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文系・理系の区別はもう要らない

津田建二国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

テクノロジーの進展は、さまざまな境界を取り払うようになってきた。機械工学は同じモノづくりという視点から電気・電子工学と密接に関連し、電子工学は情報技術(IT)産業と深くかかわり、ITの中でもソフトウエアとハードウエアが相互に関連するようになった。さらに理学である数学は、エレクトロニクスとの関係がより密になり、数学は金融とも関係するようになった。医学にもITやエレクトロニクスが密接に関連し、最近では農業までもITを使うようになった。挙句の果てには、文系と理系でさえ関係するようになってきている。フィンテック(FinTech)という言葉(造語)はまさに金融という文系と、微分方程式という数学とが関係し、株取引をAI(人工知能)で実現しようとする。

こういった全ての分野が関連を持ち始めると、もはや文系・理系と分ける意味があるのだろうという疑問が沸いてくる。「僕は文系」、「私の専門は」、という言葉は、時代に取り残されてしまうのではないだろうか。数カ月前には、大学教育で文学部は不要という趣旨の文部科学省の通達があり、議論を巻き起こしたことがあった。しかし、例えばAIの優れたアルゴリズムを生み出すのに、小説の一部で言われていたコンセプトを利用する、というようなことはないだろうか。また、AIを使って小説を生み出すこともできるようになりつつある。さらに言えば、優れたアルゴリズムを高い性能と低い消費電力で実現するために欠かせないものが半導体である。関連する分野のインフラストラクチャともいうべきテクノロジーが半導体であることはもはや疑いの余地はなくなっている。

古い時代は、さまざまな分野にそれぞれの専門家と称する学者が研究し、互いに干渉されることなく、黙々と研究に打ち込んでいた。これまで私が見てきたテクノロジーの多くはエレクトロニクスであったが、かつては電気(Electricity)と電子(Electronics)を強電と弱電と区別していた。電気分野は、電圧と電流、位相など電磁気学で表現することが多かった。電子がどのような振る舞いをするから、どのような結果になる、というようなことはほとんど考慮されていなかった。電子工学は、物性物理学と密接に関係し、半導体の基礎となる量子力学、統計力学、熱力学なども必要とされるようになっている。機械工学はほとんどがニュートン力学で説明され、機械的な動きをニュートン力学や流体力学で説明する。

ところが最近はセンサの将来性を議論するようになり、2020年代には1兆個ものセンサが使われるようになるという予測まで現れた。センサは温度や湿度、力(加速度)、圧力、回転力、磁気、ガス、化学物質、においなどでさえ、電気(電圧や電流)に変換するデバイスである。機械的な動きはニュートン力学で表し、それを電気に変換した後は電磁気学を使う。センサを設計するために必要なシミュレーションツールには機械と電子・電気の両方の知識が必要になる。

もはや、自分の専門の殻に閉じこもっていては、「ガラパゴス」になってしまい、世の中に役立たない学者になるとも限らない。

なぜ、境界が薄れてきたか。今年はIoTを巡り、様々な言葉が飛び出してきたことと関連する。IT(Information Technology)に対して、現実の工場や現場の作業をOT(Operational Technology)という言葉で表すようになった。また、現場での作業と全く同じ作業を、インターネットを使いITで表現できるようになり、それらが全く同じ状態を指すことから「デジタルツイン」という言葉も出てきた。これらの言葉はモノづくり産業から生まれ、IT/エレクトロニクスから生まれてこなかった。しかし、やっていることは同じであり、それを別の言葉で表現しただけに過ぎない。すなわち、IT/電子・電気産業だけではなく、機械産業もIoTシステムビジネスの覇権を狙っているのである。

数年前まではIoTはエレクトロニクス産業が使っていた言葉だった。それをITのクラウドでデータ収集・蓄積・解析を行うIoTシステムでは、サイバー・フィジカルシステムという言葉が生まれた。デジタルツインはCyberとPhysicalのシステムをツイン(双子)として扱うとして機械系から生まれた。

