ニューヨークが認めた日本人が語る「グローバル人材」になるために必要なこと
グローバルな舞台で活躍することの意味
子供が将来、世界で活躍する人になってくれたら・・・。
そう願いながらも、私たち保護者は本当に「世界で活躍することの意味」を理解しているだろうか?
「子供がグローバル人材になってほしいと思うのであれば、親が幅広い考え方に触れ合い寛容性を持つことが大事です。グローバル人材って究極、人はそれぞれ違うことをリスペクトしあって、自分を誇りに思いながら、相手と一緒にやっていける力みたいなもの。
日本独特の同調圧力と閉塞感。個より集団を優先し、周りに合わせ、自分の本音を話せず、本当は自分が何をやりたいのかわらなくなり、人間関係が煩わしくなり、交流しなくなる。そんな悪循環が起こっているのを見かけます」
こう語るのは、富士通株式会社で働く日野紀子さんだ。
日野さんのもう1つの顔は、世界屈指の大都市ニューヨークで社会貢献活動の推進とグローバル人材育成を行う非営利団体、NY de Volunteer創始者。人種のるつぼで長きにわたり日本文化を教え、高齢者のためのビューティースパデイを開催するなど、「はじめてみよう、ニューヨークでボランティア!」というスローガンのもと、その活動には延べ1万人が携わってきた。
IT技術の進歩でスマートフォンを介せば異言語で会話が成り立つ昨今。「グローバルな人材」に求められるのは「語学力以上のこと」だと言葉に力がこもる。
ニューヨークが認めた日本人
「ニューヨークに住む日本人の平均滞在は3年と言われています。英語が苦手な新参者の私たちアジア人にとって、ボランティア活動を通じてニューヨークの実社会に触れることは、大きな学びの機会になっています」
NY de Volunteerの活動実績が認められ、2007年、2010年、2011年にニューヨーク市よりボランティア功労賞を受賞し、ブルームバーグ前市長から表彰されたことも。その活躍は日本へ「逆輸入」のような形で伝わり、2012年には、内閣官房国家戦略室から世界で活躍する日本人にも選ばれた。
その一方、アメリカ永住権(通称グリーンカード)の取得が認可されないというまさかの事態に直面。2012年に拠点を日本に移し、グーグルの東京オフィス人事部で働き方改革プロジェクトを立ち上げ、現在は富士通株式会社でブランド・デザイン戦略を担い、デザイン思考を活用したデジタル革新のための共創プログラムのデザインや北米展開、人材育成に携わるなど活躍の場を広げている。
NPOに追い風、きっかけは
富士通での勤務の傍ら、年に数回ニューヨークを訪れ、NY de Volunteerの活動を在米スタッフとともに支えている日野さん。最近「追い風」が吹いているというのだ。
「国連が2015年に世界共通のゴール、SDGs(持続可能な開発目標)を定めたことで、日本政府もグローバル人材の育成に本腰を入れるようになったんです。
貧富の差や経済格差など、多くの社会問題の解決には、市民参加が大事であると言われてきましたが、ボランティアって人ごとと捉えて『頑張ってねー』というどこか他人事のような感じでした。ですが、SDGsが国連で採択されたことによって、行政やノンプロフィット(非営利団体)だけじゃなく、企業が参加するようになってきました。
SDGsという共通ゴールに沿ってNY de Volunteerがやってることを企業に話すと、前より私たちがやっている本当の価値をわかってくれるようになったんです。日本政府や経団連も推しているのが後押しになっています」
SDGsとは「The Sustainable Development Goals」を略したもの。2015年9月に国連で採択された2030年までの持続可能な開発目標のことで、人間と地球の繁栄のため、17のゴールと169の細かい行動計画が掲げられている。(図参照)
この世界共通のゴールに向かい、2016年には日本政府に「SDGs推進本部」が置かれ、ゴールとなる2030年に社会の担い手になる子供たちが世界で活躍できる人材になるための育成のため、行政や学校がこぞって力を入れ始めたのだ。
これが契機になり、最近ではNY de VolunteerにSGDsに関する相談が増えている。
ニューヨーク「スタディーツアー」の中身とは?
