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メディアはアメリカの影響を受けすぎていないだろうか。マリウポリ戦とウクライナ戦争地図への疑問

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者

最近、日本のメディアを見ていて、一つ不安になることがある。

あまりにもアメリカに影響されすぎているのではないか、ということだ。

数日前、ロシアは「露軍がマリウポリ市内に入った」と発表した。

これは、フランスではすぐにニュースとなった。英国やポーランドでもそうだったと認識している。主要トピックの中に1日あった。

ところが日本のメディアでは、これをはっきりと報じた所と報じなかった所に分かれたと思う。

なぜだろうと考えると、私が把握した範囲であるが、アメリカのメディアが言わなかったからだと思う(大衆紙レベルでは報道されていたようだ)。

アメリカ側は「ロシア軍によるマリウポリ包囲戦がどんどん激化しているが、ウクライナ軍はまだ必死に抵抗している」という立ち位置である。

公式にはアメリカは参戦していないが、アメリカのメディアには「情報戦でロシアと戦争をしている」という強い意識はあるだろう。だから、ロシア側という「敵側」の戦況の発表など、意にも解さないのは当然かもしれない。

問題は「ロシア軍が市街に入って戦闘をしている」と、「包囲戦で戦っている」の違いである。

芸術学校が攻撃されて何百人もの犠牲者が出たとか、市民が強制的に移動させられたなどは、アメリカでもどの国でもニュースになっている。

その際の映像や写真で、市街の激しい被害は見ることができる。

でも爆撃の被害は、至近距離から戦車等で発せられたためか、どこか遠くから爆弾やミサイルが飛んできたためか、そこまではわからない。

それに、市職員や目撃者によって得られたという「市民が強制的に移動させられている」というニュース。考えてみれば、露軍が市内にいなければ不可能な行為である。でも、そこまで普通、ニュースを見て考えるだろうか。

「ロシア軍が市街に入って戦闘をしている」と「包囲戦で戦っている」の違いは、「メディアの倫理に関わる問題」という話ではないだろう。実際に、ウクライナ側は降伏していないのだから、包囲戦の続きだとは言える。

でも、視聴者や一般市民に与える印象は、とても大きく異なるのではないだろうか。

もちろん日本はアメリカの同盟国で、今回の戦争では反ロシア側ではある。でも、そんなところまでアメリカに追随したり、影響されたりする必要があるのだろうか。

ここ最近は、やたらにロシア軍の不備が指摘されていた。

1週間から2週間近く、ロシア軍の大きな移動がないというのは、アメリカに限らず、フランスや英国の専門家も述べていた事だ。ロシア軍にとって、補給や補給線が問題になっているというのは、共通の認識のようだ。

そのためか、ロシア軍の将校が次から次へと死んでいるとか、シリア人の援軍を呼んだがレベルが低いとか、おそらく事実なのだろうが、ロシア軍がいかに困っていて弱いかを強調する記事が増えていた。

そんな調子だったこともあり、疑い深い筆者は、いまロシア軍がマリウポリを奪取寸前で、東の二つの自称独立共和国と、西方面のクリミア地域がつながってしまいそうな事実を、アメリカ側はそう簡単に認めたくないのではないのか・・・と、うがって邪推したくなるほどだ。

米シンクタンクの良し悪し

それともう一つ。「なんだか・・・」と思っている事がある。

米戦争研究所の情報だ。

Institute for the Study of Warという、アメリカのシンクタンクである。

日本のメディアが使っている戦況を示すウクライナ地図は、おそらくほぼ100%、この研究所が発表している地図を大元にしていると思われる。

ここが発表する戦況情報は大変詳細だし、信頼に足るものであることは疑っていない。おそらく世界中のウオッチャーが、ここの情報を毎日見ていると思われる。筆者も毎日見ている。

しかしーーとあえて異を唱えてみたい。

まず、当の地図である。

この地図は確かにすごい。

これが日本のメディアが使っている地図の大元である Institute for the Study of War の地図である。https://www.understandingwar.org/

