”社会編集者”いとうせいこうの”建設的”編集力 多彩な顔ぶれの『いとうせいこうフェス』の魅力とは?
小説家、編集者、タレント、ラッパー…数多くの顔を持ち、マルチな活躍で常に“面白いこと”を追求しているいとうせいこう。1980年代は日本語ヒップホップシーンの開拓者として注目を集め、アルバム『建設的』でデビューし、多方面に大きな影響を与えた。その『建設的』の発売30周年を記念して、9月30日と10月1日の2日間に渡って『いとうせいこうフェス』が東京体育館で開催される。小泉今日子、上田晋也(くりぃむしちゅー)、岡村靖幸、レキシ、勝俣州和、水道橋博士、スチャダラパー、 KICK THE CAN CREW、高木完、高橋幸宏、竹中直人、バカリズム、久本雅美、藤原ヒロシ、細野晴臣、ホフディラン、真心ブラザーズ、みうらじゅん、ユースケ・サンタマリア、RHYMESTER etc……(一部抜粋/順不同)などその出演者の多彩さは圧巻だ。“ノンストップ音楽バラエティショー”と銘打たれたこのフェス、何が起こるかわからないというワクワク感は、他のフェスとは一線を画している。祝ってもらう立場でありながらも、影のプロデューサーとしてこのフェスを主宰するいとうに、その見どころ、そして“編集者”という肩書きにこだわる理由、その仕事術についてまでをインタビュー。とにかくあらゆる人達が集まる“場”と化している、いとうせいこうの魅力に迫ってみた。
日本語ラップのパイオニアが感じる『フリースタイルダンジョン』の可能性
――せいこうさんが審査員を務めるフリースタイルのラップバトル、『フリースタイルダンジョン』(テレビ朝日系)、盛り上がっていますね。
いとう もうほとんどバブルみたいなことなっていますね。基本的にやっていることが面白いというか、彼らの能力がすごいレベルまで達していたのを、みんなが気づいていなかったという。それを地上波で、しかもなるべく地上波っぽくない感じ、彼らに寄り添う形で制作しているからウケているのではないでしょうか。
――深夜だからという面白さもあるかもしれませんが、真剣勝負というのが伝わってくるのがいいです。
いとう 会場も大きくなって、お客さんがもう千人単位で収録を観に来るようになって、とんでもないことになってきてスタッフも驚いています。どうやって全体をコントロールしていくのか、Zeebraたちがどういう風に考えているのか、まずは行くところまで行ったらいいんじゃないかなって。やらせっぽいと批判されている番組が多い中で、この番組が人の心を掴んでいることは確実で、テレビってああであるべきだと思います。
――ラップの歌詞がきちんと出るのがいいです。
いとう そうですね。今までは聴き取れない部分はそのままスルーしていたと思うのですが、本人に確認をして全部出しています。「高校生ラップ選手権」という大会が、ちゃんと地盤を作ってきてくれていたので、その上の世代になった時のフリースタイルを紹介するイベントが必要だったんです。言っちゃいけないこと言ったら勝手にピーってやっておけばいいし、それを編集してしまったり、言わせないという行為自体がテレビっぽくなかったということに、気づいているテレビマンは多いと思います。
――せいこうさんが築いてこられたHIP HOP文化が、30年経ってもこうやって色々な人を巻き込んで大きくなっています。
いとう 僕らがあんなことできるようになるとは考えていなかったし、僕ら旧世代はフリースタイルはできないので、日本語があんな風に使えるようになるというのはいいですよね。どんどんイベントが増えていって欲しいですね。
名盤『建設的』発売30周年の祝賀会=『いとうせいこうフェス』
――本当にそうですね。30年といえば名盤『建設的』が発売されてから30周年で、それを記念した『いとうせいこうフェス』の開催が決定しました。
