大学生の社会を変える力、北欧モデル「学生民主主義」
「Studentdemokrati(学生民主主義)」という日本ではまず聞かない言葉は、北欧の大学キャンパスで耳にする。
今回、ノルウェーに視察にきていた「若者が声を届け、その声が響く社会」を目指す団体「NO YOUTH NO JAPAN」のメンバーでもあり、大学生のしじみさんと一緒に、オスロ大学にある「福祉議会」と「学生議会」を訪問した。
「福祉議会」(Velferdstinget)と「学生議会」(Studentparlament)はノルウェー全国にあるが、今回はオスロと隣県アーケシュフースで組織されている部署を訪問した。
両議会とも、ノルウェー語でいう大学生にとっての「民主的な機関」(et demokratisk organ)でもあり、「ローカルな地域行政単位の民主主義」(Lokaldemokrati)だ。
簡単に説明すると、各大学や専門学校という高等教育のキャンパスには、「学生議会」がある(各大学によって名称は異なり、大学内での「学生選挙」によって代表者が選出される)。各学生議会からさらに代表者が絞られ、彼らは複数の大学の代表者が集まった「福祉議会」に派遣される。
「福祉議会」では、大学生のための「福祉政治」に的を絞り、特に自治体議員と話し合う場を持ち、毎年の自治体の予算案に影響を与えることができる。大学生のための政策といっても幅が広いが、メンタルヘルス、学生寮、奨学金制度など、とにかく全ての「大学生が必要とする政策」が「福祉政策」として交渉される。
ノルウェーでの教育費は無料だが、オスロ大学に通う大学生は、セメスターフィーという事務手数料を年に2回690NOK(約9万4000円)支払う。そうすると、「SiO」という学生福祉センターが運営する、オスロにある27の教育金満にある福祉サービスを利用することができる。ジム、学生寮、親でもある学生の子どものための保育園、医療機関、食堂での学生割引など、とにかくSiOのサービスなしではオスロ大学で学生生活は不可能だ。
この福祉サービスを運営するSiOに「影響を与えている」のも福祉議会だ。
※知らない単語が続き、「キャンパス内の民主主義がどうしてそんなに複雑で、いろいろ組織があるのか」と驚く人も多いだろう。ノルウェーに長く住んでいる筆者でさえも、全体を理解するまでに取材を何度も重ねたほどだ。
筆者がオスロ大学に通っていた頃、食堂などで「投票会場」を見かけたり、学生が教室を訪ね、選挙があることを知らせることがあった。これが「学生議会」の代表を選出する「学生選挙」(Studentvalget)だ。オスロ大学の学生議会(Studentparlamentet ved UiO)のリーダーであるElisabeth Hoksmo Olsenさん(以下エリザベスさん)を取材した。
ワッフル=学生選挙?キャンパスで投票を運営する「学生議会」
「学生議会の主な焦点は、大学レベルの学生のために大学をより良く変えていくことです。学生選挙で選出された6人と、各学部からの代表8人で構成されています」
大学選挙にも「政党」がある。これは国会に議席を持つ政党や各政党の「青年部」ともまた違う、学生選挙のために組織された独自の「政党」で、オスロ大学では「リスト」とも呼ばれている。
学生選挙の投票率はコロナの影響もあり11.5%と低めだが、これからは学生がキャンパスに戻り上昇することが期待されている。
おもしろいことに、選挙運動期間は「できるだけ短くしよう」と心がけているのだそう。あまり早くに始めると学生が混乱するからだ。「私たちが外でワッフルを焼いているだけで、『あれ、選挙なの?』と聞く人がいるくらい」とエリザベスさんは話す。
「ワッフル=選挙」はノルウェーの「選挙小屋」カルチャーの影響だろうが、ワッフルを見ただけで選挙と若者が連想するとは、日本の状況を考えると羨ましい。
教育大臣を「キャンパス内出入り禁止!」
オスロ大学の学生議会がノルウェー全国で大きな注目を浴びたことがある。かつて、Ola Borten Moeという政治家が教育大臣だった頃の話だ。彼はそもそも教育政策に関心が低く、愛国主義が強い中央党の政策として叶えたかった「欧州以外からの留学生の学費免除廃止」を実現した。つまり彼のおかげで、日本人はもう無料でノルウェーで勉強はできない。また学生のメンタルヘルス対策にも理解がなく、そのような学生やメンタルヘルス問題の数字を否定した。
そこで我慢の限界に達した学生議会のメンバーが、「教育大臣のキャンパス出入り禁止」を打ち出した。教育大臣が学生組織に「歓迎されない」とは異常でしかない。このことは全国的に大きなニュースになった。
政治家と交渉する大学生の代表「福祉議会」とは
