公文書改ざん、なぜ罪に問えないのか?
今朝、衝撃的なニュースが目に入りました。
毎日新聞によると、「森友学園」への国有地売却を巡って財務省の決裁文書が改ざんされた問題で、大阪地検特捜部は、前国税庁長官の佐川宣寿氏ら同省職員らの立件を見送る方針を固めたということです。
問題になっていたのは、公文書偽造罪や虚偽公文書作成罪などで、とくに本件では、権限ある公務員による公文書改ざんの疑いがありましたので、虚偽公文書作成(変造)罪が成立するのではないかが一つの焦点になっていました。
虚偽公文書作成罪とは、公文書の作成権限のある者が内容虚偽の公文書を作成したり、変造したりする罪であり、公文書に対する信頼性を大きく損なわせることから、とくに重い処罰規定が設けられているものです。
この虚偽公文書作成罪が成立するための中心的な要件は、「虚偽」の公文書が作成されたということですが、「虚偽」とは何かということについて刑法は定義していませんので、その意味はこの条文が設けられた趣旨から判断するしかありません。
そもそも公文書とは、国民が国の行動や意思決定などを事後的に検証するための重要な記録となることから、その記録や保管に関する規定は、民主主義そのものを守るための規定だといえます。そのような趣旨で、刑法は、公文書を作成する権限のある公務員に対して真実を記録する義務を課し、その義務を担保するために、虚偽公文書作成行為に対して、勝手にニセの公文書を作成する公文書偽造罪と同じ、「1年以上10年以下の懲役」を規定しています。
したがって、客観的事実と少しでも相違すれば「虚偽」となると解すべきではなく、当該文書を全体的に判断して、記載されている事実をもとに国民が判断した場合、国の意思決定や行動について誤った印象を抱き、重大な誤った評価を下す危険性があるような改ざん事実を「虚偽」というべきだと思います。
検察も以上のような観点に立って本件を見ているとは思いますが、毎日新聞によると、検察は、「改ざんが明らかになった14の決裁文書では、契約の方法や金額など根幹部分の変更はなく、特捜部は交渉経緯などが削除されるなどしても、文書の本質は変わらない」(太字は筆者)と判断したようです。
しかし、はたしてそうでしょうか?
森友学園前理事長の籠池泰典氏は、国会での証人喚問でおおむね次のように証言されています。
財務省近畿財務局との交渉内容を安倍昭恵氏に何度も報告し、15年秋には、予定地の借地契約に関して昭恵氏に相談するため、留守電に伝言を残した。昭恵氏付の政府職員が財務省に要望を伝えたこともあった。また、16年3月には、予定地から大量のごみが見つかり、財務省に昭恵氏の名前を挙げて対応を求めたところ、ごみ撤去を理由にした約8億円の値引きと異例の分割払いが実現した。「昭恵氏に名誉校長になってもらい、土地問題がスピーディーに動いた」。「神風が吹いた」など。
そして、財務省の決裁文書からは、このような取引の背景事情に関する箇所がすべて削除されていたのです。
そもそも、国有地についてなぜ8億円もの異例な値引きがなされたのか、そこに、不当な干渉や忖度(そんたく)が働いていたのではないかという疑惑が問題の発端でした。その売買の経過や背景を記録した公文書からそれらが削除されれば、本件土地取引はまったく問題のない、通常の取引と変わらないものと国民の眼には映ってしまいます。このような改ざんは、だれが見ても「文書の本質には影響のないことだ」と言い切れるのでしょうか?(了)
[追記]
次の拙稿も合わせてお読みいただければ、幸いです。