SDGsに関する相談から生まれたのが、日本の学生や社会人を対象にしたニューヨークでの「スタディーツアー」だ。
「修学旅行でSDGsの要素を入れたものをやってくださいとリクエストもあります。NY de Volunteerがこれまで培ってきたニューヨークのリアルな実社会との深いつながりを、プログラムに存分に生かしています」
来年2月にニューヨークを訪問するのが、正智深谷高等学校(埼玉)だ。同校は「グローバルキャリア×SDGs」をテーマにした6コース希望選択制の探究型研修旅行をスタートさせ、ニューヨークもその1つ。スタディーツアーでは、現地学生との意見交換やキャンパスツアーや、実際にニューヨークの企業訪問をする予定。「グローバルに活躍するために必要なこととは?」などを英語でインタビューするといった濃いプログラムが予定されている。
スタディーツアーでは高い英語力が求められるが、これを踏み台に「やる気のある生徒、英語力を高めたい生徒のモチベーションアップの機会にしたい」「世界一のダイバーシティの街で、様々な人や価値観に出会い生徒の視野を広げさせたい」という先生達の熱い想いがある。
日野さんが同校へプログラムの説明に行くと、目を輝かせて話を聞く生徒がいる一方で、「英語がしゃべれなくても大丈夫かな」という心配そうな生徒も多い。そういう時は、「あなたたちには1年あるよね。やりたいと思ったら1年で出来ることは十分にあるよ」と答えている。
「生徒はきっと、英語ができなくてもいいよって言われたいのよね。でも言わないの(笑)。やる気のある人にきて欲しいから」。真に世界を見たいと思った子は、ニューヨークで多くのことを吸収しその後の学びに活かされる。
「生徒さんたちには、キャリア教育といっても、すぐに職業選択という枠に縛られなくてよいと言っています。まずは好きなこと。好きなことをどんどん突き詰めていくと、じゃあ、これを海外の人はどうするのかな?と興味を持って英語で調べてみる。これからは、学生もどんどん自分を売っていかないといけない時代。英語はあくまでコミュニケーションの一つ。何か自分で話せるものを持っておくことが必要です」(日野さん)
文科省が定義するグローバル人材とは
スタディーツアーで掲げる「グローバルな人材」は、文科省が定義するグローバル人材に「NY de Volunteerの価値観を足しています」(日野さん)。
文科省では主に、「語学力とコミュニケーション能力」のほか、「主体性・積極性、チャレンジ精神、協調性・柔軟性、責任感・使命感」、「異文化に対する理解と日本人としてのアイデンティティー」をグローバル人材の大きな3つの柱としている。
そこに、多くの人種が共生しお互いの違いを認め合うニューヨークで活動を行ってきたNY de Volunteerだからこそ、「人としての寛容性を持つこと」を加えたいという。
「私とあなたの普通は違いますよ。違っていいじゃないですか。そこから相手の意見を尊重しながら自分の意見もいい、うまく仕事をしていける。それが究極のグローバル人材だと思います」
日野さんが NY de Volunteerでの活動で気にかけるのが、その日初めて参加した人が気持ちよく参加できているかということ。1人で立っている人がいたら話しかけ、活動そのものを楽しいと思ってもらいたい。そんな思いやりが溢れているからこそ、NY de Volunteerは多くの人を惹きつけてきた。
だからこそ、日本に拠点を移しても、いろんな価値観の人と触れ合って欲しいと、中高生の子供がいる友人たちを、海外生活を経験した日本人や外国人が集まるホームパーティーに誘う。
しかし・・・。
友人たちは、「えー、英語話せないし、なんか気後れしちゃう」とホームパーティーに来ないことが多いという。
「お母さんが英語環境に怯んじゃって、子供のチャンスを潰してるの!普通に暮らしていてグローバルに楽しく触れられる機会を家族で持つように。そのためにもママの視野、価値観、活動範囲の広さがすごく大事。ママが自分が英語はイヤだから子供は英語教室に、とお任せするんじゃもったいない!」
多様性を受け入れるために、今すぐできること
「英語はツールであって、ゴールではない」という日野さんが、多様性を受け入れる土壌を作るため、学生たちに問いかけることがある。
