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ロボットが鼻粘膜をぬぐう 人海戦術からハイテクへと進化する中国の新型コロナ対策

竹内亮ドキュメンタリー監督 番組プロデューサー(株)ワノユメ代表

2019年末に新型コロナウイルスが発見されてから2年近く。世界で最初に集団感染が確認された中国では、早い段階から徹底的な対策が進められたが、2021年に入ると感染力の強くなった変異株の影響は避けられず、各地で集団感染が発生。PCR検査をはじめとする市中感染の抑え込み対策は、人海戦術からハイテクノロジーの力を借りたさらなる効率化、スピード化が進められている。その最先端の現場を取材した。

●医療従事者さえロボット化 医療現場のいま

私がまず訪れたのは、中国最新テクノロジーの中心地と呼ばれる深センの医療センターだ。ここでは、鼻咽頭拭い液によるPCR検査を人間に代わって行うロボットが開発されていると聞いたからだ。PCR検査には大きく分けて口から採取する唾液と鼻から採取する鼻咽頭拭い液による検査の2種類がある。後者は検査する人間の腕によっては痛みを伴うこともある。それを自動化することなど可能なのか?そんな疑問を胸に、私は取材へ向かった。

まだ開発途上だという仕組みはこうだ。まずはロボットに取り付けられたカメラが検査対象者の顔全体を認知、そこから鼻の位置や形を読み取り、その情報をもとにアームが検体採取用の棒を鼻の奥へと入れていく。私も実際に体験してみたが、まず感じたのは恐怖心。気持ち悪さや痛みを感じたときにはロボットの動きを止めるための「安全停止ボタン」もあるが、人間ではなくロボットと向き合うと、これまで経験した以上に緊張を強いられた。

実際、精度はまだまだ低く、うまく検体を採ることはできなかった。人間でもなかなか簡単にはできないことをロボットにやらせるのは、難易度がかなり高い。それでも、彼らはなぜこのようなロボットを開発しようとしているのか。その背景には、人口14億人を超える中国ならではの事情がある。

2021年になって多発するようになった市中感染の抑え込み対策の核心は、「市民一斉PCR検査」だ。ひとたび市中感染が見つかると、徹底的な検査で感染者や濃厚接触者を追跡し、隔離するのが中国の感染対策のセオリーだ。2021年7月、私が暮らす南京市で感染者が見つかった際には、発見から24時間以内に感染者が出た区の住民全員への検査を完了。約930万の市民全員への検査は3日以内に完了させた。その後も感染者が増え続けたため、感染者発見から10日間で市民全員へのPCR検査が3回も実施された。これだけの規模の検査を短期間でこなすことができたのは、緊急時に動員できる人的リソースが潤沢に確保されていたからだ。

この時、PCR検査を担当していたのは市内で働く医師たちだった。ただ、市民に一斉検査をするとなると、検査場になるのは病院ではなく、学校やイベントホール、駐車場や団地の運動場などだ。屋外にテントを張っただけのところも多く、夏は暑く、冬は寒い。検査に並ぶ市民だけでなく、防護服を着た医療スタッフにとっても非常に過酷な環境なのだ。極寒の中、屋外で検査をし続けて凍傷を負ったり、暑さの中で防護服を着続け熱中症になったりした医療従事者のニュースを何回も耳にした。

全自動PCR検査ロボットは、こうした医療従事者の負担を減らすために開発されているのだ。どのような環境でも疲れ知らずのロボットに検査を担わせ、人間には別の分野で活躍してもらう。それが開発者の考えだ。これ自体はとても価値ある試みであり、効率化を進める中国らしい発明だと感じた。ただ、いったんコロナ禍が収束してしまえば、ロボットの用途はなくなってしまう。「そうなったらこのロボットはどうするのか」。発明者に聞いところ、コロナ禍が収束しても、この技術をもとにほかの病気や遠隔治療に応用できる、という答えが返ってきた。

●人の流れを徹底管理 情報が詰まったQRコード

2021年11月現在、中国国内では、感染発生地を除けば移動の制限はほとんどかけられておらず、自由に移動することができる。ただ、空港や日本の新幹線にあたる高速鉄道駅では、スマホに表示できる「健康QRコード」の提示が求められる。このQRコードは3色に分けられており、問題がなければ緑、過去14日以内に感染者が多い地域に行ったことがある場合は黄、感染者と濃厚接触歴があったり新型コロナに感染したりしていた場合は赤となる。コードが緑色でなければ外出できなくなるなど、生活が大きく制限されることになる。
地域によって感染防止対策の基準が異なるため、省や市ごとに独自の「健康QRコード」が開発されており、自分が住む地域のコードだけでなく、目的地の地域のコードも緑でなければならない。
このQRコードには、14日以内の行動履歴やこれまで受けたPCR検査の履歴、ワクチン接種の有無など感染防止に関わるさまざまな情報が詰まっている。中国ではこのコードで膨大な人口の往来を管理しているのだ。

