英新聞メディアの報道規制はどうなる? ー 「レベソン報告書」の概要とは
本日3日は、「世界報道の自由の日」(ワールド・プレス・フリーダム・デー)だ。1993年、国連総会が5月3日を「世界報道の自由の日」として指定した。報道の自由の重要性について人々の意識を喚起し、各国政府が世界人権宣言の第19条に基づく表現の自由を尊重し支持する義務を認識するために定められたという。
2日、国連はどの国でもジャーナリストの安全が保障されるように行動を起こすことを求める声明文を発表した。
UNESCOによれば、過去10年間で600人を超えるジャーナリストが命を落としている(個人的には、もっと多いのではないかと思うがー)。そのほとんどが紛争地での取材中のできごとだ。また、ジャーナリストの命を奪った相手はほとんどが裁きを受けない状態となっている。
報道の自由度が高いと思われる英国で、報道規制をどうするかについて大きな議論が起きている。昨年11月末、「レベソン委員会」が報告書を出し、これを土台に新たな規制の枠組みを作ろうとしているが、今日現在、意見が一つにまとまっていない。
この件はブログでも何度か書いてきたし、日本でも若干知られているとは思う。おそらく、「報道規制?報道・言論の自由を奪うのでは?」という懸念を引きこすだろうと思う。
しかし、規制への流れが出たのは、新聞報道(特に大衆紙)による過度のプライバシー侵害、違法行為すれすれの取材方法など、目に余る行為が何十年も続いてきたからだ。
日本的感覚からすれば、「そこまでやるの?」ということが多い。例えば、個人情報を探るために私立探偵を使うとか、情報を買うとか。ゴミ箱漁りという手もあるそうだ。一度、どこかで何とかしないと・・という部分があった。
昨今は日本で既存マスコミへの批判が表面化している。この点から、英国の報道(主として新聞)規制の話は少し参考になるかもしれない。つまり、報道の自由の維持と行過ぎた取材の防止をいかに両立させるかである。
ただし、一つ記しておきたいのが、規制に対するメディア組織の行動が日英で結構異なる点だ。
これはほかの多くのことについても言えるのかもしれないが、例えば「xxxをやってはいけない」と当局が決めたとしよう。業界内の約束事でもいい。英メディアは規制を課されること自体に抵抗するが、その次の段階では、規制を結構無視する、あるいは何とかこれを潜り抜けようとして知恵を働かす。「xxxをしてはいけない」と言われて、すぐに言うことを聞く・・というわけではないのが英メディアだ。
英レベソン委員会の経緯と報告書の概要を、「新聞研究」4月号に書いた。以下はこれに若干補足したものである。
尚、この報告書は全体で2000ページ近くの大作で、私の概要も結構長い。メディアの動きに深い関心を持つ方のために、あるいは学問的な資料としてここに掲載しておくが、英国の新聞界の反応や現状を知りたい方はこの次を拝読願いたい。
英メディアの自立と規制 レベソン委員会 報告書の概要
―はじめに
2012年11月末、英国の新聞界の文化、実践、倫理を検証する独立調査委員会が、法律に基づく独立規制・監督機関の設置を求める報告書を発表した。過去300年以上にわたり自主規制に委ねられてきた英新聞界は、大きな挑戦状を突きつけられた。
委員会は、日曜大衆紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド紙」(廃刊、以下、NOTW紙)での電話盗聴事件を受け、2011年夏、キャメロン首相が発足させた。委員長となったブライアン・レベソン控訴院判事の名前をとって、通称「レベソン委員会」と呼ばれている。
NOTW紙の盗聴事件とは、2005年、王室関係者の携帯電話の伝言を同紙の記者と私立探偵が盗み聞いたことが発覚し、07年、記者と私立探偵に実刑判決が下った事件だ。2011年7月、左派系高級紙ガーディアンが、9年前に誘拐・殺害された少女の携帯電話も同紙の記者らが同様に盗聴し、「伝言を削除した」と報道したことで、国民の間に同紙の過剰取材に対する強い嫌悪感が発生した。ガーディアンの報道から2日後、NOTW紙の廃刊が決定され、数日後にレベソン委員会が設置された。
―調査の経緯と目的
