【知られざるWKBLの世界②】日韓バスケの架け橋 安徳洙が語る「WKBLアジア枠導入5つの視点」
アジア枠導入のキーマン安徳洙
韓国のWKBL(Women’s Korean Basketball League)で、今シーズンから導入されたアジアクォーター制度(アジア枠)。今季は日本人選手が8人所属し、各チームで活躍を繰り広げている。11月、現地取材に出向いた最初の会場にて、見慣れた人物が歓迎の言葉をかけてくれた。
「ようこそ韓国へ。WKBLは日本とは違った面白さがあるので、楽しんでくださいね」
声の主は安徳洙(アン・ドクス、以下アンドクス)。この名前、Wリーグファンならば記憶にあるだろう。2007年からトータルで9年にわたり、Wリーグのシャンソン化粧品でコーチを務めていた人物だ。
1990年に初芝高(現・初芝立教高)に留学生として来日し、高校2年次にはインターハイとウインターカップで準優勝の成績を収め、九州産業大ではインカレで台風の目となる活躍を見せた。韓国に戻ってからはKBLでプロ生活を3シーズン送り、引退後は中高生の指導や学連事務局長を務め、2007年に再来日し、シャンソン化粧品でコーチとして指導に当たった。
その後、2016年からは5シーズンにわたり、WKBLのKBスターズで監督を務め(ヘッドコーチのことを韓国では監督と呼ぶ)、2018-19シーズンには球団初となる優勝に導いている。退任後の2021年からは解説者として活動。そして今年の2024年10月、WKBLの実務のトップである事務総長に就任した。
実は、アジアクォーター制度のルールを決める委員会を統括していたのが、アンドクス事務総長だった。まさに、アジア枠導入のキーマンだと言えるだろう。
過去に多数の韓国人コーチが日本で指導
WKBLにアジア枠が導入された目的は「競技力向上」であることはリーグより発表されている。アンドクス事務総長の話を聞く前に、まずは韓国女子バスケ事情から説明していこう。
かつて、韓国の女子バスケは、中国と並ぶアジアの2大勢力だった。1982年のロス五輪で銀メダルを獲得し、2000年のシドニー五輪と2002年の世界選手権(現ワールドカップ)では連続してベスト4入りを遂げている。精度の高いシュート技術、緻密な組織プレー、巧みなチェンジングディフェンスなど、日本は多くのことを韓国から学んできた。そして1990年代に入ると多くの指導者が来日し、Wリーグで采配を振るうようになった。
来日した指導者の代表は、林永甫(イム・ヨンボ/日本航空、山梨)、鄭周鉉(チョン・ジュヒョン/シャンソン化粧品)、金平鈺(キム・ピョンオク/ジャパンエナジー:現ENEOS、アイシン)、丁海鎰(チョン・ヘイル/トヨタ自動車、シャンソン化粧品)、そして鄭周鉉氏の妻である李玉慈(イ・オクジャ/シャンソン化粧品、富士通、アイシン)だ。技術顧問やアドバイザーまでを含めれば、数えきれないほどの指導者が日本の地を踏んでいる。日本の女子バスケは、これら、多くの韓国人指導者に支えられたといっても過言ではない。
彼ら韓国人指導者の誰もが当時から口にしていたのが「日本は韓国に比べて、次から次へといい選手が出てくる」ということだった。すでに2010年あたりには、キムピョンオク氏やチョンヘイル氏らが、母国の女子選手の減少を指摘し、危惧していた。
韓国の課題は競技人口増加と選手発掘
韓国は少数精鋭の有望選手だけが部活動で活動をしていることは、周知の事実である。東京五輪で韓国女子代表の指揮官を務めたチョン・ジュウォン コーチ(現・ウリ銀行コーチ)によれば、「2020年当時で高校の女子バスケ部は24~26チームしかない」という課題に直面していた。その理由を聞くと、「少子化が最大の理由で、スポーツを選択する女子学生が激減している」とのことだった。
(男子バスケ選手も少数精鋭という課題はあるが、高校と大学の部活動からプロを目指すルートが確立されており、部活動以外ではKBLのユースチームや長身選手キャンプ、スキルトレーニングなどから選手発掘が進められている)
実際、近年の韓国女子はFIBAアジアの大会ではメダル争いに絡めず、2023年のアジアカップでは5位に転落。パリ五輪最終予選の切符を逃している。アジア枠の日本人選手たちがWKBLで即戦力になっている現状を見ても、選手層が薄いことによる選手発掘が最大の課題であることがわかる。アジア枠導入によって刺激を与え、競争力を高めたい目的がWKBLにはあるのだ。
こうした、競技人口の課題や、過去に日韓の女子バスケが交流を深めてきた背景を踏まえたうえで、アンドクス事務総長にアジア枠導入のポイントについて語ってもらった。
アンドクスWKBL事務総長が語る「アジア枠導入5つの視点」
■アジア枠は日本人選手限定?
「以前は中国人選手の加入や、コロナ禍以前は外国籍選手を導入していましたが、今回のアジアクォーター制度は日本人選手に限定し、当面その予定です。日本人選手に限定した理由はたくさんあります。
日本のバスケは男子も女子も『小さい選手が大きい選手に対抗する』スタイルで結果を残しています。また韓国人指導者の誰もが言うのは『日本人選手のひたむきに取り組む姿勢から学ぶことがある』ということ。しっかり走るし、ディフェンスもさぼりません。
私がKBスターズで監督をしたとき、周囲は『(198センチの)パク・ジスがいるからすぐに優勝できるだろう』と言いましたが、選手を育て、チームを作ることはそんなに簡単なことではありません。私は日本の選手が一生懸命にやるからこそ伸びていく姿を見てきたので、韓国人選手たちの取り組む姿勢から変える必要がありました。
以前は韓国から日本に多くの指導者が教えに行きました。今度は日本の選手が韓国に来て、いい影響を与えてくれたらうれしいです。これまでの歴史を見ても、日韓の女子バスケはコミュニケーションが取れています。今後もアジアクォーター制度などで交流を図っていくことが、両国の発展につながるのではないでしょうか。こうした様々な意見を総合して、アジアクォーター制度は日本人選手に決定しました」
■アジア枠は今後もドラフト制度?
