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堀江貴文氏に期待することは?(2)「ネット社会に国境はない」「海外にも積極展開を」

小林恭子ジャーナリスト
「欧州ジャーナリズム・センター」のウェブサイトより

仮出所直後の熱狂振りと堀江氏に期待するものについて、非営利組織「欧州ジャーナリズム・センター」に原稿を書いた(4月26日掲載)。

いただいたコメントの全文紹介の後半である。4月上旬時点での情報を基にしたものとご了解願いたい。

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(3)

茨城大学教授古賀純一郎さん

―堀江貴文コメント(登場人物の敬称略)

IT(情報技術)関連の事業家で21世紀に入り注目されていた人物を3人挙げるとすれば、村上ファンドを立ち上げた経済産業省出身の村上世彰(1959年8月生まれ)、楽天の三木谷浩史(1965年3月生まれ)、そして今回仮釈放となった堀江貴文(1972年10月生まれ)あたりだろうか。うち堀江ら2人は、司直の訴追を受け有罪判決を受けた。

何が分水嶺となったのか。それは、企業の中で揉まれ、経済システムの中で、企業人、経済人が持つべき最低限の掟を知る環境に身を置く機会があったかどうかに尽きるような気がする。

三木谷は、大卒後、保守本流企業の筆頭、旧日本興業銀行(現みずほ銀行)に入行、そこでビジネスの王道を学んだ。これに対し村上は、高級官僚として上からの目線で監督官庁傘下の企業を見ていたのだろう。堀江は、それこそ在学中にビジネスを立ち上げ、それが本業となったのだから、下から這い上がり、試行錯誤を続ける中で走りながらルールを体得することになったのだろう。それが倫理を軽視した経営に繋がったと推察できる。要は、人に上に立つ一流の経営者の在り方を皮膚感覚で学習する機会に恵まれたどうかではなかろうか。

コンプライアンス(法律順守)がとやかく言われだしたのは、1990年代のことである。CSR(企業の社会的責任)が叫ばれたのは2000年に入ってからだ。利益だけを追求する、古典的な利益優先の企業は社会の中で存在を許されないような立場に今や追い込まれている。有罪判決を受けた2人は、こうした社会の変化を読み違えたということができようか。

もっとも、有罪判決を受けて服役した堀江貴文。そのブログなどを読むと獄中で、社会そして人間、企業の在り方について熟考する機会をもったようだ。これからは、社会的責任を背に捲土重来をめざす新タイプの経営者として時代の先頭に立っての活動を期待したい。

寄らば大樹の陰とは一線を画し、堀江は、自らの知恵と力で世の中の荒波に揉まれ、裸一貫で、ライブドアの設立までこぎつけた。有罪判決の基礎となった企業ではあるものの、立ち上げた堀江の企業家精神は大いに評価されるべきであろう。日本人が弱いとされる、こうしたチャレンジ精神の旺盛な企業家をこのまま見捨てるのは多いなる損失と思えて仕方がない。優れた手腕にこれまで欠けていた社会的責任の自覚が備われれば、今後の経営力は、大いに期待できよう。今回の蹉跌を糧に、役割がますます拡大しているIT業界の中で存分にその力を発揮してもらいたいと考えるのは私だけだろうか。

“七転び八起き”は、再チャレンジが難しいとされる日本経済の活性化にとって不可欠の要素である。増税なき財政再建を目指した第二次臨調などでリーダーシップを発揮した名経営者、故土光敏夫も、当時の法相の指揮権発動でとん挫した昭和29年の造船疑獄で逮捕され、その時の経験がその後の経営で大きな教訓になったと語っている。

