日テレの女性アナウンサー内定取消事件から内定にまつわるいろいろを振り返ってみる
日本テレビにアナウンサーとして入社が内定していた女性がいったん内定を取り消され、その後、裁判で争って、和解によって入社が決まるという事件がありました。
この一連のできごとは、アナウンサーというやや珍しい職業に限らず、けっこう色々と応用できるところがありますので、せっかくなので少し振り返って、役に立つところをピックアップしてみましょう。
内定ってなんぞや?
内定とは、始期付解約権留保付労働契約を言います(ウィキペディアより・・・っていうか、どの労働法の教科書にも書いてあります)。
漢字ばかりが13文字も連続する上に、「付」という字が2回も出てくる気持ち悪さですが、こういうふうに言われています。
「労働契約」とあるとおり、この時点で労働契約は成立しています。
これを前提に、いつから働くのかという「始期」がくっついているのと、一定の理由によって労働契約を解約することができる、つまり内定を取り消すことができるとの権限が使用者に留保されていることから、始期付解約権留保付労働契約と呼ばれるわけです。
そして、どんな場合に内定を取り消せるかというと、最高裁は次のように述べています。
典型的なのは、「大学を卒業できなかった」とか、「取得していると言っていた資格を実は取得していなかった」などになります。
ちなみに、上記の大日本印刷事件では、その労働者が「グルーミーな印象なので当初から不適格と思われたが、それを打ち消す材料が出るかも知れないので採用内定としておいたところ、そのような材料が出なかつた。」ということを理由に内定を取り消しております。
グルーミー・・・。この事件は、さすがに労働者側の勝ちとなっています。
内定でも内定でなかったり、内々定でも内定だったり・・・
さて、内定と言っても、実は、裁判所は「内定」という言葉で形式的に判断しているわけではありません。
「内々定」という書面をもらっても内定のこともあれば、「内定」という書面をもらっても内定とは認められないこともあります。
意味が分からないかもしれませんが、そういうことなのです。
要は、実質的に労働契約が成立したと言えるかどうかが判断の分かれ道です。
いつから働くか決まっているかとか、給料の額が決まっているかなどなど。
そういったいろいろな事情から判断されるので、形式的な「内定」「内々定」という言葉だけで判断して、早とちりしないように注意が必要です。
内定取消と内定辞退は雲泥の差
今回のアナウンサーの件は、日テレが内定取消をしたので、その取り消しの効力をめぐって争うことができました。
しかし、内定辞退となるとそうはいきません。
辞退となると、労働者の側が、自分の意思で内定をお断りした、ということになります。少なくとも形式上はそうなってしまいます。
こうなると争うハードルはぐーんと高くなります。
争えないわけではないですが、勝つのが難しくなったというべきでしょうか。
というのも、裁判所は、「いいオトナが一度示した意思を覆すとか、正直、ありえないんですけど」と思っているからです(たぶん)。
そのため、かなりがんばって、「本当に真意じゃなかったんだよぉ」ということを立証しないといけません。
なので、会社から内定辞退を勧められても、よくよく慎重に考えて判断すべきとなります。
会社も上記のことをよく分かっているので、内定取消では負けてしまうかもしれないリスクがあるので、それを避けるために、「取消」よりも「辞退」を迫ることが多いようです。
場合によっては、辞退を強要することさえあります。もちろん、強要に至った場合、それ自体で違法となります。
清廉性とか、そういうのは内定取消の理由となるか?
今回の日テレ側の当初の主張は、アナウンサーには高度の清廉性が必要だということを述べていました。
しかし、内定取消は、先ほどの最高裁判決にあるとおり、グルーミーとか、そういう適当な理由では正当化されません。
「清廉性」なるものも同様です。
アナウンサー業務において支障が出るような事実が、採用内定当時に知ることができなかったところ、それが発覚したというのであれば取消もできるでしょうが、清廉性という曖昧なものでは取消はできないと言うべきでしょう。
裁判は和解で終わったので、この「清廉性」という理由で裁判所がどういう判断をしたのかは分かりませんが、和解内容から察するに、日テレ側の主張は通らなかったのではないかと推測されます。
アルバイトの経歴は全て言わなければならないのか?
もう一つ、この日テレアナウンサー内定取消事件で問題となったのは、ホステスのアルバイトをしていた事実を日テレ側に申告していなかったということでした。
この点、何でもかんでも使用者の求めに応じて労働者が情報を提供せねばならないかというとそうではありません。
職業安定法5条の4には、労働者の募集を行う者は「その業務の目的の達成に必要な範囲内で求職者等の個人情報を収集し」とあります。
つまり、使用者には業務の目的達成に不必要な労働者の情報は収集しないことが求められるわけです。
逆にいえば、労働者側も、必要のない事実を使用者に言う義務はないということになります。
学生時代にホステスなどをしていたことが、業務の目的達成の障害になるような職種はそれほどあるとは思われません。
この事件をきっかけに、こういったアルバイト歴を言わなければならないのかと誤解される方がいましたら、そうではないということを知っておいてもらいたいと思います。
最後に~納得いかない場合は争うことができる
最後に、アナウンサー志望のこの女性は、理不尽な理由による内定取消に対し、裁判という選択をして争いました。結果として、希望が叶って入社できることになりました。
このこと自体をいろいろ言う向きもありますが、納得のいかないことについて争い、権利を行使し実現するということは、とても重要なことです。
過去にいくら立派な判例があっても、争う人がいなければ意味がありません。
彼女はそういったことを意図していたわけではないかもしれませんが、大きな注目を集める中で、最終的に和解で入社を叶えるという結果になったことは、内定のみならず、職場で起きる様々な理不尽について声を上げられない労働者に勇気を与えたのではないでしょうか。
注目を集める職種だけに、入社後もいろいろ言われるでしょうが、是非、頑張ってほしいものです。