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アトピー性皮膚炎治療の新時代〜生物学的製剤とJAK阻害薬の可能性〜

大塚篤司近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授
(写真:イメージマート)

【アトピー性皮膚炎の多様な病態が明らかに】

アトピー性皮膚炎は、ただの「かゆみのある湿疹」ではありません。皮膚バリア機能の異常と免疫系の過剰な反応が複雑に絡み合って発症する、なかなか厄介な疾患なのです。

従来、アトピー性皮膚炎はTh2型の免疫反応が主体と考えられてきました。Th2型サイトカインであるIL-4やIL-13、それに関連するケモカインCCL17やCCL22などが重要な役割を果たしているのは確かです。しかし最近の研究で、Th1型、Th17型、Th22型の免疫反応も病態形成に関与していることがわかってきました。

例えば、急性期や小児の早期発症型ではTh2型の反応が優位ですが、慢性期や成人の発症例ではTh1型の反応が目立ちます。人種による違いもあり、欧米人ではTh1型とTh2/Th22型、アジア人ではTh17型、アフリカ系ではTh2/Th22型の活性化が特徴的です。

また、外因性/IgE高値型は血清IgEやフィラグリン遺伝子変異の関与が大きいのに対し、内因性/非IgE高値型ではTh17/Th22型の発現が優位で皮膚バリア機能はより保たれているなど、タイプによっても免疫応答は異なります。

さらに、OX40、OX40リガンド、TSLP、IL-33といった免疫分子が、effector T細胞の活性化を介してアトピー性皮膚炎の慢性炎症に関わっていることも明らかになってきました。こうした多様な病態を解き明かすことで、それぞれの特徴に応じたより効果的な治療法の開発が期待できるでしょう。

【新時代の治療薬が続々登場】

ここ数年、アトピー性皮膚炎の治療は大きな進歩を遂げつつあります。中でも注目されているのが、生物学的製剤(バイオ医薬品)とJAK阻害薬です。

生物学的製剤は、特定の免疫反応を選択的に抑制するように設計された分子標的薬です。IL-4/IL-13を標的としたデュピルマブ、トラロキヌマブ、レブリキズマブ、OX40を標的としたテラゾリマブ、ロカチンリマブ、IL-33を標的としたエトキマブ、IL-31受容体を標的としたネモリズマブ、TSLPを標的としたテゼペルマブ、IL-5を標的としたベンラリズマブなど、Th2型の免疫反応を抑えるものが多数開発されています。

Th17/Th22型を標的とした製剤も登場しつつあります。IL-22を阻害するフェザキヌマブ、IL-12/IL-23を阻害するウステキヌマブ、IL-17Aを阻害するセクキヌマブなどです。

これらの生物学的製剤は、アトピー性皮膚炎の症状を有意に改善することが臨床試験で示されています。中には、効果が長期間持続することを示唆するデータもあり、今後の治療の選択肢として大いに期待されます。

一方、JAK阻害薬は、炎症性サイトカインのシグナル伝達に関わるJAKという酵素の働きを阻害する低分子化合物です。ルキソリチニブ、ウパダシチニブ、バリシチニブ、アブロシチニブ、バクダシチニブなどが代表的で、内服薬や外用薬として使用されます。

JAK阻害薬は、Th2型、Th1型、Th17型、Th22型など、幅広い免疫反応を抑制する効果があります。生物学的製剤とは作用機序が異なりますが、同様に高い治療効果が期待できる薬剤です。

【バイオマーカーを活用した個別化医療の可能性】

アトピー性皮膚炎の治療効果を評価する指標としては、従来、皮疹の面積・重症度を数値化したスコア(EASI、SCORAD、IGAなど)が用いられてきました。しかし最近では、皮膚や血液中のバイオマーカー(生体指標)の変化に注目が集まっています。

例えば、デュピルマブ投与により、血清中のTh2型バイオマーカー(TARC、PARC、ペリオスチン、IgEなど)が有意に減少することが知られています。ウパダシチニブはTh22型のIL-22を、ネモリズマブはそう痒関連のIL-31を減少させます。皮膚では、炎症マーカーのMMP12や、表皮の分化を反映するフィラグリン、ロリクリンなどが変動します。

これらのバイオマーカーの変化は、臨床症状の改善度とも相関することがわかってきました。つまり、バイオマーカーをモニタリングすることで、治療効果を客観的に評価できる可能性があるのです。

また、治療前のバイオマーカーのプロファイルによって、どの治療薬が効きやすいかを予測できるかもしれません。例えば、IL-22高値の患者さんではフェザキヌマブの効果が期待できそうですし、DPP-4高値・ペリオスチン低値・IgE高値の患者さんはトラロキヌマブに反応しやすいといったデータもあります。

このように、バイオマーカーを活用することで、患者さん一人ひとりの特性に合わせた「オーダーメイドの治療」が可能になるかもしれません。まさに、アトピー性皮膚炎治療の個別化・最適化に向けた新しいアプローチと言えるでしょう。

ただし、現時点ではまだ研究段階の部分も多く、臨床現場に直接応用できるレベルではありません。バイオマーカーの測定方法の標準化や、治療反応性の予測アルゴリズムの開発など、克服すべき課題は少なくありません。今後のさらなるエビデンスの蓄積が望まれます。

参考文献:

- Renert-Yuval Y et al., J Allergy Clin Immunol. 2021; 147(4): 1174-1190.e1. doi: 10.1016/j.jaci.2020.11.015

- Guttman-Yassky E et al., J Allergy Clin Immunol. 2019; 143(1): 155-172. doi: 10.1016/j.jaci.2018.08.016

- Facheris P et al., Cell Mol Immunol. 2023; 20(3): 448-474. doi: 10.1038/s41423-022-00979-7

- J Allergy Clin Immunol. 2024 Apr 24:S0091-6749(24)00408-1. doi: 10.1016/j.jaci.2024.04.009.-

近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授

千葉県出身、1976年生まれ。2003年、信州大学医学部卒業。皮膚科専門医、がん治療認定医、アレルギー専門医。チューリッヒ大学病院皮膚科客員研究員、京都大学医学部特定准教授を経て2021年4月より現職。専門はアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患と皮膚悪性腫瘍(主にがん免疫療法)。コラムニストとして日本経済新聞などに寄稿。著書に『心にしみる皮膚の話』(朝日新聞出版社)、『最新医学で一番正しい アトピーの治し方』(ダイヤモンド社)、『本当に良い医者と病院の見抜き方、教えます。』(大和出版)がある。熱狂的なB'zファン。

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