福島沖地震、政府や官邸の「1分対応」はなぜ可能なのか
首相の指示内容はほぼ同一、だが問題は無い
2月13日23時08分に、福島県沖を震源とする最大震度6強の地震が発生しました。まず、地震の被害に遭われたすべての方にお見舞い申し上げます。
昨晩の報道では、地震発生直後から政府・官邸の対応や対策が逐一ニュースで流れてきましたが、地震発生からわずか1分後の23時09分に地震発生を受けて総理による「3点の指示」が出されたとの報道の後、その発出時間が地震発生直後であったことに、ネットでは「迅速な対応だ」との声も多くみられました。
ところで、この「総理指示」の指示内容について振り返ってみると、過去の地震における「指示内容」と重複する箇所もみられます。下記に昨日の地震を含む3回の地震の際の「総理指示」を首相官邸(災害・危機管理情報)ツイッターから引用してみます。
昨日2月13日23時09分の指示内容
令和元年山形県沖地震の指示内容
平成30年北海道胆振東部地震の指示内容
この3つの指示内容を比較すると、昨日の地震の際のみ「人命第一の方針の下、」という文言が第2項に追加されていることがわかりますが、それ以外の文言は(津波の有無を除き)はほぼ変わらないことがわかります。昨年は広島、長崎の平和祈念式典で類似する挨拶をしたことが批判されたこともありましたが、確かに迅速な発出とはいえ、この同一指示についてはどうでしょうか。
これはどういうことなのでしょうか。結論から言えば、この「1分指示」は大地震などの災害時のために予め用意されている指示であるとともに、政府機関を動かすために最適な指示であると言えます。地震発生後なるべく速やかに政府機関を動かすためには、上長からの指示が速やかに出されることが何よりも重要であり、地震発生直後の情報がほぼ入っていない状態において、情報収集を行うことや、時間に請願のある救命・救助活動の指示、さらに避難や被害等に関する情報提供を行う指示を出すことによって、各省庁が能動的に地震対応を発生直後から行う根拠が生まれます。
実際には官邸に「対策要領」が存在し、地震発生後速やかにこれらの指示がほぼ自動的に発出される仕組みとなっています(上記に引用した過去の地震でも、それぞれ地震発生後数分以内の指示が発出)。これは、阪神・淡路大震災の際に村山富市首相(当時)の対応が遅れたことで「人災」とまで言われたことから、首相官邸に危機管理用の当直を設置することが決まった後に設けられた仕組みです。
まとめると、この機械的にもみえる初段の対応がトリガーとなって、各省庁が「根拠」をもって災害対応に当たることができるという点においては、形式的・抽象的な内容以上に地震対応にあたるすべての公務員にとって意味のある指示となっているわけです。
発生直後に「官邸対策室」とは
また、昨日の地震では、地震発生からわずか1分後(総理指示と同時刻)の23時09分に「官邸対策室」が設置されました。首相官邸の地下1階にある危機管理センターに設置されるのは、その災害の規模や危機の甚大さに応じて、「情報連絡室」「官邸連絡室」「官邸対策室」と3段階があり、内閣危機管理監がその設置を判断することとなっています。それぞれの「室」は状況に応じて改組されることがあり、例えば台風などの接近にあたっては、日本列島への上陸などが予想される時点で「情報連絡室」が設置された上で、実際に被害が出た段階で「官邸連絡室」や「官邸対策室」に改組されることがあります。
実際の災害においては、災害発生直後から官邸が情報収集に動くことになります。今回の福島沖地震は、震源地などから当初から東日本大震災の余震と疑われたでしょうから、福島第一原発などの状況(経済産業省)をはじめ、鉄道や道路の状況(国土交通省)など関係省庁を横断した情報収集が必要となりました。また、相応の被害が想定されたことからいわゆるプッシュ型支援の必要も検討されたはずですから、この点においても当初から「官邸対策室」を設置したことは正しい判断だったように思います。
総理の「公邸」問題が再度表面化か
では、政府や官邸の対応は完璧だったでしょうか。菅総理の動きを首相動静で確認すると、下記のように書かれています。
午後10時現在、同議員宿舎。午後11時23分、東京・赤坂の衆院議員宿舎発。同28分、官邸着。14日午前0時25分から同1時13分まで、加藤勝信官房長官、小此木八郎防災担当相。 午前1時58分から同59分まで、報道各社のインタビュー。同2時、官邸発。同5分、東京・赤坂の衆院議員宿舎着。 午前3時現在、同議員宿舎。 首相動静(2月13日) - 時事通信
菅総理は、現在「総理公邸」には住まずに、赤坂に所在する衆院議員宿舎に住んでいます。これまで多くの総理が公邸に住んできたものの、安倍晋三前首相は(自宅のある)東京・渋谷から通勤していたことに引き続き、菅総理も官邸に入っていません。このため、今回のような災害があった時に中央司令塔となる官邸へ到着するまでの時間がタイムロスになります。上記の首相動静で確認すると、地震発生が23時08分だったので、官邸までの移動に20分を要していることがわかります。これが同じ敷地にある首相公邸と首相官邸であれば移動時間は1分もかかりません。公邸は旧官邸でもあることから、公邸にいながらも情報収集や指示連絡を行う体制も構築することができます。
つい先日、1月25日の衆議院予算委員会では立憲民主党の江田憲司議員がこの「公邸」問題を質問していました。その際の報道を以下に引用します。
菅首相は「議員宿舎から公邸、官邸まで、すぐだ。公邸に入る考えはない」と答弁。これに対し、江田氏は「失格答弁だ。確かに10分、15分の距離でしょう。しかし、10分、15分が国家の命運を左右することもある。大地震が起きて道路が陥没したらどうするのか」「(公邸では)24時間、情報収集できる」などと重ねて質問。細川政権以降で公邸に入らないのは、菅首相と安倍晋三前首相だけだと指摘し、「国民の血税を出して、危機管理のために作っている」「即刻入ってほしい」と求めた。首相は「内閣総理大臣として国民に対して責任を果たすのに、議員宿舎だからできないということはない」と反論した。 「どうして公邸に入らないのか」理由を問われた首相は… - 朝日新聞
確かにわずか数分の違いではないか、という意見もあるでしょう。一方、内閣総理大臣の職務には「勤務時間」という考え方はありません。いついかなる時にも内閣総理大臣であり、即応性が求められる職務でもあります。首相公邸はそのための施設でもあり、今回のような地震の際の危機管理体制に疑問符がつきます。
また、このような地震にあたっては余震警戒なども重要です。菅総理は結果的にこの日も官邸に2時間半程度滞在した後に、東京・赤坂の衆院議員宿舎に戻ってしまいました。首都圏内で数十万戸が停電し、かつ被害の全容が明らかでもない状況において、またいつでも即応できるようにこの日ぐらいは公邸にて就寝待機という形でも良かったのではないのでしょうか。
まずは深夜帯の地震だったことからも被害の全容と救助救命に全力に当たってもらった後に、やはり地震などの災害時における即応体制としてこれで良いのか、再度検証する必要があると思います。