昔の戦争映画には、関係者以外は絶対に入ってはいけない部屋の中で、参謀が集まって、大きなテーブルの上に大きな地図を載せて、極秘の戦略作戦会議を開くーーよくそんなシーンが出てくる。

その地図がデジタルになり、ネットで世界中のスマホにお茶の間に配信されているかのようだ。このような地図をつくれる米戦争研究所には、敬意を表したいと思う。

ただ気になるのは、南ブーフ川が描かれていないことだ。

もともとここの地図は、川は目立った形で描かれていない。肝心かなめのドニエプル川すら、目を凝らせば見える細い線でしか描かれていない。

このことは、心の底からいかがなものかと思う。この川は、戦争の最初から注目すべき重要な地勢だったでしょうに。

おそらく大元がこの状態のせいで、日本のメディアがつくる地図には、当初はこの川が描かれていないものが多かった。今ではだいぶ改善された。その点に関しては、この研究所より日本のほうが上ということになるかもしれない。

それでも、まだ南ブーフ川は描かれていない。

いま、マリウポリがロシア軍の手にわたろうかという時である。これが実現すれば、次の重要な標的は、間違いなくオデッサである。ロシアから見ると黒海沿岸域の制覇である。

オデッサ守備のために、この川は非常に重要である。河口から遠くないせいもあって、そう簡単に渡れる幅ではない。川の東側にあるミコライフ市から、川を渡って西側に行き、オデッサ方面に到達するのには、橋が1本しかない。この橋を、ウクライナ軍は死守しているのだ。

ミコライフ市は、かつてロシア帝国海軍の司令部があった街である。

19日土曜日、ロシア軍はミコライフ市に強烈な空爆をして、多大な市民の犠牲者が出ている。

米戦争研究所は、ロシア軍は、陸軍がオデッサ周辺地域に到着してから、海からの攻撃をかけて、上陸作戦をするのではないかという見立てをずっと行ってきた。

ミコライフの上に長い間、にょきっと北に出っ張っている所があった。だいぶ前からロシア軍が北上していたことを意味する。

これは南ブーフ川の東側に沿って、露軍が北上していたのだ。おそらく、川を渡ろうとしていたのだろう(一時、ある場所から渡ったという情報があったが、あれはどうなったのか。誤報か、撃退されたのか。加えて最近、状況が変わった)。

次に重要な攻防戦は、間違いなくミコライフであり、要となるのは南ブーフ川である。

それなのに、地図に南ブーフ川がない。

加えていうのなら、一番最初に西側で起こったミサイル爆撃・ヴィーンヌィツャ空港も、南ウクライナ原発も、この川沿いにある。

確かにこの川は、首都キエフ(キーウ)の真ん中を流れるドニエプル川ほどには、大きくも長くもない。

ウクライナを流れている川はたくさんあるが、川そのもの長さでいうと、南ブーフ川は、ドニエプル川の約3分の1である(ワールド・アトラスによる)。

ドニエプル川はロシアもベラルーシも流れている大河なのに対し、南ブーフ川はウクライナしか流れていない。描かれないのは、わからないでもないのだが・・・。

しかし、戦争は地図とのにらめっこである。地政学の最たるものだ。今必要とされているのは、学校の地理の授業のために使う地図ではなく、戦況を示すための地図である。

今、川をめぐって大きな戦闘が行われているのに、米戦争研究所は川を描かないで平気でいられるのが驚きである。情報収集能力が大変高いだけに、その落差がよけいに際立つ。

やっぱりアメリカ人なんだな・・・と思う。アメリカ人らしい弱点というべきか。

それに、この研究所の見立てが必ずしも当たるとは限らない。最近特に思う。

アメリカの研究所だから、どうしてもウクライナびいきで、ウクライナ発の情報に偏っていると感じる。

ウクライナ当局が出している情報は、アメリカとの連携によるものだと推測できるので、アメリカの研究所がアメリカ側の情報を出していると言えるかもしれない。その情報を疑っているわけではないが、それだけでどこまで客観的な分析ができるかどうかは、疑ってみる必要がある。