委員会の付託事項は2つに分かれる。
第1部は「新聞の文化、実践、倫理の調査」だ。盗聴事件が発生した新聞界の実態把握が目的で、個人情報の保護や規制の有効性、不正行為の実情などを広く検証した。同時に、新聞と警察や政治家との関係及び3者のそれぞれの関係も調査対象とした。
調査が広範囲にわたった背景には、盗聴事件の実態が明らかになるにつれ、かねてからの新聞報道の悪癖(プライバシー侵害、容疑者の犯人視報道、倫理の欠落など)への不満感が一気に噴出したことがある。
新聞と権力側との「癒着」も広範化の要因だ。例えば、盗聴事件発生当初、ロンドン警視庁は捜査の範囲を矮小化した。09年、ガーディアン紙が盗聴は組織ぐるみであったと報道すると再捜査を求める声が出たが、警視庁は再捜査の可能性を短時間の考慮で却下した。警視庁幹部とNOTW紙の発行会社ニューズ・インターナショナル社(=NI社)の経営幹部とが友好関係にあったことも判明し、メディアと警察との親しすぎる関係が事件の全容解明を阻んだのではないかという疑念が高まった。
政界と新聞界、特にNI社やその親会社米メディア大手ニューズ社の幹部(最高経営責任者は「メディア王」ルパート・マードック氏)との密接な関係も、耳目を集めた。キャメロン首相は先の盗聴事件発生時のNOTW紙編集長を官邸の広報責任者として雇用していた上に、ニューズ社経営陣らと個人的な友好関係を持っていた。さらに、2011年夏当時、ニューズ社は39%の株を所有する英衛星放送局BスカイBを完全子会社化する案件を進行中で、首相及び担当大臣が便宜を図ろうとしたとする懸念が出た。
上記を踏まえ、委員会は過去及び現状を把握した上で、言論の自由、多様性、独立性、高度の倫理・報道水準を維持するための政策や規制体制を推奨することを目指した。
第2部はNI社やほかの新聞社・メディア企業での違法な取材行為についての調査だが、開始時期は未定だ。現在、盗聴事件の再捜査に加え、公務員からの情報買取やハッキングによる違法な情報取得と汚職疑惑について捜査が続行中で、すべての司法過程終了後に第2部が開始されることになっているからだ。電話盗聴事件をきっかけに生まれたレベソン委員会だが、事件の解明自体は調査対象に入っていない。
委員会は2011年7月13日に発足し、8月末から調査の証拠となる文書の受付を開始。9月、10月には、国民に向けて現状の把握と問題の提起の機会として勉強会などを開催した。
11月中旬から翌2012年7月までは、ロンドンの王立高等法院で公聴会が開かれた。マードック氏を含む新聞社経営幹部、編集長、記者、警察幹部、私立探偵、労働組合幹部、人権擁護団体、歴代首相を含む政治家、報道の被害者、メディア学の学者など合計337人が召喚され、宣誓の下、委員会で質疑を受けた。さらに300余人が証言はせずに文書のみを提出した。調査報道を遂行するために公に顔を出せない記者などを除き、ほぼ全員の証言がカメラで撮影され、委員会のウェブサイトに動画と証言内容の書き取りが掲載された。調査費用は約500万ポンド(約74億円、2011年7月から12年10月末まで)に達している。
―報告書は4部構成
報告書は、最初の概要部分が46ページ、本文に当たる部分は4巻構成で約2000ページに上る。
第1巻は委員会の立ち上げ、調査方法、目的、新聞と公益、新聞界が置かれている状況、報道規定、司法上の問題、警察の捜査、個人情報保護法の違反状況、電話盗聴事件などを扱う。第2巻(437ページ~)は新聞の文化、実践、倫理に注目し、新聞と国民の関係、NOWT紙の報道と報道被害の実例、新聞と警察の関係についての調査結果をまとめた。第3巻(997ページ~)は個人情報保護と新聞、新聞と政治界、言論及びメディア所有の多様性について言及。第4巻(1477~1987ページ)は報道苦情委員会(Press Complaints Commission=PCC)の役割と実践を検証し、法令化による独立規制機関の設置を推奨した。
報告書の内容を、新聞報道と国民、PCCの機能、新聞と警察、データ保護、政治家との関係、最後に規制の行方の面から、紹介してみる。
―新聞報道と国民