いとう この作品のディレクターが、現事務所の社長なんです。彼が発売から30年ということに今年になって気づいて(笑)、「30周年なんだけど何かやらない?」という感じで話がスタートしました。祝賀会的なものにしようということになったのですが、会場を押さえにいったら、東京体育館というとんでもなく大きい場所を取ってきちゃって、最初はえぇって思いました。でも、じゃあ誰に出てもらいたいかと言われて、30年前からの付き合いのある人がいっぱいいるわけで、なるべくたくさんの人に来てもらって、全員を2日間でさばくとなると東京体育館でも狭いくらいという話に今の時点でなっているので、社長はいい読みしてたなと思います(笑)。
――ジャンル関係なく、とにかくお世話になったりお世話をした人とか、今気になってる人、ごっちゃ混ぜな感じのラインナップになっています。
いとう 最初はミュージシャンだけでって言っていたのですが、でも例えば『劇団ナカゴー』を出したいな、あ、バカリズムも新しいネタ作らないかな…ってどうしてもなってきちゃうので、だったらもう自然に集まってもらって、何をやるかはそれから考えればいいかなと。全部腕の立つ人ばかりなので。じゃあ作家が必要だなということになって、30年来の付き合いで、僕をずっと見てくれている押切伸一さんと、「その「おこだわり」私にもくれよ」(テレビ東京)とか「山田孝之の東京都北区赤羽」(同)とか、面白い番組を作っている竹村武司という放送作家がいて、一緒に何かやりたいと思っていたので、彼にも入ってもらって、今、打ち合わせしてます。
――まず構成作家陣からして豪華です。
いとう 任せるので勝手にやってくださいというスタンスですが、ただ、僕が思っていない人の使い方だともったいないから、そこだけは口を出させてもらっています。
――どんなステージになるのか全然想像がつかないです。
いとう どうなるのでしょうか(笑)。決まっているのは、転換があるのでステージを2つ作ることぐらいで、いくら僕の祝賀会とはいえ、こちらは迎える側なので、みんなが気持ちよくパフォーマンスして帰ってもらえるように、僕もちゃんとしたホスト役にならないといけないんです。
――せいこうさんが出ずっぱりですか?
いとう それはないと思いますが、ただ数えてみると、この人ともやってる、あの人ともやってるという曲が多くて、そうすると出ていないといけないのかなと思って、正直面倒だなという(笑)。僕はいい席でニヤニヤ笑って観ていればいいのかと思ったけど、でもスペシャルなライヴを、例えばいつもの岡村靖幸ではない岡村靖幸のライヴを、きっと彼もこのフェスだからこそやりたいわけで。彼からしょっちゅうメールが来るんですよ「どうします?」って(笑)。例えば中村ゆうじさんとも、ゆうじさんならこれがあるなとか、この人と組んだらこれがあるとか、出演者同士でも色々考えられるんです。だから思いついたらすぐにメールして相談しているので、祝賀会ではありますが、プロデューサー的なところもありますね。
「何が起こるかわからないフェス。お客さんもスリリングだと思う」
――仕方ないというか、これだけの名前がある人達が、これだけの人数参加していたら、そこからまたコラボとかを考えるのは、せいこうさんにしかできないと思います。
いとう 本当にそれぞれの現場処理能力が問われるというか。お客さんもスリリングだと思います。普通のフェスだと出演者も自分の出番が終わったら終了だけど、今回はそうじゃないものが生まれてくると思います。「さっき彼らがこういうことをやったから、僕たちも急にこれやりたくなった」とか。出番だけ出て帰るというタイプの人たちは、ほとんどいないと思います。誰もこのフェスに対していい加減にやる人は一人もいないというか、モチベーションを高く持ってきているので、パフォーマンスの質は高いと思うんですよね。
――お客さんもそういうところを期待もしつつ、最初から楽しみにしてる部分でもありますよね。
いとう ここでまた誰かと誰かがセッションしているうちに、じゃあちょっと違うバンド作ってやってみようとか、そういうことが起きることが僕としての一番の望みです。そのためにみなさんに集まってもらったようなところがありますから。
――出演者の方たちも、ただでは済まないだろうなとは思っていますよね、きっと。