例えば、この研究所は、ずっと「オデッサでは陸軍を待って、海から上陸作戦を行う可能性がある」と見立てていた。

でも、そうではない可能性もある。筆者は戦争の専門家ではないので、「そんなものなのか」と思いつつ、陸軍を待たずに海軍が上陸作戦を展開する可能性はないのだろうかと、ずっと不思議だった。クリミアは露軍が制圧しているのだから、海からの補給は困らないはずだ。

それに、オデッサのすぐ近く、モルドバとウクライナの間には、沿ドニエストル共和国という、これもまた自称独立国があり、ロシア軍がいるのだ。

ヨーロッパ人は歴史でロシアと黒海をよく知っていて、陸軍を待っても待たなくても、オデッサはいつ海軍に攻撃されてもおかしくないと思っているのではないか。フランスのニュースは、はっきり覚えていないが2週間近くは、毎日毎日オデッサのニュースが流れている。

ついでにいうのなら、米戦争研究所の地図は、モルドバや沿ドニエストル共和国が、キエフの拡大地図に隠れて見えないのも「なんか・・・」である。まだ必要ないのかもしれないが、「アメリカ人だなあ。ヨーロッパ人じゃやらないなあ」と思ってしまう。

もっと自立するには

この戦争は、アメリカとロシアの情報戦という側面がある。そしてアメリカが優勢である。

だから、日本人でもなに人でも、アメリカの情報を取るのは当たり前の事である。メディアからでもシンクタンク(研究所)からでも、外から見えない所からでも。

その事が悪いと言っているのではない。アメリカばかりになって頼りすぎるのは危険ではないのだろうか、と言いたいのである。

確かにロシアのプロパガンダはあまりにもひどすぎて、危険すぎて一切取り扱いしたくなくなるのはわかる。

ロシアが主張する「アメリカがウクライナで化学生物兵器の開発をしており、戦争で使用するつもりだ」は頭から信用せず、「マリウポリ市内に自国軍が入った」という発表は信じる。なぜだ、その違いは何かーーと問われると・・・答えにくい。

でも、そこは自分の頭で判断するしかないのではないだろうか。

自分の頭で判断するには、日本の社会やメディアが、アメリカ(+少し英国)一辺倒、英語一辺倒を改める必要がある。

一人の問題ではない。一人は英語しか知らなくても、日本社会やメディアの社内に、英語以外の言語がわかる人が大勢いればいい。一人は一つの分野しか知らなくても、他の分野に詳しい人が日本社会やメディアの社内に大勢いればいい。

日本は、頑張ってはいるものの、そのような多様性がまだまだ乏しいのが、大変不安である。この不安は、日本の周りが民主的ではなく敵になりかねない国ばかりなために、いっそう強くなる。

それに、日本にとってアメリカは絶対的に必要な唯一の存在でも、アメリカにとって日本は、世界中の国から援助の依頼が来る、そのうちの一つの国にすぎない。

日本社会は、世界から多様な情報を得て、それを独自に分析できる能力を身につける必要がある。

さらに言えば、外国メディアや、シンクタンク、専門家から情報を得るだけではなく、独自に一次情報を入手できる能力を、もっともつ必要があると思う。

今の日本の政治家や官僚システムでは、硬直しすぎて心もとない。アメリカでは様々な分野で活躍した人が、政治家に転身したり、政府や政治家の参謀として貢献したりしている。欧州も、アメリカほどではないが、多様性に富んでいる。

もっと日本が自分の足で立ち、自分の頭で考えることが出来るようにするにはどうしたらいいのか、平和を守るために真剣に考えなくてはならない時代が来たのだと思う。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。元大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省機関の仕事を行う(2015年〜)。出版社の編集者出身。 早稲田大学卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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