●深センで実用化した最先端技術とは

検査ロボットが研究されていた医療センターとは別に、私がもう一か所深センで訪ねたのが羅湖人民病院だ。中国本土と香港との連絡口である羅湖口岸から車で10分ほどの距離にあるこの病院では、膨大な数のPCR検査を実施している。中国では一般的に、検体は病院から検査場に送られ、結果が病院へと報告される。大量の検査を効率よくこなすには、検体を検査場まで運ぶ時間をいかに短縮できるかがカギとなる。この病院は深セン市政府から「検査から結果報告までを6時間以内に終えるように」と指示されている。それに応えるため、病院が導入しているのが巨大なドローンだ。

従来、検体は30分から40分かけて車で輸送していたが、大都市特有の交通渋滞に巻き込まれると1時間以上かかることもしばしばだった。それがドローンを使うようになって、毎回必ず16分で輸送できるようになった。1日あたり10回から15回の輸送により、合わせて6000から8000本の検体を運んでいる。

基本的にはプログラミングされた経路を自動的に飛行していく仕組みだが、万一に備え地上にいる機長が運航を見守っている。このドローンには8個のプロペラがあり、ひとつのプロペラが鳥などに当たってもほかのプロペラでカバーできる。パラシュートも装備されており、事故があっても安全に着陸できるそうだ。24時間運航可能で、雷などよほどの悪天候でない限り、雨天でも飛べる。機体のGPSと視覚認証により、着陸も自動で行われる。

●マンパワーの支えがあっての先端技術

中国で進むハイテク化の現場を紹介してきたが、機械やテクノロジーにすべてを頼ることは難しい。感染を徹底的に防ぐには、人の力による支えも欠かせない。

私は南京市内にある冷凍倉庫を訪れた。見た目は何の変哲もない倉庫だが、ほかの倉庫とは違い、周りにトラックの長い列ができている。これは「検査待ち」の行列だ。中国では海外からのウイルス流入を防ぐため、輸入した食品に対してもPCR検査を実施している。これまで輸入物の牛肉パッケージや冷凍サーモン、ドリアンなどからウイルスが検出され、騒ぎになったこともある。私が訪れた倉庫は、南京市に入る輸入食品のPCR検査を一手に担っていた。厳戒な管理体制が敷かれ、外部の人間は中に入ることができないため、取材はモニター越しに行った。

倉庫内で働く人々はみな隔離ホテルに暮らし、会社が手配したバスでホテルと倉庫を毎日行き来するのだという。2週間倉庫で働いた後、ホテルでさらに2週間の隔離生活を送り、感染がなければ家に帰ることができる。貨物は1000個につき16個というように、一定割合のサンプルを抜き出して検査される。検査を終えた貨物はすべて消毒されてから、出庫される。陽性反応が出た場合は倉庫内の作業をすべてストップし、全域を消毒。陽性反応が出た貨物の保管場所を基点にして倉庫内を低、中、高リスクブロックに分け、それぞれの区域に応じた消毒や再検査を行い、出庫となるそうだ。

冷凍食品にそこまでやらなくてもいいのでは?検査せずにすぐ消毒してしまえばいいのでは?こんな疑問もわくが、ここまで徹底した検査によっていち早く感染ルートをおさえ、その情報を次の対策に生かしていく。それが中国のやり方なのである。

発展が進む科学技術と膨大な情報ネットワークを駆使したコロナ対策を進める中国。ただ、これだけの技術を生かすには、一人ひとりの医療従事者の努力や市民の協力がやはり不可欠だ。進化するテクノロジーとマンパワー。この2つの短所を補い、長所を生かしていけるかどうか。これが今後のコロナ対策の成否を握りそうだ。

そして、徹底した「ゼロコロナ」を掲げる中国が、「ウィズコロナ」の道を選ぶ海外諸国とどう共存していくか。それが今後の注目ポイントだ。

記事執筆
竹内亮、石川優珠

ドキュメンタリー監督 番組プロデューサー(株)ワノユメ代表

2005年ディレクターデビュー。NHK「長江 天と地の大紀行」「世界遺産」、テレビ東京「未来世紀ジパング」などで、中国関連のドキュメンタリーを作り続ける。2013年、中国人の妻と共に中国- 南京市に移住し、番組制作会社ワノユメを設立。2015年より中国の各動画サイトで日本文化を紹介するドキュメンタリー紀行番組「我住在这里的理由(私がここに住む理由)」の放送を開始し、4年で再生回数6億回を突破。中国最大のSNS・ウェイボーで2017年より3年連続で「影響力のある十大旅行番組」に選ばれる。番組を通して日本人と中国人の「庶民の生活」を描き、「面白いリアルな日本・中国」を日中の若い人に伝えていきたい。

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