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こうすれば債務超過の企業にも新規に融資できる

森本紀行HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長
すべての画像:123RF

 銀行等の担保や保証に依存した融資は、規制の副産物だとしても、それが維持されているのは、銀行等が制約に安住するからで、その安住を破るものこそ、事業性融資です。 

事業性評価に基づく融資

 金融庁は、金融機関に対して、事業性評価に基づく融資の徹底を求めてきました。この事業性というのは、金融庁の独自の用語であって、現実的な意味としては、担保や保証に依存しないことです。つまり、簡単にいえば、事業性評価に基づく融資とは、担保や保証に依存しない融資なのです。では、無担保無保証融資なのかといえば、必ずしも、そうではありません。

 事業性の本質的な意味は、融資先の企業がもっている現金創出能力です。そもそも、企業の事業活動とは、流動資産、固定資産、無形資産、人的資本などの事業資産の総体を保有し、それを効率的に稼働させて、現金を創造することであって、融資は、事業資産の購入と保有のための原資を供給し、その元利金の弁済は、事業活動から創出される現金によってなされるわけです。

 故に、融資は、本質的に、事業性評価に基づく融資なのであって、実際に、金融庁は、金融機関に対して、事業性評価に基づいて融資しろとはいっておらず、単に、担保や保証の付されることによる深刻な弊害を指摘しているだけです。つまり、担保や保証の有無は全く問題ではなく、その弊害だけが問題なのです。

融資や保証の弊害

 弊害の第一は、いかに事業性に優れた企業でも、不動産等の担保に供し得る資産がなければ、融資による資金調達ができないことであり、第二は、金融機関は、融資債権が担保や保証で十分に保全されているので、融資先企業に対して、事業性の変化に対応した適時適切な支援を行わないことです。

 実は、背景には、金融行政の目的の抜本的転換があります。金融機関経営の健全化を目的としていた古き金融庁にとっては、融資債権が担保や保証で保全されていることは望ましいことでしたが、金融機能の高度化による経済の持続的成長を目的としている現在の金融庁にとっては、逆に、担保や保証が障害となって、金融機関から融資や適切な経営支援を受けられない企業が存在することは望ましくないのです。 

6月7日に成立した「事業性融資の推進等に関する法律」

 この新しい法律のいう事業性融資は、当然に、事業性評価に基づく融資なのですが、より狭義に定義されています。具体的には、法律は、事業性を構成する事業資産の総体を企業価値と定義し、それを基に企業価値担保権を創出したうえで、企業価値担保の付された融資を事業性融資と定義したのです。そして、法律の仕組みでは、担保権が行使されるときは、事業譲渡によって、企業価値が金銭価値に転換されるわけです。

 事業性とは、企業がもっている現金創出能力であり、一般に、企業価値とは、企業が未来に向かって創出する現金の現在価値のことですから、企業価値は、事業性を金銭で評価した金額になります。しかし、こうした概念としての企業価値では、担保になり得ないので、法律は、事業性を構成する事業資産の総体をもって企業価値と定義し、概念としての企業価値に実体的な資産性を付与して、担保化したのです。これは見事な法律上の技巧です。

 企業価値担保は、多種多様な資産群で構成されていて、そこに不動産等の伝統的な担保対象資産が含まれている必要はなく、また、事業性の変化に応じて担保価値が変動するので、金融機関は、融資先企業の業況に常に細心の注意を払い、担保価値の毀損を回避するために、適切な協働を行うように動機付けられます。こうして、新たな担保の創造により、旧来の担保や保証の弊害が除去されるわけです。

無担保無保証融資との違い

 無担保無保証にすれば、担保や保証の弊害を簡単に除去できるとしても、別のところに、より困難な問題が生じます。第一に、金融機関として、債務不履行等の可能性を想定するからこそ、担保や保証を要求するのですから、無担保無保証で融資できる状況は非常に狭く限られてしまい、第二に、仮に無担保無保証で融資し得るとしても、危険性を反映させて、金利を著しく高く設定せざるを得なくなります。事業性融資は、まさに、この問題を解くものとして創出されたわけです。

預金取扱金融機関による事業性融資の活用

 融資を本業にしているのは、銀行等の預金取扱金融機関、および、それ以外のノンバンク金融仲介事業者ですが、金融行政の狙いは、預金取扱金融機関による事業性融資の積極的な活用にあると考えられます。なぜなら、個人貯蓄が預金に偏在している日本の金融構造のもとで、預金取扱金融機関が非常に大きな潜在的融資力をもつなかで、事業性融資は、その潜在的な融資力を顕在化させ得るものだからです。

 融資力が潜在化するのは、預金取扱金融機関が最高度に規制されていて、融資業務にも一定の制約が課されるからです。規制の背景としては、預金には、貯蓄手段以外に、現金の現実的な存在形態として、また決済基盤として、社会的に極めて重要な機能があるからであって、その預金を原資とする融資に制約が生じるのは当然なのです。

 実は、預金取扱金融機関に顕著にみられる担保や保証に依存する融資慣行は、規制のもとで融資の安全性を確保する努力から生じたもので、いわば意図せざる規制の副産物なのです。この事態に対して、ノンバンク金融仲介は、預金取扱金融機関の外に出ることで、事業性融資は、その内部にとどまって、問題の打開を志向しているわけです。

事業性融資による融資対象の拡大

 事業性融資は、企業価値担保の付された融資として、規制の枠組みにおいては、担保によって保全されている点で、伝統的な不動産担保付きの融資と同じなのであって、形式的には、規制による制約の内側にありますが、当事者の創意工夫によっては、実質的に、従来の制約の外側にまで、その対象を拡大できるのです。

 では、なぜ融資対象が拡大され得るのか。極端であるが故に、最も理解されやすいのは、債務超過の企業に対する新規融資であって、従来の枠組みでは、ほぼ不可能ですが、事業性融資を使えば、理論的に可能になることです。なぜなら、事業性は、将来に向かって企業が現金を創出する能力であって、過去の経緯の結果にすぎない債務超過とは、関係がないからです。

銀行等の努力と創意工夫

 理論的に可能なことを現実的に可能にするためには、当然に、融資する銀行等の努力と創意工夫が必要です。その要点としては、企業価値担保の構造からして、担保が機能し得るためには、融資先企業の事業が買収され得る必要があって、銀行等は、最適な買い手を探し、最適な条件での買収を成約させることで、融資先企業との間に共通価値を創造しなくてはならないのです。

 法律は、企業価値担保の基本的構造を定めるだけであって、事業性融資という決まった融資形態はなく、その具体的な使い方は当事者間の創意工夫に委ねられています。このとき、企業価値担保の基本構造からすれば、事業性融資は、出資に近い性格をもつものとしても、構成され得るわけです。そして、出資に近い性格のものでも、担保で保全された融資という特性を保持する点に、事業性融資の本質があるのです。

規制の制約への安住

 担保や保証に依存した融資慣行は、規制の制約から生じたとしても、それが維持されてきたのは、銀行等が制約を打破する努力を怠り、そこに安住してきたからです。事業性融資を適切に使えば、制約の多くを解消できるのであって、そうした努力を銀行等が継続していくなかで、企業価値担保の改良点も発見されていくのです。逆に、企業価値担保を改良するためにこそ、それが銀行等によって、様々に異なる方法で、活発に利用される必要があるわけです。

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長。三井生命(現大樹生命)のファンドマネジャーを経て、1990 年1 月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。 2002 年11 月、HC アセットマネジメントを設立、全世界の投資機会を発掘し、専門家に運用委託するという、新しいタイプの資産運用事業を始める。東京大学文学部哲学科卒。

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