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五十嵐圭、チェンバースをどう“口説いた”のか? B1新昇格の群馬が見せる独自戦略

大島和人スポーツライター
五十嵐圭選手(左)と吉田真太郎GM(右) (C)群馬バスケットボールコミッション

群馬が五十嵐圭を獲得

Bリーグは例年9月末か10月上旬の開幕で、5月中にシーズンが終わる。7月1日は契約の開始日に設定されることが多く、バスケットボール界にとっては「お正月」に相当する節目だ。そんな2021年7月1日に、今年はいくつかの重要な発表が行われている。

島根スサノオマジックは同日に金丸晃輔、安藤誓哉と日本代表候補2名の獲得を発表している。オーストラリアの「メルボルン・ユナイテッド」でプレーする馬場雄大選手と俳優・森カンナさんとの結婚という慶事もあった。

7月1日に発表されたビッグニュースの一つが、群馬クレインサンダーズによる五十嵐圭の獲得だ。群馬は2021-22シーズンからのB1昇格を決めているクラブ。今季は前橋市から太田市に拠点を移し、2023年には新アリーナが完成する。2019年に大手不動産会社「オープンハウス」の傘下に入ったことで経営的なテコ入れがされ、2020-21シーズン(つまり昨シーズン)は52勝5敗とB2史上最高勝率を記録。B2プレーオフの優勝とB1昇格を成し遂げた。

ウィスマンHCの招聘に成功

ただそんな群馬だが、次シーズンに向けた体制作りが順風満帆だったわけではない。チームをB1に昇格させた功労者・平岡富士貴ヘッドコーチ(HC)が契約の更新を固辞し、新潟アルビレックスBBの新HCに就任。アシスタントコーチも含めたコーチ陣の一新を余儀なくされた。

新たな指揮官に決まったのがトーマス・ウィスマン氏。元日本代表HCで、栃木ブレックス(現宇都宮ブレックス)をB1初代王者に導いた72歳の名伯楽だ。吉田真太郎GMはウィスマンHC就任の経緯をこう説明する。

「パッと頭の中に浮かんだのが彼でした。知人経由でお願いして、オープンハウスの本社に来てもらいました。これからアリーナができて……というビジョンを2時間くらいお話しさせていただきました。それに対して『そこまで考えて日本でバスケットチームを運営しているところは見たことがない』と言ってくれた。トム(ウィスマン)がやってくれることになって、正直ほっとしています」

PGが補強ポイントに

選手は昨季のMVPトレイ・ジョーンズ、マイケル・パーカー、ジャスティン・キーナンらが残留。ポイントガード(PG)として攻守で大きく貢献した笠井康平、3Pシュートと守備力に強みを持つ山崎稜らも契約を更新している。

とはいえB2とB1のレベル差は大きく、昇格初年度に低迷するチームも多い。B1レベルの実力を持つ人材の獲得はやはり重要だ。チームを長く支えたPG小淵雅の引退を考えても、五十嵐の獲得が大きな意味を持つことは間違いない。

吉田GMは1日の会見でこう述べていた。

「チームを編成する上で、ポイントガードの補強は必須と考えていました。新たにもうひとり圧倒的な実績があり、経験のある選手を探していました。年齢的に大丈夫か?という人もいると思うが圭さんのスピード、勝負強さはまったく衰えていません。経験をオンコート、オフコートでいかんなく発揮して群馬クレインサンダーズを盛り上げる存在になると期待しています」

日本一は未経験

五十嵐圭は1980年5月生まれの41歳。昨季は1試合平均24.9分、7.5得点と心持ちスタッツが落ちているものの、とはいえ間違いなくB1の主力だ。風貌も含めた「衰えのなさ」がファンの間でよく話題になる存在でもある。

彼は自ら仕掛ける、得点を挙げる能力を持ちつつ、周りの選手をコントロールする能力が高い。何より勝負強さが抜群で、新潟ではよくビッグショットを決めていた。日本バスケが低迷していた時代から、一般的な知名度を持っていたスターでもある。2009年に放送されたフジテレビ系列のドラマ『ブザー・ビート〜崖っぷちのヒーロー〜』では、山下智久ら人気俳優と共演した。

ただ長いキャリアの中でまだ日本一の経験はない。群馬はB1に昇格したばかりの新興勢力だが、新オーナーの下で上を目指すチーム作りを見せている。今回はそんな両者が結びついた。

