自然豊かな町を襲った最悪レベルのPFAS汚染。活性炭が水道水を汚染した衝撃
人口約1万人の小さな町が激震に見舞われている。岡山県吉備中央町、JR岡山駅から車で40分程度の中山間地域だ。昨年10月、この町の水道水に高濃度PFAS(ピーファス、有機フッ素化合物)が混入しているのが明らかになった。汚染源は山中に野積みされた「使用済み活性炭」。汚染物質除去に使われた活性炭が、リサイクルのために場所を移動し、移動先で新たな水汚染を生み出した。水道水では国内最悪レベルの濃度の高さで、住民の健康への影響が心配される。
国内最高濃度の水道水汚染
国は2020年にPFASを水道水の「水質管理目標設定項目」とし、暫定目標値として「50ng/L以下」(ngはナノグラム)とした。吉備中央町ではこの年の水質検査からPFASを検査項目に入れ、浄水場の一つ「円城浄水場」では、2020年800ng/L▽2021年1200ng/L▽2022年1400ng/Lという暫定目標値の16~28倍の数値が検出されていたが、危機感のなさから住民には知らせなかったという。
昨年秋に吉備中央町が高濃度のPFAS汚染を公表するに至ったのは、保健所が動いたためだ。日本水道協会の水道統計調査に2022年の水質検査結果を提出する作業をしていた岡山県備前保健所は、円城浄水場の「1400ng/L」に驚き、昨年10月13日、吉備中央町水道課に「明日、立ち入り検査をする」と連絡、町長に知らせるよう指導した。
吉備中央町はようやく事の重大性を認識、円城浄水場の給水エリアの住民には水道水を飲まないよう呼び掛け、給水車を配備。円城浄水場の取水源を河平ダムから日山ダムに切り替えるなど対応に追われた。
汚染源は使用済み活性炭
岡山県が汚染源の調査に乗り出し、河平ダムから汚染状況を確認しながら川を遡っていくと、山中の資材置き場に野積みされているフレコンバックに行き着いた。フレコンバックは約580袋あり、中身は使用済み活性炭。これを調べたところ、最大で450万ng/LのPFASが検出された。フレコンバックは破れるなど破損しており、活性炭に付着したPFASが流出し、河平ダムに続く沢の水を汚染していた。
フレコンバックが置かれていたのは円城財産区が所有する土地で、財産区議の小倉博司さん(71)は「2007年9月に吉備中央町内の活性炭製造会社と土地の賃借契約を結び、月2万円で貸与していた。使用済み活性炭の入ったフレコンバッグは2008年から置かれていた」と言う。つまり、円城浄水場の水は2008年からPFASが混入し続けていた可能性もある。
小倉さんは「賃借契約を締結した時にPFASの認識があったのかなかったのか、当時のことを分かる者が誰もいない。地元に昔からある会社なので『どうぞ、どうぞ』と好意的に貸したのだと思う。まさか水を汚染する物質が含まれているとは」と悔やむ。
吉備中央町議会でPFASの水汚染を追及している山崎誠町議は「使用済み活性炭が汚染源というのは驚き。クリーンでエコなイメージが先行し、使用済み活性炭には警戒心がなかった」と話す。
吉備中央町で流産を繰り返す
服装デザイナーの阿部順子さん(43)は「自給自足の生活がしたい」と、2011年に夫と生後半年の息子とともに東京から吉備中央町に移住した。豊かな自然、地域住民との温かなつながり。理想の生活を手に入れたかに思われたが、一つ大きな問題があった。妊娠する度に流産し、第2子に恵まれないのだ。「妊娠しづらい体質でもなく、健康にも気遣っているのに3回も流産した。どうしてだろうとずっと疑問だった」
昨年10月に水道水のPFAS汚染が発覚してすぐ、阿部さんはPFAS研究では国内の第一人者である小泉昭夫・京都大学名誉教授に連絡を取った。住民の体内にどれぐらいPFASが取り込まれているのか調べることになり、翌月、円城浄水場の給水エリアの住民のうち27人の採血が行われた。京都大学大学院医学研究科の原田浩二准教授が血液を分析し、昨年12月に結果が出た。
阿部さんの血中PFAS濃度は138.9ng/ml(4種類のPFASの合計値)。アメリカの科学、工学、医学アカデミーのガイドラインは「20ng/ml以上の人は要注意」としているが、その約7倍だ。27人全員が20ng/mlを超えており、4種のPFASの合計の平均値は186.4ng/ml、最大値は372.4ng/ml。世界的な汚染地域と比較しても高い数値だった。
阿部さんがショックを受けたのは血中濃度だけではない。血液検査を受けた住民に話を聞いたところ、半数以上の人が、高コレステロール、流産、難妊化、肝機能障害、甲状腺疾患など、アメリカの疫学調査で「PFASによってリスクが増大する」とされている症状を抱えていた。これまで症状の原因が分からなかった人々もおり、水道水のPFAS汚染に「もしかしてこれが」と疑っていたという。
円城浄水場の給水エリアの住民は約1000人。吉備中央町の山本雅則町長は、公費で住民の血液検査をすることや、岡山大学に依頼して健康調査を行うことを表明している。
使用済み活性炭は資材か廃棄物か
汚染源となった使用済み活性炭の所有者である吉備中央町内の活性炭製造会社は、水汚染が発覚してから岡山県や吉備中央町の聞き取りに対し「再利用するために保管していた」と説明したという。この会社は使用して性能が低下した活性炭を再処理する「使用済み活性炭のリサイクル」も行っており、野積みしていた使用済み活性炭は不法投棄ではなく「リサイクル用資材の保管」という位置づけだった。
廃棄物は廃棄物処理法に則って保管、処理しなくてはならないが、再利用予定の「有価物」は同法の適用外。つまり雨ざらしの野積み、PFASが水汚染する状況の“保管”でも違法ではない。
所有者の活性炭製造会社は水汚染が発覚した直後の昨年11月、使用済み活性炭の入ったフレコンバックを撤去し、岡山県備前市に移動させた。岡山県は今年2月、「長期間、野ざらしにされており、業界団体のガイドラインに照らしても再生利用に適した品質管理ができていない」として、「有価物ではなく廃棄物」と判断。活性炭製造会社に対し汚染物質が飛散、流出しない保管をするよう行政指導した。岡山県環境文化部循環型社会推進課によると、現在は備前市で廃棄物として適正に保管されているという。
小泉・京都大学名誉教授は「吉備中央町は私が知る限り、水道水の汚染としては国内最高濃度。使用済み活性炭の取扱いは、ほとんどルールがないようなもの。これだけの汚染が明らかになったのだから、国は早急に規制に乗り出すべきだ」と話している。
吉備中央町議会は今年5月、環境省に「PFAS含有廃棄物の管理及び処理の厳格化」を求める要請書を提出。これを受けて環境省は、活性炭の製造事業者から聞き取りするなど実態把握するとしている。