「ドラフト制度にするか、自分たちで選手を探して獲得する自由交渉契約にするか、様々な意見を交わしました。自由交渉で選手を獲得するとなると、やはり強いチームがいい選手を揃えて勝つことになるので、それを避けるためにも新人ドラフト同様、昨シーズンの順位をもとにドラフト制度にする方針にしました。ドラフト制度は今後も続けていきます」
■年俸は一律?指名順位によって差をつける?
「導入初年度のサラリーは月に1千万ウォンとしました。日本円にすると月に約110万円。韓国での活動期間は9ヶ月くらいなので、年俸は約1000万円という計算になります。またチームによっては勝利ボーナスや手当があります。
アジアクォーター選手のサラリーについては、外国籍選手導入時を参考にしました。外国籍選手の年俸はサラリーキャップ外にしていたので、今回も同様にしたほうがいいという多数の意見を取り入れて、アジアクォーター選手の年俸はサラリーキャップに含まないことにしました。
また、初年度はドラフトの順位に関わらず全選手のサラリーを一律としました。初年度はどのような選手がエントリーするのかわからなかったためです。韓国でプロバスケ選手になるということは、男子も女子も衣食住についてはチームから提供されるので困ることはありません。日本語通訳付きの条件も含めると、待遇や環境面では十分だと考えました」
■日本人選手の活躍は「とてもうれしい」
「谷村里佳選手はシャンソン時代の教え子です。一緒に頑張ってきた選手が韓国で活躍しているのを見ると、とてもうれしくなりますね。永田萌絵選手は大学時代にインカレでMVPになった有望選手で、韓国で輝く場所を見つけました。飯島早紀選手も連日活躍しています。
今、日本には優秀な選手が溢れています。日本で活躍したい選手もいれば、夢を持って海外でプレーしたい選手もいる。そういう意味では、韓国でプレーしたい選手もいるのではないでしょうか。アジアクォーターの選手保有は1チームに2人まで。6チームあるので多くて12人。この人数であれば、日本に迷惑をかけることはないと思っています。もちろん選択は選手がするものなので、私たちは環境を作ります」
■来シーズン以降の課題は?
「サラリーと契約のルールについて再調整する必要があります。初年度のアジアクォーターは1年限りの契約になっていますが、来季に再契約する場合は今シーズンに所属したチームが優先権利を持つのか、再契約の場合にサラリーの額はどうするか、ドラフト1巡目と2巡目でサラリーの額を変えるかどうか。これらについて、すぐに議論する予定です」
日韓バスケの架け橋に
WKBLのアジア枠の導入については、日韓で温度差があったのは事実だ。ドラフトの志願者が12名と発表されたとき、日本側は「意外と多い」という反応だったが、韓国側では「予想より少なかった」という感想だったと聞く。制度の発表をしたのが今年の4月で、6月にドラフトが行われた状況からすると、日本側の準備期間が短かったといえる。
ただ、こうした問題はその都度、改善していけばいい。韓国は決めたら動くまでの行動がとても早い。「本来、アジアクォーター制度は25-26シーズンから導入する予定だった」(アンドクス事務総長)と言うが、それよりも1年早く導入に踏み切っている。
韓国には「빨리빨리」(パリパリ)という文化や精神がある。「早く早く」という意味で、アンドクス事務総長は「パリパリ精神」でこう語る。
「一番大事なのは実行すること。会議をしたときに机の上にある紙を睨み、パーフェクトになるまで考え続けていたら、いつまでたっても実行できません。準備をしたうえでの行動であれば、たとえ失敗があったとしても、そこで出た問題点を改善していけばいいことです。今後も課題を修正しながらアジアクォーター制度をより良くしていきます」
日韓両国のバスケ事情を知り尽くし、日本の文化を尊重し、語学が堪能で、コミュニケーション力抜群のアンドクス事務総長は、WKBLアジア枠導入の適任者であった。キーマンというより、むしろ「仕掛け人」と言えるのではないだろうか。
「私が今のポジションにいて、アジアクォーター制度を改革しているのは運命ですよね。またいつか監督に戻るかはわからないですけど、今は日韓バスケの架け橋になるのが私の役割です」
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アンドクス事務総長が冒頭に発言した「WKBLは日本とは違った面白さがある」の言葉は本当にその通りだった。今回はWKBLのアリーナをすべて回ったが、行く会場ごとに観客を楽しませる仕掛けがあり、プロリーグと呼べる運営を見ることができた。その話は【知られざるWKBLの世界③】に続く。
アン・ドクス(安徳洙/안덕수)
1974年生まれ、50歳、韓国・水原市出身/三一中学校→初芝高校(現・初芝立教高校)→九州産業大学→KBL水原サムソン(現ソウルサムソン)/現役引退後は中高生のコーチや大学連盟の事務局長などを経て、シャンソン化粧品で9年間コーチを務める。2016年から5シーズンにわたりKBスターズで采配し、2019-2020シーズンに初優勝に導く。2024年10月にWKBL事務総長に選任。長男アンソンウは延世大3年でU19代表選手
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