「圭さんを優勝させたい」

五十嵐は吉田GMの口説き文句をこう振り返る。

「沢山の話をさせてもらった中で、自分に一番響いた言葉は『圭さんを優勝させたい』『一緒に優勝したい』です。私自身、トップリーグの優勝経験がありません。3シーズン前に(新潟で)中地区優勝は経験したんですけど、Bリーグ以前のリーグでも優勝の経験がない。この年齢にはなりましたけど、このチャンスを活かしたい」

「圭さん」という呼び掛けの背景には、二人の関係性がある。吉田GMは38歳にしてオープンハウスグループの要職を任されているビジネスマンだが、中央大学のバスケ部では五十嵐の2つ後輩。つまり後輩が先輩にオファーを出した構図になる。

「飢えている」選手を獲得

今季のB1は島根、広島ドラゴンフライズといった昨季は下位にいたチームが攻めの補強を見せている。群馬の補強にそこまでの派手さはないが、とは言えB1昇格初年度のチームとしては過去最高のロースターだろう。

吉田GMは補強の方向性をこう説明する。

「優勝にチャレンジしたいという仲間が集まることでのケミストリーが大事だと思っています。私は本業(の不動産ビジネス)で組織作りをしていますが、本気で飢えている、チャンピオンを目指すチャレンジスピリットを持っているかどうかが大事です」

今回の群馬は五十嵐の他にもアキ・チェンバース、野本建吾といったアスリート性の高い、B1の実績を持つ人材を獲得している。チェンバースは千葉ジェッツ時代に天皇杯制覇を経験しているが、横浜ビー・コルセアーズでの2シーズンは満足行く結果を残せていない。そういう背景から生まれるチャレンジスピリットを、群馬は買っている。

パーカーが選手獲得でも貢献

群馬が最優先で残留させた人材はマイケル・パーカーだった。彼も39歳のベテランだがやはり衰え知らずで、日本国籍の帰化選手。つまり外国籍選手と別枠で起用できるアドバンテージも持っている。昨季は千葉からの期限付き移籍で、今季の再契約が必要だった。そんなパーカーの獲得を目指すクラブは他にもあったという。

吉田GMは振り返る。

「シーズン中に(契約更新の)合意をしていました。マイク(マイケル・パーカー)はどこのチームも欲しがっていて、決まってから一杯オファーが来ていた感じだと思います。彼自身もありがたいことに群馬を気に入っているので、すごく良かったです」

パーカーは群馬加入直後からリーダーとしてチームを引っ張っている。加えて今オフは“強化担当”として、アキ・チェンバースの獲得にも尽力した。

「アキとマイクはすごく親しい仲で、(アキも)同じように『日本一を目指そうぜ』というところでうちに賛同してくれた。私とマイクで話をしましたし、マイクにはかなり相談していました」

若手、大物を引きつける“やりがい”

昨季の群馬はB2ながら杉本天昇、菅原暉といった有望な大学生の獲得に成功したが、群馬が感じさせる伸びしろはアスリートを引きつける一つの理由に違いない。

新人選手は最高年俸に制限があるし、ウィスマンHCや五十嵐、パーカーのような大物になればお金だけでは動かない。ビジョンや上を目指す“やりがい”を共有できているからこそ、群馬は新シーズンに向けた人材の確保をスムーズに進められたのだろう。

群馬クレインサンダーズの新ロースター

<新加入>

五十嵐圭  PG 41歳 180cm73kg

アキ・チェンバース SF 30歳191cm90kg

野本建吾  SF/PF 29歳 201cm101kg

オンドレイ・バルヴィン C 28歳 217cm110kg

<契約更新>

笠井康平  PG 27歳 175cm75kg

菅原暉   PG 23歳 181cm82kg

杉本天昇  SG 22歳 186cm86kg

山崎稜   SG 28歳 182cm80kg

上江田勇樹 SG/SF 34歳 193cm87kg

トレイ・ジョーンズ SF 30歳 198cm100kg

マイケル・パーカー PF 39歳 200cm102kg

ジャスティン・キーナン PF/C 33歳 201cm120kg

スポーツライター

Kazuto Oshima 1976年11月生まれ。出身地は神奈川、三重、和歌山、埼玉と諸説あり。大学在学中はテレビ局のリサーチャーとして世界中のスポーツを観察。早稲田大学を卒業後は外資系損保、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を始めた。サッカー、バスケット、野球、ラグビーなどの現場にも半ば中毒的に足を運んでいる。未知の選手との遭遇、新たな才能の発見を無上の喜びとし、育成年代の試合は大好物。日本をアメリカ、スペイン、ブラジルのような“球技大国”にすることを一生の夢にしている。21年1月14日には『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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