(右)たち(写真:青木紘二/アフロスポーツ)

 ついにジャパンが壁を破った!

 スコットランドとの“因縁試合”に28―21と競り勝って、プールAで4戦全勝。堂々の1位通過でベスト8進出を決めたのだ。

 勝因はいくつもある。

 「スーパーな」としか言いようのないトライを2つ挙げてプレイヤー・オブ・ザ・マッチに選ばれた福岡堅樹と、この試合で今大会通算5トライ目を挙げた松島幸太朗の、攻守にわたる獅子奮迅の活躍。

 肋骨を痛め、目に悔し涙を浮かべてピッチを去った具智元の無念を受け継いで踏ん張ったセットスクラム。

 マイボール確保ができない場面もあったが、ミスを1本に抑えたラインアウト。

 そして、キャプテンのリーチ・マイケルを先頭に、スコットランドの猛攻を3トライに抑え込んだ、身体を張ったタックルの数々。

 すべてがハードワークのたまものだ。

 「4年間のハードワーク」とジェイミー・ジョセフ ヘッドコーチ(HC)は言った。

 しかし、ハードワークはこの4年間だけではない。

 2011年大会のジャパンは、初戦でフランスに途中まで4点差と迫る健闘を見せ、その余勢を駆って地元のニュージーランドにチャレンジしようとした。ところが、ときのHCジョン・カーワンは、母国代表と対戦する期待に顔を輝かせていたニュージーランド出身の日本代表選手たちを温存し、結果、ジャパンは7―83という大敗を喫した。さらに、そうまでして臨んだ3試合目でトンガに18―31と完敗し、最終戦でもカナダと引き分けた。

 HCは、どんな手を使ってでも勝とうとしたが、ジャパンは勝てなかった。

 その悔しさが、次の4年間のハードワークにつながった。

 つまり、ニュージーランドでの惨敗が、ハードワークに耐えてでも勝利をつかみたいというマインドセットを生み、「悲願のベスト8」達成への道筋をつけたのである。

日本が世界で勝つにはハードワークが必要不可欠だと刻み込まれた!

 12年にエディー・ジョーンズが就任会見で力強く宣言したのは、「W杯では、相手がどこであろうと必ずベストメンバーで臨む」という、日本のラグビーファンが熱望した一言だった。

 それから始まったハードワークで13年には来日したウェールズを破り、そして、15年大会では南アフリカを破った。中3日で臨んだスコットランドには10―45と大敗したが、その後、サモア、アメリカを破って3勝を挙げた。

 ハードワークは見事に結果に結びついたのだ。

 けれども、4年間積み重ねたハードワークでは、ほんのわずかなボーナスポイントの差を克服できず、8強の壁を乗り越えられなかった。

 16年からジャパンとサンウルブズの2つのジャージーに袖を通し、新たな負荷に挑んだ選手たちの頭には、当然、15年に越えられなかった壁を越えたいという強い思いがあった。

 しかし、その思いは、ジェイミー流のキッキングラグビーと折り合いがつかずに、17年にはアイルランドに連敗して暗雲が漂った。

 が、そこでキックをどう使うかという問題意識がチームで共有され、巡り巡って13日のスコットランド戦に結実した。

 試合を通じてジャパンが蹴ったプレー中のキックはわずかに12回。アイルランド戦の22回をさらに下回る。

 逆にパスは、アイルランド戦の201回から204回に増えた。

 ジャパンが世界で勝つには、無用なキックを避ける。あるいは、アタックでキックを使う局面を、パスを多用して背後にスペースができたときに限定する。そんな、日本ラグビーの、昔からのサポーターたちが薄々感じ取っていたことの正しさが、この大一番でも証明されたのだ。

 選手たちは、こうした試行錯誤の間もハードワークに励み続けた。

 そして、キックを減らす以上は覚悟しなければならない、フェイズプレーでのボールキープという、体力を確実に消耗する戦い方に耐えられるだけのフィットネスを身につけた。直接的には、宮崎での長期間に及んだ厳しい強化合宿のおかげだが、それを耐えられたのは、ハードワークをすれば勝利に結びつくという確信が選手たちにあったからだ。