いとう 変なフリがあるんじゃないかと、覚悟してくれていると思います。それはお客さんもアーティストを乗せることで、いい雰囲気ができあがってくるわけじゃないですか。だからお客さんも祝賀する気持ちで参加してもらえると、よりクリエイティブな何かが、クリエイティブなミステイクが起こると思います。それが“建設的”というかね。
――繋がることですよね。いわゆる音楽フェスとは全く違う感じの。
いとう そうですね。いとうせいこうフェス、『建設的』というテーマがあって、じゃあ何やる?ってみんなが考えるタイプのフェスですよね。まだ出演者で発表できない人もいたり、「何で俺呼んでくれないんですか」って言ってくる人がいるんですが、枠はこれ以上増やせないので大変なんですよ。誰かと一緒にやってもらうしかなくなって、じゃあここかな、あそこかなっていう風にパズルをハメ込んでいる感じです。「ギャラいらないから出してくれ」という人もいて、祝賀会ならではの温かい感じもありつつ、何かが起こりそうな予感がしています。業界的にも、その場にいないとマズいなという感じはあると思います。
――せいこうさんの周りでは、いつも何か面白いことが起こっているというイメージがあるので、特に業界の人は、この場所にいないとマズいと思っていると思います。
いとう 業界の人は薄々気付いていると思いますよ。観ておかないと今後めんどくさいなって(笑)。
「肩書きはずっと”編集者”。このフェスも音付きの雑誌を作っている感覚」
――改めてお聞きしますが、せいこうさんの肩書きは、ずっと変わらず「編集者」ですよね。
いとう 結局何をやってるかというと、柄谷行人という僕が尊敬している世界的な批評家がいて、20年くらい前に「いとうくんは“社会編集者”と名乗ったほうがいいんじゃない」と言われたことがあって。社会を編集してるじゃないかと言われて、そうだなと思ったんです。今回のフェスも、基本は編集しているんですよね。全体を俯瞰で見ているというか、今っぽい雑誌を作ってる感じです。今は音も付いていた方がほうがいいし、雑誌もデジタルだったりするじゃないですか。そこに行ったら本当の音が聞こえてくるということも、一つの雑誌として捉えられるフェスなんです。表紙だったらこれ、グラビアだったらこの人、読み物はこの人っていうのを考えますが、最終的に僕を楽しませてよという、そういうフェスです。
――多分、みんな“何か”をやりたいんでしょうね。
いとう 今までもぼんやりとは思っていたけど、今ならできる、みたいな感じだと思います。みんな僕を利用してるんですよね(笑)。2日間とも、須永辰緒とFPMの田中知之という、日本の大御所DJが客入れと客出しを両日交互にやるというので、大御所が若手みたいな仕事をするという。辰緒にその話を説明したんですが覚えていなかったみたいで、たまたま会った時に「いつ行けばいい?じゃなくて2日間だよ」って言ったら、「わかりました。どうせ行こうと思っていたので、両日やります」って。田中君に「2日間だけど、ごめんね」って言ったら「光栄です」って。逆に言うと、新人が使えないというもったいなさもあるんですよね。
――さらにトリビュートアルバム『再建設的』が、9月に発売されさます。
いとう そうなんですよ。当時はそんなに売れなかったアルバムなのに、なんでこんなに注目されているんだろうと。そこが面白いですよね。これだけのメンツが集まるトリビュートもなかなかないですし、それぞれのアーティストが、誰よりもいいものをやりたいと思っているので、いいものが出来上がると思います。
――やっぱりアルバム『建設的』が本当に大きな存在ですね。
いとう 本当にそうで、あれをやっていなかったらこんなことにもなっていないし、ラップだってどういう形で進化していったか、その道が変わったと思うので。そういう意味では出して良かったです。
「たまたま考えていることが言語化できないことまで含んでいるので、自分でやらざるを得ない」
――せいこうさんは編集者であり文筆家でもあり、マルチな活躍をしていますが、自分の興味があることは何でも突き詰めてやろうという性分は、昔から変わらないですか?