仮釈放後の会見で堀江は、新しいニュース批評に挑戦したいとの決意を語ったようだ。グローバル化、IT化の進展で、メディア界では、ウェブサイトを通じた情報発信がますます重視されるようになっている。新しい感覚を引っ下げた堀江が新境地を開拓すれば、メディア界のみならず、新聞などの既存メディアに対しても新しい刺激となるのは間違いない。堀江が熱心な“放送とネットの融合”にも期待したい。ネット社会に国境はない。国内のみならず、海外に対しても積極的に事業を展開し、日本の情報の対外発信を積極的に取り組んでもらえれば、情報の勝負で強いとは言えない日本にとって大きな朗報となる。再起を切に願いたい。

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(4)

ワイズプロジェクト 代表取締役殿岡良美さん

―堀江さんをどうご評価なさいますか(ビジネスマン、メディア運営者、起業家、政治的動きなど)

希代の風雲児だと思っていることはもちろんですが、ご本人も出所当初のコメントで述べられているように、あまりにも社会に対して挑戦的かつ配慮が足りませんでした。そのために、いっときの金権主義の権化のように語られ、落としめられすぎたきらいはあると思っています(実際上にいくつものブログで私は批判し尽くしすぎるくらい批判しました)。

ですが、彼の持っていた感覚=ネット時代における新しいジャーナリズムの形態に関する予感のようなものは、一定の度合いで確かだったように思います。それは旧メディアに対して強烈なアンチテーゼであり、批判の要素を持っていたのですが、残念ながら当時はIT技術も我々の意識も追いついておらず、旧利権と新興勢力の対峙の問題として飲み語られました。その課題は彼の出所した今日、あらためて継続して考えるべきテーマとなって生きていると思います。

―堀江さんの受刑をどのように受け止められましたか

これについて当時感じた気持ちは先に引用した「心の中のライブドアショック----私たちは暴力装置の中で生きている」という記事に書きましたが、法的未整備の穴をついて過剰な量刑が彼にスケープゴートとして課されたと思っています。その後に起きた数々の経済事件の主犯が、彼よりも遥かに軽いかあるいは逮捕に至っていないことからもわかります。

―仮出所中ですが、現時点での経営者としての責任他、何かお感じになることがおありでしたら、教えてください。今後に期待されることなど(メディア、事業家、若者へのインスピレーションなど)

彼に対して責任を求める声よりも、明らかに過剰な量刑を課されて「地に落とされた風雲児」という評価の方が、特に若い世代で主流だと思います。堀江待望論はまだ消えていません。特に、堀江さんが受刑した当時はITバブルの最盛期でした。彼の逮捕によって六本木ヒルズに集ったIT長者の時代は終わり、その後日本は長い不況と低迷の時代に入っていきます。

アベノミックスのかけ声のもとに日本に対してまたミニバブルの時代を再来させようと政権側が企て始めた時代の中で彼が出所したことは誠に象徴的であり、またぞや彼を利用して、表層的な金権思想が勃興することは警戒します。

一方で彼自身の才と先見性、時代をとらえる視点については私は深く認めるところであり、前述のネットにおけるニュースのありかたについて彼が発言して行くこと、ビジョンを提示して行くことは歓迎します。また、経営者としての責任は、この間の過剰とも思える量刑に服したことで十分に果たしたと思っています。

彼にとって不幸に点は無駄に挑戦的に既存勢力に対して刺激的で乱暴な言葉を投げつけるその攻撃的な姿勢でした。出所後の会見ではそれが相当に薄れ配慮ある姿勢に徹していましたから、なお彼の今後には期待をしています。

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殿岡さんは堀江氏についての多数の論考をブログを中心に発表してきた。以下はそのブログ記事。

【最新】

帰ってきたホリエモン---ネットニュースに関する物語の続編とライブドアニュースの数奇な運命

ライブドア事件や堀江氏についての過去記事

BigBang カテゴリー「ライブドア」

【買収騒ぎ当時】

堀江貴文の病理------カネが全てではない理由の考察

【逮捕当時】

心の中のライブドアショック----私たちは暴力装置の中で生きている

(以上、コメント、終)

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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