バスケ買春、どこが問題だったか
バスケ日本代表選手のインドネシア・ジャカルタにおける買春騒動も、謝罪会見を経て、沈静化しつつある。刑事司法の面から見て彼らの行動のどこに問題があったのか、改めて振り返ってみたい。
【わが国の法律による規制】
まず、海外で買春に及んだ場合、わが国の売春防止法では処罰されない。
この法律は海外における行為には適用されないし、そもそも買春に対する罰則すらないからだ。
ただ、相手の年齢によっては、次のとおり、わが国の別の法律で処罰される余地がある。
13歳未満:刑法の強制性交等罪(最高刑は懲役20年)
18歳未満:児童買春・児童ポルノ処罰法の児童買春罪(同懲役5年)
これらの規定は、国内はもちろん、海外で犯行に及んだ場合でも適用される。
相手は日本人に限らず、外国人でも構わない。
国家主権の問題があり、他国にはわが国の捜査当局の捜査権限が及ばず、証拠の収集ができないことから、実際には検挙は困難だ。
それでも、強い非難は免れない。
【考えられる海外の法規制】
それに加え、その国が定めているであろう次のような法規により、その国の司法当局の手で捜査・処罰されることも考えられる。
(1) 国が定めた買売春を禁ずる規定
(2) 自治体が定めた買売春を禁ずる規定
(3) 若年者を被害者とした、わが国の強制性交等罪のような規定
(4) 18歳未満の児童を性的搾取や性的虐待から守るための、わが国の児童買春罪のような規定
(5) 姦通罪
(1)(2)は、その国の国民が宗教観や道徳観、人権意識などに基づいて買売春をどのように見ており、さらには国や自治体レベルでいかなる規制をしているか、という問題だ。
合法化した上で登録制にしている国や、売春者側だけを処罰する国、逆に買春者だけを処罰する国、わが国のように違法と言いつつも買売春そのものに対する処罰規定がない国など、様々だ。
【インドネシアの買売春規制】
では、インドネシアはどうだろうか。
実のところ、インドネシアには、買売春だけに特化した特別な法律は存在しない。
婚前交渉や不倫を戒律上の重罪と見るイスラム教徒が国民の9割を占めており、「言わずもがな」の話だからだ。
それでも、刑法には風紀や公序良俗の乱れを防ぐための罰則規定があり、これで規制されている。
ただ、処罰の対象となっているのは、第三者が他人とわいせつな行為を行うことを勧誘したり、そのために便宜を図ったり、これを職業・常習とした場合や(最高刑は懲役1年4か月)、他人のわいせつな行為で利益を上げた場合(同懲役1年)だけだ。
売春宿の経営者や仲介者らはこれで処罰されるが、刑法には買春や売春をした者を処罰する規定までは存在しない。
その意味で、買売春は違法だと評価できるものの、買売春そのものに対する処罰規定がないという点で、わが国と類似している。
とは言え、買春はインドネシアでも決して胸を張れる行為ではなく、2007年に制定された人身売買防止法も、人の売買そのものを罰則付きで禁じている。
現地警察の胸三寸だから、買春もこれに加担する行為だと評価される可能性はある。
少なくとも、警察が仲介者や背後の売春業者らを立件する際には、買春者も売春者とともに捜査の対象となるはずだ。
【自治体レベルの規制】
また、(2)だが、次のような報道がある。
例えば、わが国には、スカート内の盗撮に対して懲役や罰金を科す全国レベルの法律はない。
では、そうした盗撮が合法かというと、そうではない。
各自治体が迷惑防止条例を制定し、懲役や罰金によって禁じているからだ。
この報道を前提とすると、問題のジャカルタでは買春が違法であるばかりか、処罰の対象にまでなっていると見られる。
バスケ代表選手らは、少なくともこの犯罪で捜査、訴追され、有罪判決を受ける可能性があったというわけだ。
こうした自治体レベルの規制は、わが国における売春防止法制定以前の状況に似ていると言える。
風紀が乱れることを防ぐため、東京や大阪などの自治体が独自に売春取締条例を制定し、売春婦や周旋者らを処罰していたからだ。
【変わりつつあるインドネシアの姿勢】
もちろん、買売春が横行しているインドネシアの実態を踏まえると、現地警察がどこまで本気で捜査をするのか、という問題はある。
現に、これまでインドネシアは、理想と現実のはざまの中で「隔離売春地区政策」をとり、一般の住宅街に売春婦を出没させないようにするため、限られた地区に売春婦を囲い込み、事実上黙認してきた。