 つまり、エディー・ジョーンズから始まったハードワークの伝統があったからこそ、選手たちはハードワークを続けることができたし、勝利を信じることができた。日本が世界で勝つためにはハードワークが必要不可欠という認識を刻み込んだこの勝利は、ポスト11年大会から続いた8年間の、ハードワークのたまものだったのである。

4年前の雪辱に燃えた男たちの決意

 そして、極めつけのスパイスが、4年前に敗れた悔しさだった。

 キャプテンのリーチも、田中史朗も、田村優も、堀江翔太も、稲垣啓太も、トンプソン・ルークも、ツイ・ヘンドリックも、福岡も、松島も、4年前を知る男たちは、この一戦を大会前から「決戦」として意識していた。

 そこに台風19号による試合開催の可否という新しい予想外のファクターが絡み、スコットランドが、試合が行なわれずに引き分け扱いとなった場合は「ワールドラグビーに対して法的手段を講じることも辞さず」と、感情的なスタンスをとったことで、ジャパンの闘志はさらに高められた。

 試合前から選手たちが台風の甚大な被害に胸を痛めていたことは、試合後のコメントが示す通りだが、そんな気持ちは黙祷によってさらに高められた。沈黙の1分間が、これからの80分間を、自分たちだけではなく、国民的な期待に応えるために戦うことを、改めて選手たちに決意させたのだ。

 この試合で、代表として初めてのトライを挙げた稲垣は言った。

「台風によって被災した方々にラグビーで元気を取り戻していただきたい、そういう気持ちを持って今日の試合に臨んだ」

 リーチも「今日はただの試合ではなかった」と、試合に臨む決意を明かした。

 これらの決意は、チーム全員の決意だった。

 それが4年前の雪辱を誓った闘志を、さらに昂ぶらせたのである。

福岡―松島の両翼が、南アフリカの堅守を敗れるか?

 さて、これで決勝ラウンドへと駒を進めたジャパンは、20日の準々決勝で、こちらも因縁の南アフリカと対戦する(東京スタジアム 19時15分キックオフ)。

 9月6日に、7―41と大敗したばかりの相手であり、大会を通じて堅い防御と強いフィジカルを誇示している。

 しかも、ジャパンにとっては初体験となるW杯での5試合目だ。

 不安材料を数え上げればきりがない。

 けれども、希望はある。

 それが、スコットランド戦で大活躍した福岡の存在だ。

 6日のテストマッチでは、福岡は開始早々に足を痛めて交代した。

 おかげで、アタックラインに積極的に入り込んで相手を攪乱する役割が、松島に集中した。けれども、今度は福岡、松島の2人で“攪乱工作”ができる。

 この2人が両翼から自在に動くことで防御がいかにプレッシャーを受けるかは、スコットランド戦の結果が示す通りだ。

 もちろん、南アフリカにはマカゾレ・マピンピと、チェスリン・コルビという2人の非凡なWTBがいるのでそう簡単には自由に動けないかもしれないが、それでも、ここまで貫いてきた、新しい「ジャパンウェイ」を思う存分ぶつけるのに、これ以上ふさわしい舞台も相手もない。

 勝ち続けている間は小細工に走らず、これまでの戦い方を貫くこと――それが、競技の枠を超えた、あらゆる勝負事の鉄則なのである。

 

スポーツライター

1957年生まれ。出版社勤務を経てフリーランスとなった88年度に神戸製鋼が初優勝し、そのまま現在までラグビーについて書き続けている。93年から恩師に頼まれて江戸川大学ラグビー部コーチを引き受け、廃部となるまで指導した。最新刊は『明治大学ラグビー部 勇者の百年 紫紺の誇りを胸に再び「前へ」』(二見書房)。他に『宿澤広朗 勝つことのみが善である』(文春文庫)、『スタンドオフ黄金伝説』(双葉社)、『新・ラグビーの逆襲 日本ラグビーが「世界」をとる日』(言視舎)などがある。

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