Yahoo!ニュース

不倫相手に遺産を残したい!~不倫相手への遺言は有効?無効?

竹内豊行政書士
不倫相手への「遺言」は、有効・無効どちらでしょうか。(写真:イメージマート)

まじめ一筋の男が抱えた秘密

橋本光一さん(仮名・65歳)は、妻・洋子さん(仮名・58歳)に絶対に言えない秘密があります。それは、定年後に「趣味でも持とうか・・・」と思い立ち参加してみた俳句の会で知り合った田中美里さん(仮名・52歳)と3年前から不倫関係にあることです。

不倫相手に遺言を残す

光一さんは真面目一筋で会社を勤め上げました。もちろん浮気も一度もしたことはありません。しかし、俳句の会の新年会の帰りに、酔いに任せて美里さんと一線を越えてしまったのです。それ以来、洋子さんの目を盗んでは未亡人の美里さんの家に上がり込み、逢瀬を楽しんでいたのです。その挙句、美里さんに「美里が私とこれからも付き合ってくれるのなら、遺産を半分残してやるよ」と言って次のような遺言書を書いて美里さんへ手渡したのでした。

遺言書

私の遺産の2分の1を田中美里(昭和46年3月1日生れ)に遺贈する。

令和5年3月14日

橋本光一 印

昭和33年2月1日生れ

しかし、このような蜜月は長くは続きませんでした。この遺言を残してから1か月後に、駅の階段を踏み外して転落して亡くなってしまったのです。

光一さんの四十九日が終わってから数日後、美里さんは光一さんが残した遺言書を携えて洋子さんの自宅に伺いました。そして、光一さんとの関係を話し、洋子さんに遺言書を提示しました。これを見た洋子さんは怒りで血が頭に上り「出てっよ!」と美里さんに叫びました。果たして、この遺言のとおりに、美里さんは遺産の半分を手に入れることはできるのでしょうか。

「不倫」とは

まず、そもそも不倫、すなわち、結婚(婚姻)をして配偶者がある者が、配偶者以外の者と性的な結合をすることはなぜいけないのか考えてみましょう。

民法には、「婚姻をして、配偶者がいる者は不倫をしてはならない。」といった、不倫を直接禁止する条文はありません。

しかし、「重婚の禁止」(民法732条)・「同居協力扶養義務」(同法752条)・「不貞行為が離婚原因となる」(同法770条1項1号)の以上3つの条文から、「夫婦は互いに貞操義務(配偶者がいる者が、配偶者以外の者と性的結合をしてはいけないこと)を負う」という不倫禁止が導き出されます。

民法732条(重婚の禁止)

配偶者のある者は、重ねて婚姻をすることができない。

民法752条(同居、協力及び扶助の義務)

夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。

民法770条(裁判上の離婚)

夫婦の一方は、次に掲げる場合に限り、離婚の訴えを提起することができる。

一 配偶者に不貞な行為があったとき。

二 配偶者から悪意で遺棄されたとき。

三 配偶者の生死が三年以上明らかでないとき。

四 配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき。

五 その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。

2 (略)

不倫相手への遺言~「公序良俗」がキーワード

遺言は人の最終意思を実現するための法律行為ですから、原則としてその内容は自由に書けます(このことを「遺言自由の原則」といいます)。

しかし、いくら自由に書けると言っても、その内容が公の秩序(国家・社会の一般的利益)や善良の風俗(社会の一般的倫理)、すなわち「公序良俗」に反するものに対しては、法はそれに対して承認を与えることを拒絶します。つまり、公序良俗違反は法的に無効になります(民法90条)。

民法90条(公序良俗)

公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。

公の秩序とは国家・社会の一般的利益、善良なる風俗とは社会の一般的倫理を意味します。つまり、公序良俗違反は法的に無効になります。

不倫はどう考えても公序良俗に反する行為です。当然、不倫関係を維持する目的で残した遺言は無効となります。

有効になることもある

ご説明したとおり、公序良俗に反する遺言は無効になりますが、遺言の内容が公序良俗に違反していなければ、不倫相手に遺贈しても無効にならない余地はあるとも言えます。実際に不倫相手に遺贈した遺言が有効とされた最高裁判決をご紹介しましょう。

妻子と別居し夫婦としての実体がある程度喪失していた中で知り合い、約7年のあいだ半同棲した女性に対して、感謝の気持ちと将来の生活に対する配慮からした、全財産の3分の1の遺贈(同時に、相続人である妻と高校で教師をしている子に各3分の1を遺贈)は、当該女性の生活を保全するためにされたものであって不倫な関係の維持継続を目的とするものではなく、また相続人らの生活の基盤を脅かすものではない。したがって、公序良俗に反するとはいえず、遺言を有効する。

このように、不倫関係にある受遺者の生活保障を目的とし、なおかつ、遺言の内容が遺族の生活を脅かすものでないという2つの要件が備わっていれば、不倫相手に遺贈する遺言でも有効になる余地があると考えられます。

さて、問題の光一さんが不倫相手の美里さんに残した遺言ですが、明らかに不倫関係を維持することが目的に書かれているので無効になると考えられます。

しかし、無効と立証するのも困難が伴う可能性も大です。不倫をしないことが大前提ですが、よほどの事情がない限り、不倫相手に遺贈をする内容の遺言は残された者にとっては迷惑千万なので残さないことですね。

※この内容は、法律・判例を基に作成したフィクションです。登場人物は実在しません。

行政書士

1965年東京生まれ。中央大学法学部卒業後、西武百貨店入社。2001年行政書士登録。専門は遺言作成と相続手続。著書に『[穴埋め式]遺言書かんたん作成術』(日本実業出版社)『行政書士のための遺言・相続実務家養成講座』(税務経理協会)等。家族法は結婚、離婚、親子、相続、遺言など、個人と家族に係わる法律を対象としている。家族法を知れば人生の様々な場面で待ち受けている“落し穴”を回避できる。また、たとえ落ちてしまっても、深みにはまらずに這い上がることができる。この連載では実務経験や身近な話題を通して、“落し穴”に陥ることなく人生を乗り切る家族法の知識を、予防法務の観点に立って紹介する。

竹内豊の最近の記事