それでも、次のような2016年の報道が示すとおり、政府の姿勢はかなり厳しいものに変わってきているので、注意を要する。
売春婦らは、貧困や差別といった劣悪な環境に置かれ、親の前借金の返済のために売春を行わざるを得なかったり、犯罪組織に搾取されていたり、虐待によって従順を強いられたりしている。
戦後の経済的困窮やその後の経済復興を経て、わが国が売春防止法を制定し、いわゆる「赤線」の廃止に舵を切った1950年代と状況が類似している。
【児童に対する性的虐待】
(3)(4)の児童に対する性的虐待については、厳しく処罰する国が多い。
インドネシアも同様だ。
インドネシアの刑法は、15歳未満の者との性交を禁じており、児童保護法も、18歳未満の者に対する性的虐待や搾取を禁じている(最高刑は懲役10年)。
同意の有無は問わない。
昨年12月には、ジャカルタのホテルで13歳や11歳の少女を買春した日本人シェフの男が逮捕されている。
特に注目されるのは、2016年の次の報道のように、児童が被害者となった性犯罪者への峻烈さだ。
バスケ代表選手らの場合も、買春した相手が18歳未満だった場合、現地の当局から厳しく捜査、訴追され、重罪として処罰される可能性があった。
【姦通罪による処罰】
(5)は、(1)~(4)とやや趣を異にする。
明治期に制定されたわが国の刑法には、善良な性風俗を維持し、夫婦間の貞操義務を守るため、姦通罪という犯罪があった。
夫をもつ妻が夫の了承を得ずに夫以外の男性と性交に及んだ場合、夫の告訴に基づき、妻とその男性は姦通罪で処罰されることになっていた。
売春婦に夫がいる場合、買春した者ともども、この姦通罪で処罰することができたわけだ。
最高刑は懲役2年だったが、江戸期の公事方御定書では死罪に当たるほどの重罪とされていた。
ただ、妻をもつ男が妻以外の女性と性交に及んでも姦通罪とならず不平等だし、国家が個人の性生活の自由を刑罰によって制限することは妥当でない。
そこで、戦後、1947年に自由や平等をうたった日本国憲法が施行されたことに伴い、姦通罪は廃止された。
これに対し、インドネシアの刑法には、いまだに姦通罪がある(最高刑は懲役9か月)。
バスケ代表選手らも、もし人妻を買春していたのであれば、その夫の告訴に基づき、姦通罪で処罰される可能性があった。
【わい小化すべきではなかった】
このように、バスケ代表選手らの容疑としては、わが国の強制性交等罪や児童買春罪のほか、現地の(1)~(5)が考えられる。
この点、彼らは、120万ルピア(日本円で約9000円)を支払ってホテルで現地の女性と性交に及んだことを認めている。
現地警察の聴取は受けていないという話だが、(1)(2)について自白したものにほかならない。
ただ、(3)~(5)については、未成年者や既婚者ではないことを確認していたと述べている。
問題は、彼らの主張をそのまま鵜呑みにしてよいのか、という点だ。
わが国で児童買春の捜査を行う際も、「18歳未満だとは思わなかった」と弁解する被疑者は多い。
薄々でも18歳未満であることを知っていなければ犯罪が成立しない故意犯だからだが、当然ながら警察の捜査は「ああ、そうですか」では終わらない。
それが真実か否かを見極めるため、買売春に至った経緯や状況などに関し、被疑者はもちろん、児童や仲介者らから裏付けを取るし、スマホのやり取りなども解析する。
その過程で、被疑者が逮捕されることもある。
もちろん、先ほども述べたとおり、(1)(2)を含め、現地警察がどこまで本気で捜査をするのか、という問題は残されている。
わが国とインドネシアの関係を考慮すると、おそらくこのままウヤムヤで終わることになるだろう。
それでも、インドネシア滞在中に買春が発覚し、様々な容疑や現地警察による捜査が考えられる中、彼らを直ちに帰国させたJOCの対応は、本当に妥当だったと言えるのだろうか。
厳しい措置のようにも見えるが、捜査をおそれ、インドネシア国内で大騒ぎになる前に、素早く海外に脱出させたに等しい。
インドネシア側からすれば、逮捕の可能性もある被疑者にまんまと逃げられ、捜査を妨害されたものにほかならない。
もし日本が弱い立場に置かれていた戦後期、政治的にも経済的にも優位にあった他国の外国人に逆のことをやられたら、どう思っただろうか。
代表ジャージの着用といった問題にわい小化すべき事案でなかったことは間違いない。(了)
(参考)
拙稿「買売春、なぜ違法なのか」