約8ヶ月続いた公聴会で、最も注目を集めたのが報道被害者による証言であった(概要部分及び第2巻パートF-5他)。02年に誘拐・殺害された少女ミリー・ダウラーちゃんの両親も証人となった。失踪後の数ヶ月、執拗にメディアに追われた両親は、少女の携帯電話の留守番用伝言が更新されていたので、「生存への望みをつないでいた」(母親)。ガーディアン紙の報道でNOTW紙の記者が伝言を聞いていたこと、伝言の一部を「削除」したことを知り、大きな衝撃を受けたという(証言の3ヵ月後、警視庁の調べで削除の事実が証明できないことが判明し、ガーディアン紙は訂正記事を出した)。
2007年、マッカン夫妻はポルトガルの保養地で幼児の娘が失踪した経験を持つ。新聞各紙から夫妻を犯人視され、母親が娘を失った悲しみをつづった日記の一部を本人の同意なしにNOTW紙に掲載された。ゴードン・ブラウン前首相は、財務相だった2006年、息子の病気を大衆紙サンに暴露された。
報告書によると、一部の新聞はネタを追うために業界の倫理綱領が「存在しないかのように振る舞い」、「罪なき人々の人生に大きな苦難や大損害をもたらした」
「あまりにも多くの新聞記事があまりにも多くの人から苦情の対象になりながら、新聞が責任を取る例が少なすぎた」
NOTW紙については、「規則順守体制に失敗があった」、「個人のプライバシー保護や尊厳への敬意が欠如していた」と指摘した。
―PCCの機能
新聞報道の水準を維持するための規制体制について、報告書は、加盟新聞社による報道苦情委員会(PCC)が十分に機能していなかったと結論付ける(概要部分及び第1巻パートD-2他)。
「根本的な問題」は、PCCは規制組織ではなく、苦情を処理する組織であった点だと報告書はいう。
PCCは、業界からの「独立性に欠けていた」。運営資金を調達するために新聞・定期刊行物から拠金を集めるのが「新聞基準財務機関」(PressBof)だが、業界の上層部が会員となっていた。
PCCへの参加は任意で、比較的に少ない人数に権力が集中しているため、「広範な領域を処理できなかった」、「充分な財源がないので、効果的な調査をすることができなかった」
「苦情が取り上げられても、対応は不十分で、PCCに批判されたジャーナリストへの懲罰行為が欠けている。編集長への批判もなかった」
PCCは新聞界への批判を阻止し、「盗聴事件への調査ではNOWT紙を支持したことで、信頼性を失った。真剣な調査がまったく行われなかった」
PCCは昨年3月、廃止予定であることを発表している。
―新聞と警察
報告書は、警察が報道被害について市民を十分に守りきれなかった実態を記す(概要部分及び第2巻パートG他)。
ロンドン警視庁は、「NOTW紙による盗聴で犠牲になったかもしれない人への通知に失敗した」、09年のガーディアン紙の報道後に発生した再捜査への声を「すぐに否定した」上に、何ヶ月にもわたり「自己防御的な考え方をした」。
しかし、「メディアとの関係において、警察に大規模な汚職が発生している証拠はなかった」
―新聞とデータ保護
公的機関の情報公開と個人情報の保護を促進するための特殊法人「情報コミッショナー事務所」(ICO)は、02年、ある私立探偵事務所から個人情報の売買の可能性を示す大量の情報を押収した。当人の同意を得ずに個人の機密情報を取得し、公開するあるいは調達する行為は、個人情報保護法第55項の違反となる。2006年、ICOは捜査の実態を2つの報告書で明らかにした(「モーターマン作戦」)。
調査期間の対象となった3年間で約1万7000件に上る情報取得・売買の要請があり、その大部分が大手新聞、雑誌などの記者によるものであった(概要部分、第1巻パートE-3及び第3巻パートH他)。
ICOはメディアによる個人情報の違法利用を阻止しようとしたが、新聞業界によるロビー活動や司法体制の不備から、「私立探偵のノートにあった個人情報法違反行為について、ジャーナリストは誰も取調べを受けない」結果となった。ICOは、「新聞に対して、公式にも非公式にも、規制にかかわる捜査あるいは実行行動を行わなかった」。このため、「被害者の地位を守る機会が失われた」
―政治家との関係
