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『たとえばラストダンジョン前の村の少年が序盤の街で暮らすような物語』のボケと勘違いの笑いの現代性とは

飯田一史ライター
TVアニメ公式サイトトップページより

 2021年1月4日からTVアニメの放送が始まった『たとえばラストダンジョン前の村の少年が序盤の街で暮らすような物語』は、いかにも小説投稿サイト「小説家になろう」にありそうな(?)長文タイトルのファンタジーだが「なろう」発ではない。SBクリエイティブのGA文庫大賞・優秀賞を受賞して17年9月から刊行が始まった文庫ラノベが原作だ。この作品の2020年代らしさはどんなところにあるのか。

■『ラスダン』あらすじ

 この作品ではタイトル通り、英雄の末裔たちが暮らす猛者揃いの村では最弱の少年ロイド・ベラドンナが、軍人になる試験を受けるべく城下イーストサイドの魔女マリー――ロイドの村の村長が彼女の師匠なのだ――の元へ向かう。

 そこでモンスターに襲われた“ベルト姫”こと解除不可能な呪われたベルトを身に付けた少女セレンを助け、解呪の力を持つロイドの持ち物によって拭かれたことで偶然ベルトが外れ、結果、一発で惚れられてしまう。

 ロイドは試験を受けるが能力が規格外すぎるために無知な試験官に信じてもらえず、まともに取り扱われなかったためにまさかの落第。

 しかたなく軍人志願の学生たちが通う食堂でバイトしながら来年の試験合格を目指すが、セレンをはじめ真の実力に気づいた者たちもいて――というお話だ。

 ロイドは強いが本人には強いという自覚がまったくなく、その振る舞いが読者に笑いをもたらす(いわゆる「俺TUEEE」でギャグをつくるという点では秋『魔王学院の不適合者』などと通じている)。

■笑いはあるがラブコメではない

 まじめな展開が脱臼され、ことごとくが誤解と「まさかそんなバカなこと/やつがある/いるはずがない」(しかし、ある/いる)などといった思い込みによってすれ違っていく。

 こうした勘違いの連鎖で話を進めるコメディとしては葵せきな『ゲーマーズ!』(一四年~一九年刊、一七年TVアニメ化)がある。

 ただ『ゲーマーズ!』では「あいつのあの振る舞いは浮気に違いない」「あの行動はきっとこういう意味だろう」などといった誤解や邪推が生み出す笑いは、恋愛模様を描くために用いられていた。

 つまり「ラブコメ」だった。

 だが本作ではコメディはあってもラブはほぼない。ロイドはセレンをはじめとする女性キャラクターから溺愛されていても自覚がない。主人公は鈍感だがそれでも徐々に恋愛方面に関係性を進展……というのがラブコメでよくあるパターンだが、ロイドの天然ぶりは『ドラゴンボール』の悟空や『ONE PIECE』のルフィレベルで、内面がない。

 思春期的な恋愛脳や性欲、煩悶がない。だから関係の進展がほとんど見られない。

■『ラスダン』の2010年代後半以降らしさ

 2000年代以降のラノベの人気作では「恋愛」「笑い」「戦い」はほぼセットであり、3つのうちどこに力点を置くかという話だった。

 2010年代に広がった大人向けのウェブ小説では、そこにホームドラマ(擬似家族、食、もふることによるほっこり感の提供)が加わった。

 10年代後半スタートの文庫ラノベである本作は、コメディとバトルはあるが、ラブはきわめて希薄であり、ホームドラマ要素も弱い。

 なろう発の暁なつめ『この素晴らしい世界に祝福を!』(2013年刊行開始)では、女性キャラクターは豊富でみなカズマのことを徐々に好いていくようになるものの、2000年代ラノベと比べれば恋愛要素は(シリーズ前半では)後退していた。

 本作はその傾向がより増している。

 芸人のマキタスポーツは、ラーメンや音楽、SNSの「ドンシャリ」化――低音と高音の強調、つまり「バランス良く」よりも「キャラの立った、極端な濃い味付け」が好まれる傾向の加速――をしばしば語っているが、ラノベもその傾向を強めているのかもしれない。

 人びとがSNSで話題ごとにアカウントを分けて使いこなしていることを反映するように、笑いを提供する作品は本作のようにひたすらボケ倒して恋愛要素は後景に退き、一方でラブコメではギャグやバカな展開よりも「糖度が高い」と表現されるベタベタに甘ったるい展開に特化したもの、あるいは思春期の自意識と自尊心・承認欲求にフォーカスした青春ものと分化している、と。

 ラノベに対していくつかある主要なニーズのうちひとつかふたつのみを明確に満たす作品では、2000年代ほどひとつのシリーズで広範な読者を獲得することは困難だろう。

 だが10年、20年前よりはるかにコンテンツ量が増え、触れる前から「どんな作品で、何がウリか」を瞬時に受け手に伝えなければならなくなった今日では、バランス型より特化型がウケやすいのは避けがたいのかもしれない。

 バランスのよい作品に見える伏瀬『転生したらスライムだった件』(13年から「なろう」にて連載開始、14年から書籍版刊行開始)ですら、主人公リムルの恋愛模様は描いていない。

 ただいずれにしろ本作のセールス好調ぶりからわかるのは、恋愛と比べてラノベジャンルの読者の、笑いへの需要は衰えていない、ということだ。

 そして、誰かの属性や行動をいじったり、誰かを殴る蹴るといった暴力描写で笑いを取るよりも、無自覚なボケとそれに対するツッコミで笑いを取っていく『ラスダン』の健全さは、間違いなく2010年代後半以降的なお笑いの感覚である。

ライター

出版社にてカルチャー誌や小説の編集者を経験した後、独立。マーケティング的視点と批評的観点からウェブカルチャー、出版産業、子どもの本、マンガ等について取材&調査してわかりやすく解説・分析。単著に『いま、子どもの本が売れる理由』『マンガ雑誌は死んだ。で、どうするの?』『ウェブ小説の衝撃』など。構成を担当した本に石黒浩『アンドロイドは人間になれるか』、藤田和日郎『読者ハ読ムナ』、福原慶匡『アニメプロデューサーになろう!』、中野信子『サイコパス』他。青森県むつ市生まれ。中央大学法学部法律学科卒、グロービス経営大学院経営学修士(MBA)。息子4歳、猫2匹 ichiiida@gmail.com

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