オスロと隣県アーケシュフースの福祉議会(Velferdstinget i Oslo og Akershus)のリーダーであるKarl Magnus Nikolai Coronus Dretvik Nyengさん(以下カールさん)と政治・メディア責任者であるHans-Markus Jensvold Kvernengさん(以下ハンス・マルクスさん)に話を聞いた。
二人は、議員・自治体の予算案・SiO・大学関係者を「直接的に変える力」をもつわけではないが、「影響を与えることができる」という表現にこだわっていた。
二人は大学生だが休業してフルタイムで福祉議会で働いている。学生議会・福祉議会で選出されるためには学生登録をして、セメスターフィーを支払うという条件がある。学生議会で働く人の給料はセメスターフィーから分配されている。
福祉議会はオスロ市議会の議員と話す際に、都市開発計画における学生のための空間確保、交通費、学生寮の増設計画、資金援助、カウンセリング、メンタルヘルス問題などについて話し合う。自治体の議員との交渉が優先されるが、政策によっては国政が深く関わることもあるので、国会議員とも話す。
しじみさんは話を聞きながら、「大学の構造自体を批判するのではなく、学生を取り巻く構造を批判しているんですね」と気が付いた。
議員が大学生の代表と面会しなかったら「奇妙」
福祉議会の活動はつまり本格的な「ロビー活動」となる。カールさんは「特定の利害関係を持つ団体であれば、政治家に影響を与えようとするロビー活動は歓迎される。オスロの政治家とは良い対話ができています」と話した。
議員が福祉議会の代表と話し合う時間をもつことは「義務」ではないが、もししなかったら「奇妙だ」と二人は話す。
カールさん「政治家が組織の代表と話をしないのはおかしい」。日本の政治家の人にもこの感覚をぜひ身につけてもらいたいものだ。
自治体予算案や国家予算案は毎年発表されるため、政治家との会談の日程を決める、予算案を提案するなど、福祉議会はロビー活動を1年中していることになる。予算案に少しでも学生の願いを反映させようと、政治家に影響を与えることに彼らは必死だ。驚くことに、彼らは他にも各政党の政党プログラムに対しても学生の代表として提案をしている。
カールさん「政治家の中には多忙な人もいるから、いつも簡単にいくわけではありません。しかし、私たちは少なくとも面談の予定を組むことはできる。ミーティングを予定できなくても、少なくとも私たちの関心事を送ることはできます。いずれにせよ、対話やメールで、彼らの決定に影響を与える可能性はあります」
学生の声に耳を傾ける伝統
「ノルウェーの政治家には耳を傾ける伝統があります。同意はしないかもしれないけれど、私たちを歓迎し、話を聞きたいと思っているときには耳を傾けてくれます。これはノルウェーのスタンダードのようなものです。もし政治家が人を招き入れる文化がなかったら、ノルウェーはもっと大変なことになっていたでしょう」
ノルウェーの法律では、教育機関は学生民主主義を実現することを要求している。例えば公私立の教育機関(小学校から)で物事の決定がされる場、理事会などではジェンダーバランスを保ち、参加者のうち20%は学生でなければいけない。小学生は決定に参加するわけではないが、決定が下される前には事前に意見を聞かれていないといけない。これを聞いてしじみさんは驚愕していた。
教育機関を利用する子どもや若者の声に耳を傾ける仕組みが法律で義務付けられ、多忙な学生の代わりに、選出された学生がフルタイムで働き、政治家と交渉する。このような伝統は日本のキャンパスにはないが、今からでも始めれば未来の大学生活が大きく変わるのではないだろうか。
年齢はただの数字でしかなく、違う経験をしてきた人
「NO YOUTH NO JAPAN」のメンバーでもあり、大学生でもあるしじみさんに、取材後の感想を聞いた。
「生徒の議会があることにも驚いたし、『福祉』の意味の範囲が広いんですね。日本では学生寮がこれほど話題になることはなく、それも日本の自己責任論の影響なのかもしれません」
「福祉議会の方々が、『年齢はただの数字でしかない』といっていたのも印象的でした。カールさんとハンス・マルクスさんは10歳の年齢差を『違う経験をしてきた人』という解釈で、その発想自体が私の中でなかったけれど、本当にそうだなと」
立候補年齢の引き下げが議論される日本では、若者は「経験が少ない」と言われがちだ。「異なる経験をしてきた人」という解釈で相手を見ると、見えてくる背景が全く違い、むしろだからこそ必要な声なのだと考えることができる。日本で「経験が少ない」とされがちな若者は、ノルウェーでは学生議会の伝統を築き、議員の考えや予算案に影響を与えていた。