まず1つめは、「普通て、誰の普通?」と考えさせることだ。
「よく、普通はね、と話している場面を見ますが、その普通って、誰にとっての普通なんでしょう。みんなはね、というのも同じ言葉だと思います。自分がもしそう口にしていたら、それは普通じゃない人を排除している事にならないでしょうか? 自分の普通は、相手の普通と違う。どちらが良いとも悪いとも一概に言えるものでもないですが、自分が思う価値観が正しいと思いがちになってはいないか、一息ついて自分をちょっと客観的に見るのが大事です」
日野さんは「愛のメガネキャンペーン」を職場で実践している。「ものの見方に『愛』を込めてみると、世界が違って見える。
そうか、そういう事もあるよね、と温かい心で受け入れやすくなりますよ」。
次に、「全く接点のなかったことに手を伸ばしてみること」だという。
「自分が慣れ親しんでいるコンフォートゾーンにいるのは楽ちんですよね。Away体験はちょっとドキドキ。それを一歩踏み出してみましょう。いつも食べなかったものを食べてみる、身に着けなかった色を試してみる、行ったことのない街に行ってみる。 誘われたものにとりあえず行ってみるというのもいいでしょう。相手が誘ってくれるということは、きっとあなたにあっている、楽しめるだろうと思っているのです。それは自分にとっては意外かもしれない、でもそこに自分の視野を広げる可能性がある。プチ冒険を楽しむマインドセットをもって日々を過ごすのは楽しいよ」
最後に、「Theyと思っていたことをWeと思って考えてみること」だ。
「NY de Volunteerの活動参加者って、20代、30代の若い女性、まだお母さんになってない人が多いんですよ。その段階でボランティアを経験し、後からお母さんになった時、社会のことを考えるとか、社会に対してアクションを取るのが大事って、自分が体験して腹落ちしているから子供に伝えられるんです」
マンハッタンなど都市部では貧富の差が激しく、「Sushi」(寿司)や「Ramen」(ラーメン)を日常的に食べる欧米人もいれば、異文化に触れるチャンスが全くない人もいる。そんな街で恵まれない地域の小学校で日本文化を教えるボランティア活動をすることで、貧富の差や恵まれない子供といった社会問題を「They」としてとらえるのではなく、「We、私たちだったら何ができるのか?」と考えるようになるという。
Weで考える視点を持てば、ボランティア活動に参加する、と言う正式なものじゃなくても、「街で困っている外国人がいれば、『Do you need help?』『How can I help you?』と声をかけてみてって。友達との待ち合わせに30分早く行ってやってみるのもいいし、親子で『今日は3人に声かけてみよう』でもいい。日本を訪れた外国人にとって、あなたのその5分の優しさが、どんな景色よりも心に残るものになるからって。人の役に立てて、自分も日常生活の範囲を超えた人との交流を楽しむことが出来る」。
「TheyではなくWeで考える。そんなお母さんに育てられた子はグローバル人材になるんです。今、若い子たちがボランティアしているのは、ちゃんと将来に繋がっている。これはすごい価値のあることだと思います」
日本人だけど、日本人に受け入れられない疎外感
グローバルな視野を未来ある若き学生に示す日野さんだが、20年近いニューヨーク暮らしを経て日本へ居を構えたが、生まれた故郷へ戻っても、「日本人なのに受け入れてもらえない」疎外感を味わうことがあったという。
「日本にいると、みんなが同じことを無意識に求めてくる。そしてそれにズレを感じることも。帰国子女や海外帰りの日本人がこのような疎外感を感じることは往々にあると思います」
日本を外から見た経験を持つ日本人の視点は、ダイバーシティに寛容な社会に必要なもの。
「多様性がある人と皆さん触れ合ってますか? 受け入れてますか? 子供をグローバル人材にしたいのであれば、親が多様性を受け入れ、いろんな考え方が交差する場を持ちましょう。そう言う環境こそ、子供たちがダイバーシティな視点を持つために必要なことです」
多様性を受け入れ愉しむために、あなたならまず何から取り掛かる?