いとう 変わってないですね。突き詰めるというよりは、直感的に掴んで、僕だったらこうするのになと、そういうバージョン違いを作っているんですよね。だから摂取するのもすごく好きだし、それこそ新しいバンドのライヴを観に行って、カッコイイって思うのも好きですし。
――根っからの編集者ですね。
いとう そう、やっぱり編集者なんですよ、完全に。例えば僕だったらこの人と対談させるのになと思って、たまたま相手がいないのでじゃあ僕がやろうって出て行ってるだけで、もっといい対談相手がいたらもっと差し込むし、そういう形で表に出ているだけなんですよ。僕がラップをやらなく済むんだったら、僕じゃなくていいんですよ。たまたま考えていることが言語化できないことまでを含んでいるので、僕がやらざるをえない。そういう形でやっていると、今やっているルポルタージュというものもそうですし、植物のことばっかりやっているのもそう(著書『ボタニカル・ライフ-植物生活-』)。
――アウトプットとインプットが同時できている感じですよね。
いとう そのバランスが悪いと、やっぱり全体の調子が悪くなる。とにかく好循環を起こすようにしています。
「自分を飽きさせないようにすること。それが僕の一番の仕事」
――それを30年間続けているんですよね。
いとう そうですね。でも最初はもっと下手でだんだん上手くなってきたというか、自分を飽きさせないで、途中で音楽をやらせながら上手に書かせるように仕向けるんでなす。それが僕の一番の仕事なんですよ、たぶん。へたするとすぐにひとつのことをやりきっちゃうから、飽きちゃうんですよ。そもそも小説を3年間で書きすぎて飽きたので、ルポルタージュ(「『国境なき医師団』を見に行く」)をやろうと思いついたのに、ルポルタージュも書きすぎてもう飽きそうになっているから危ない(笑)。だから次は俳句でもやろうかと思っています。どこにも発表しない句を1日1句作ってみようかとか。小説ともルポとも違うので、これはいけるんじゃないかなって思っています。
――話をお聞きしていると、楽しんでいるのか、自分で自分を追い込んでるのかよくわからないです。
いとう 確かにそうですね。でも休日の方が脳が休まらないんですよね。いつも回転してるものを急に止められないので。結局、溜まっていた小さい仕事をやっちゃうんですよ。で、そんなことをしているくらいだったら、脳の半分を音楽脳として走らせたりとか、音楽脳を止めて文章脳を走らせると、その間は音楽脳が少し休んでるでしょ?そういう風にしてる方が燃費がよくて、ストレスがないんですよ、結局。体は休めますよ、でも脳は何か違うことをやっているほうが、確実にいいんです。全く休むということはないから、文章を書いていても、音楽的な文章のリズムとか音は考えていたいので。逆も真なりで、そういうリズムがどうも自分にはいいみたいですね。
――ワーカーホリックとはまた違いますよね。
いとう ワーカーホリックは同じことをずっと積み重ねることで、僕は分裂的に思いついたことを異常な速度でやって、はい次、はい次ってやっているので。だから働いている気はしていないんですよね、こんなに遊んでていいのかなっていうくらい(笑)。
――楽しんでいるから続いているということですよね。
いとう 嫌だと思ったことは一度もないです。嫌な仕事は最初から受けない。それが良かったですよね。とにかく面白いと思うことが最優先で、そこはブレていません。あとは友達がやっているからやるということは大切にしてきました。それは、自分で計算しなくても、年月が積み重なれば積み重なるほど、説得力になるんです。今は「いとうさんがやるんだから面白いんでしょ」ってみんなが思ってくれているんですよね。今回のフェスも出演者の並びがまだわかっていない段階から、みんな出たいと言ってくれて、信頼してくれているんですよ。怖いですけどね(笑)。
「いとうせいこうという”場所”で、それぞれが勝手に一番いいと思うことをやって欲しい。今一番カッコイイ連中が集まったこれぞ”クールジャパン”」
――今回のフェスの出演者を見てもわかりますが、せいこうさんのところには、あらゆる方向から人が集まってきます。
いとう そうですね。だから今は自分の場が出来て、もっと意外な人から「俺なんかやるけど」と手を挙げてくれる人がいるんじゃないかと思っていて、その時にもっと面白いことが起こりそうですよね。そういう何が起こるかわからないことを、当日までにどのくらい受け入れられるか。そしてお客さんが入ってきて、そのお客さんから急に派生して何かが始まっちゃうことだってきっとあると思います。例えば今日はお祝いだから、みんなブルーのものを着て行こうよって、急に誰かがツイッターで言い出したら、そうなっちゃったとか、そんな不思議なことだってきっとあると思うんですよ。やっぱり誰もが参加者だし、誰もがクリエイティブな感覚でここに集まってくるというのは、最高の時間ですよね。僕も感激もひとしおだし、自分が一番観たいです。いってみれば僕は“場所”なんですよ。それぞれの人がここで勝手に、一番いいと思うことをやってくれればいいです。僕のせいにしちゃえばいいんです。すでに全員がそう思っている節があるんですよね(笑)。とにかく、これが“クールジャパン”なんです。今一番カッコイイ連中を集めているから、まずこのフェスを観て欲しい。
<Profile>
1961年、東京都生まれ。早稲田大学法学部卒業。 編集者を経て、作家、クリエーターとして、活字・映像・音楽・舞台など、多方面で活躍。 音楽活動においては日本にヒップホップカルチャーを広く知らしめ、日本語ラップの先駆者の一人である。 アルバム『建設的』(1986年)でCDデビューした。