報告書は新聞とメディア界の関係について、国民の多くが感じてきたことを記す。「過去30-35年、あるいはそれ以上の長い間、英国の与・野党は」、「新聞と近すぎる関係を持ってきた」(概要部分及び第3巻パートG)。政党は「一部の新聞から好意的な扱いを得ることを期待して」、「不釣合いなほどの時間、注意、リソースを費やし」、「世論の国民へのニュースや情報の提供を過度に管理しようとした」
公務に就く人への国民の信頼は減少し、「政治家と新聞とが、公益に反して、権力と影響力を互いに交換した」という認識、懸念が高まった。
一方、ニューズ社によるBスカイBの完全子会社化の案件については、判断を下す立場にあったジェレミー・ハント文化・メディア・スポーツ大臣(当時)の側に重大な偏向があったという信頼できる証拠はなかった」と結論付けた(概要部分及び第3巻パートI-6)。
―規制の行方
報告書は、報道被害を出しても適切な処罰が与えられず、規制が機能していない現状を変えるには、新たな、独立自主規制・監督機関を立ち上げるよう推奨する(概要部分及び第4巻のパートK)。
規制機関は、法令によって設置され、現役の新聞編集長、経営者、政府から独立している。この法律は新聞の自由を支援し、守る明確な義務を政府に置く。
運営は理事会が担当する。この会には、前編集長、経験豊かなジャーナリストなど新聞業界の経験を持つ人が参加できるが、現職の編集長、現職の下院議員や政府閣僚は任務に就けない。
機関の財源は新聞業界と理事会が合意によって調達し、倫理綱領は、理事会員と現職の編集長が構成する綱領作成委員会によって決める。
綱領は「言論の自由の重要性、国民の利益(公益、公衆衛生と安全性を守り、国民を大きく間違った方向に導くことを防ぐなど、個人の権利)を考慮に入れる」。
理事会は、新聞報道に対する、適切で迅速な苦情処理メカニズムを持つ。
倫理綱領の違反となる苦情があった場合、理事会は、新聞媒体に訂正と謝罪の掲載を指令する権限を持つ。しかし、「いかなる状況でも、記事の掲載を停止させる権限は持たない」。理事会は自らが問題を検証する権限も持つ。
違反行為があった場合、理事会は新聞社に対し、売り上げの1%(しかし、最高金額は100万ポンド=約1億4500万円)までの罰金の支払を命じることができる。
報道被害者と新聞社側の問題解決のための裁定所を設ける。より早く低価格の裁定サービスを利用できるようにする。
新たな既成機関が新聞界、国会、政府から独立した存在であることを保証するために、外部の認定組織を置く。報告書が推奨する選択肢は、通信・放送業界の規制監督団体「オフコム」である。
倫理に反した行為を求められたジャーナリストには内部告発用電話相談サービスを提供する。
ICOに刑事訴訟を扱う権限を与え、新聞業界と相談の上で、個人情報の処理にまつわる指針を策定する。また、「個人情報保護法違反、プライバシー侵害、秘密漏洩など、メディアによる違法行為に適用される損害の見直しがあるよう」提唱した。
警察との関連では、「オフレコ・ブリーフィング(オフレコでの背景説明)」という言葉の使用をやめるべき」と報告書は言う。報道しないことになっているバックグランド・ブリーフィング(=参考情報としてのブリーフィング)を意味する場合は、「『報告できないブリーフィング』(unreportable briefing)」と呼ばれるべき」と細かく指定した。
英国警察長協会に加盟する警察官は、メディアとの接触のすべてを記録し、政策あるいは組織にかかわる事柄が議論になるのであれば広報担当官が立ち会う。
政党指導者、閣僚、野党の首脳陣らは、メディア所有者、新聞編集長、編集幹部との長期的な関係について、四半期に一度、すべての会合及び会合以外の形(手紙、電話、テキスト、電子メールなど)での連絡の頻度や概要などを報告するように提案されている。
言論及びメディア所有の多様性を維持するために、政府は「定期的に多様性の定義や状況について検証をするべきだ」。
メディアの合併案件がある場合、担当大臣は独占防止当局に案件を照会する前に、合併への賛成と反対の関係者と相談する。当局に照会した場合は、照会理由を公表するべきとしている。(終)
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(次回は英新聞界の反応と現状について紹介します。)