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ワシワシと食べる大衆そばの名店:埼玉県南埼玉郡宮代町「一茶宮代」

坂崎仁紀大衆そば研究家・出版執筆編集人・コラムニスト
「一茶宮代」の「もりうどん」と「もりそば」(筆者撮影)

 小麦の産地とそばの産地の交じる地域に存在し、十割や二八蕎麦のようなシキタリにとらわれず、自由な配合で打たれた大らかなそばを筆者は「大衆そば」と呼んでいる。

 今回は埼玉県南埼玉郡宮代町中央にある「大衆そば」の名店「一茶宮代」を紹介する。場所は東武スカイツリーライン、東武動物公園駅から徒歩5分ほど。宮代町和戸にある「一茶」(昭和48年創業)が本店でその2号店が「一茶宮代」である。

東武スカイツリーライン、東武動物公園駅(筆者撮影)
東武スカイツリーライン、東武動物公園駅(筆者撮影)

「大衆そば」が多い北関東地域

 「大衆そば」を提供する店は埼玉・群馬・栃木・茨城などの北関東に多い。群馬県太田市の「かどや」、埼玉県久喜市の「えんどう」、栃木県大田原市の「すゞや食堂」(昭和42年創業)、栃木県那須烏山市の「もり食堂」 (昭和47年創業)などでも同様な「大衆そば」を提供している。また岐阜県岐阜市の「更科」(昭和3年創業)、台東区浅草の「翁そば」(大正3年創業)は日本を代表する「大衆そば」の名店である。

東武動物公園駅から徒歩5分ほど(筆者撮影)
東武動物公園駅から徒歩5分ほど(筆者撮影)

「一茶宮代」を再訪

 1年ぶりに「一茶宮代」を再訪した。午前11時少し前に到着するとすでに数人が開店を待っていた。すぐにのれんが出され入店する。相変わらず落ち着いたいい雰囲気である。さっそく「もりそば」と「もりうどん」を注文した。他のお客さんは「カレー南蛮そば」や「もりそば」2枚を注文している。

店は相変わらず落ち着いたいい雰囲気(筆者撮影)
店は相変わらず落ち着いたいい雰囲気(筆者撮影)

「もりそば」と「もりうどん」を注文

 それほど待つことはなく、「もりそば」と「もりうどん」が二段重ねで登場した。コロナ前より値段は上がったとはいえ、いずれも450円でこのボリュームだ。並べてみるとうどんもそばも包丁切りで形状は同じ不揃いの麺だ。色の濃淡で違いが分かるだけである。そば粉はなんと3割だが、食べればそばの香りが湧き立つうまさである。

「もりそば」と「もりうどん」(筆者撮影)
「もりそば」と「もりうどん」(筆者撮影)

包丁切りの麺をワシワシと食べる喜び

 「もりうどん」はしなやかな麺である。富士吉田市の「吉田のうどん」のような硬さはない。噛むと甘味が感じられる。私は包丁切りのうどんというのはほとんど食べたことがなかった。新鮮な食感である。「もりそば」は「もりうどん」より若干硬めの食感でワシワシ食べる感じがなかなかよい。そしてこのつけ汁が抜群にうまい。濃すぎることはなく、出汁、返し、甘味のバランスが心地よい。そばでもうどんでも合うし、足りなくなれば卓上につけだれが入った徳利が置いてあるので心配無用だ。うどんとそばを交互に食べていたらあっという間に完食してしまった。

「もりうどん」(筆者撮影)
「もりうどん」(筆者撮影)

「もりそば」(筆者撮影)
「もりそば」(筆者撮影)

卓上には徳利に入ったつけだれが常備(筆者撮影)
卓上には徳利に入ったつけだれが常備(筆者撮影)

夏の定番「冷したぬきそば」を追加注文

 そこで再度メニューをみると、6月末に登場した冷しメニューがあることに気が付いた。さっそく「冷したぬきそば」を追加注文した。そして、とにかく面白いのだが空いていれば1分もかからず「冷したぬきそば」が登場する。そば・うどんを茹でて待機しているのだろうか。その速さがとにかくびっくりする。

6月末に登場した冷しメニュー(筆者撮影)
6月末に登場した冷しメニュー(筆者撮影)

 「冷したぬきそば」はやや厚めに切ったきゅうり、わかめ、しいたけ、そして自家製の揚げ玉、真ん中にナルト、その上におろし生姜がのって野趣溢れる盛り付けで登場する。そしてつゆは冷たすぎることはなく濃すぎることはなく、ゴクゴク飲める塩梅である。自家製の揚げ玉はカリッとしっかりしたタイプで香ばしい。そばを引っ張り出してワシワシと食べていく。これを食べないと夏を迎えられない雰囲気がある。

 食べ終わる頃、そば湯を提供してくれた。このそば湯がまた沁みる旨さだ。店のメニュー板をみると、「夏だけそば」も始まっていた。「おみやげそば」も人気のようである。

「冷したぬきそば」(筆者撮影)
「冷したぬきそば」(筆者撮影)

「おみやげそば」も人気(筆者撮影)
「おみやげそば」も人気(筆者撮影)

関根店主もお元気そうで安心

 食べ終わった頃、店主の関根さんが顔を出してくださった。1年前はほとんどお話もできなかったが今回はお昼前の時間で歓談できた。コロナ禍では大変だったそうだが、和戸の店を切り盛りする妹さんも元気で、先代のお母さまも元気だとのこと。今は人気が戻り忙しい日々を送っているとのことであった。関根店主に再訪を誓って店をあとにした。大衆そばの店もちゃんと定期的に巡礼しないとだめだなと帰路につきながら反省しきりであった。

〆のそば湯(筆者撮影)
〆のそば湯(筆者撮影)

大衆そばの誕生の背景を

 宮代町の北西方向は久喜市や加須市などの小麦の産地が広がっており、北部の五霞町では昔はそばも生産されていたそうだ。「一茶」の先代のご主人は五霞の出身だと聞く。そうした立地が「一茶宮代」の大衆的なそばやうどんを誕生させた背景だと思う。その土地で作られる麺類は地理学と密接な関係にあるということをなんとなく考えながら電車に揺られ東京へと戻っていった。

「一茶宮代」

住所:埼玉県南埼玉郡宮代町中央2-4-3

営業時間:火~水 金~日 11:00~14:30

定休日:月・木

大衆そば研究家・出版執筆編集人・コラムニスト

1959年生。東京理科大学薬学部卒。中学の頃から立ち食いそばに目覚める。広告代理店時代や独立後も各地の大衆そばを実食。その誕生の歴史に興味を持ち調べるようになる。すると蕎麦製法の伝来や産業としての麺文化の発達、明治以降の対国家戦略の中で翻弄される蕎麦粉や小麦粉の動向など、大衆に寄り添う麺文化を知ることになる。現在は立ち食いそばを含む広義の大衆そばの記憶や文化を追う。また派生した麺文化についても鋭意研究中。著作「ちょっとそばでも」(廣済堂出版、2013)、「うまい!大衆そばの本」(スタンダーズ出版、2018)。「文春オンライン」連載中。心に残る大衆そばの味を記していきたい。

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