【京都市北区】かつて境内に産湯の井戸や墓所があった 紫式部ゆかりの寺院
「雲林院」(うんりんいん・うりんいん)は、京都市北区紫野にある臨済宗の寺院です。
もとは淳和天皇の離宮・紫野院として造成され、その後仁明天皇の離宮となり、その皇子である常康親王を経て僧正遍昭(へんじょう)に託されます。この際に寺院に改められました。
歴史物語『大鏡』や『今昔物語集』、『源氏物語』の第10帖「賢木」(さかき)にも登場します。
「賢木」では、光源氏が雲林院に参籠して天台六十巻を読み、亡き母・桐壺の更衣の兄も籠って修行します。
雲林院は鎌倉時代になると衰退しますが、その後復興され、大徳寺の塔頭となりました。
応仁の乱によって廃寺となりますが、江戸時代に再建され、現在に至ります。
紫式部の名称のルーツ? 紫式部と雲林院
雲林院はかつて、広大な敷地を誇っていました。
紫式部はこの周辺で生まれ育ったとされており、大徳寺塔頭の真珠庵に「紫式部産湯の井戸」があります。真珠庵はかつて雲林院の境内にありました。
「紫式部」という名称は、一般的には『源氏物語』に登場する「紫の上」に由来するといわれています。一方で「紫式部」の「紫」は、雲林院のある紫野に由来するという説もあるそうです。
紫野一帯は野の広がる狩猟地だったといいますが、今はその面影はありません。
現在の境内に本堂はなく、観音堂が残ります。
境内には西行の歌碑があります。
雲林院から東に500メートルほど行くと、堀川通ぞいに紫式部の墓所と推定される地がありますが、ここもかつては雲林院の境内だったといいます。現在の雲林院町一帯は雲林院の境内だったといい、驚きの広さです。
大徳寺へは北へすぐ。
真珠庵、紫式部墓所と、周辺に紫式部ゆかりの場所があるので、一緒にまわるのもいいですね。
雲林院
住所/京都市北区紫野雲林院町23
電話/075-431-1561