ハーバード大学経営大学院教授のマイケル・ポーター氏と共著でハーバード・ビジネスレビューに「IoT時代の製造業」を著したPTC社の社長兼CEOのジェームズ・ヘプルマン氏(図1)が来日、デジタルツインのコンセプトを解説した。PTCは元々機械系CADのソフトウエアメーカーである。機械系のモノづくりは、設計(デザイン)から始まり、製造へとつないでいく。その設計部分を担当するツールを作るメーカーであった。それが今や、IoTシステムのプラットフォームを構成するソフトウエアも扱うようになった。IoTクラウドプラットフォームのThingWorxを買収し、その企業名と同名のソフトウエアプラットフォームを充実させ、IoTクラウドのデータ解析を担うことも可能にしている。

PTC社のCEOであるJames Heppelmann氏
PTC社のCEOであるJames Heppelmann氏

境界があいまいになってきた具体例として、シーメンスによるメンターグラフィックス社買収提案がある。シーメンスは、GEと似た重厚長大型のモノづくり産業であり、ハードウエアだけではなく、PTCと同様の3D-CAD「Creo」や、PLM(製品ライフサイクルマネジメント)ソフトウエアも手掛ける。IoTをフル活用するIndustry 4.0の提唱者でもある。一方のメンターグラフィックスは、半導体設計ツールをはじめ、プリント回路基板設計ツール、熱設計・流体設計ツール、組み込みシステム開発ツール、さらにはクルマのワイヤーハーネス設計ツールなども開発してきたエレクトロニクスのソフトウエア総合ツールを手掛けてきた。電子系のツールと機械系のツールを融合させることで、IoTあるいはIndustry 4.0を発展させようと狙ったのがシーメンスだ。

通信オペレータのソフトバンクが半導体のIP回路メーカーのARMを買収したのも、単なるIoTデバイスだけではなく、クラウドのハードウエアの肝となる高級半導体を開発しハイエンドサーバーやスーパーコンピュータを実現しようとするためである。ここでは、通信とコンピュータ、サービスとしてのIT、そしてエレクトロにクス半導体の設計中核のIPコアとがつながっていく。もはや境界は薄れている。

汎用AIであるAGIの専門家Ben Geortzel氏
汎用AIであるAGIの専門家Ben Geortzel氏

ITのシステムエンジニア(SE)と呼ばれる人たちには、もはや理系も文系もない。どちらからでも入り込める職種となっている。今年インタビューしたAIの専門家ベン・ゲーツェル氏(図2)によると、米国の金融業界ではAIの研究者の引き抜きが激しいという。とてつもない高い初任給でAI研究者を奪い合う競争が激化しているとしている。かつての金融工学では、ブラック・ショールズの方程式を用いて、デリバティブ商品を予測した。この微分方程式は、時間を細かく切り刻んで積み上げていく表現方法であり、ある時間経過した後の金融商品をある程度予測できた。今はモデルを作りそれに合うシミュレーションの方程式を考え出すよりも、機械学習させることで予測しうる姿を描く方が簡単であるため、AIを活用する風潮がいろいろな分野の研究者に生まれている。ここでも研究者の専門という壁が崩れている。どんな分野の専門家でもAIを利用することが普及しつつある。

文系・理系の区別はもはや要らない。従来の文系の人たちは、量子力学を勉強し、理系の人たちはシェークスピアを勉強する。もっと様々な分野の融合により、新しいコンセプトが生まれ、テクノロジーが生まれ、人間は進化していく。

(2016/12/27)

国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

国内半導体メーカーを経て、日経マグロウヒル(現日経BP)、リードビジネスインフォメーションと技術ジャーナリストを30数年経験。その間、Nikkei Electronics Asia、Microprocessor Reportなど英文誌にも執筆。リードでSemiconductor International日本版、Design News Japanなどを創刊。海外の視点で日本を見る仕事を主体に活動。

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