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Kindleは飛んで行く Amazon読み放題サービスはワクワクしない

常見陽平千葉商科大学国際教養学部准教授/働き方評論家/社会格闘家
読者視点でも物書き視点でもKindle Unlimitedに動じない姿勢が大事だ

8月3日、Amazonが読み放題サービス、Kindle Unlimitedをリリースした。月額980円(初月無料)で対象となる和書12万冊以上、洋書120万冊以上の書籍や雑誌が読み放題になるというものだ。

特に、驚かなかった。想定内の範囲の変化だ。ワクワクもしない。食えなくなるという悲観もない。読者は楽しみ方を、物書き、編集者を始めとするメディア関係者はこれまでどおり期待と不安を胸に普通に働こう。それだけだ。

あれは、5月下旬のことだった。ある出版社からメールがきた。Amazonがこの夏から新たに読み放題サービスをスタートする、だからその出版社から過去に出した私の本を読み放題の対象にしていいかという趣旨のメールだった。その文面には8月から9月からスタートすること、支払い方式はアマゾン・取次の取り分を除いた購読料を参加タイトルの購読数に応じて分配する(1部売り同様、分配金×印税で著作権者に支払う)というものだった。スタート時から参加するタイトルについては、12月まで特典ありというものだった。

事前にこんな話を聞いていたこともあったので、そうか始まったかくらいの感想だった。もっと言うなら、Amazonの読み放題サービスについては数年前から噂されていた。2014年の夏には米国でスタートしている。いつかこんな日がくることは予想がついたわけだ。

コンテンツにおいては、日本でもここ数年◯◯放題サービスが出現し始めている。NTTドコモのdマガジンなどが雑誌の読み放題サービスはすでに登場していた。昨年はApple MUSIC、AWA、LINE MUSICなど音楽の定額聴き放題サービスが日本にも上陸した。映像に関しても、Amazonを始め、定額で見放題のサービスが登場している。

朝、PCを開いたら、このサービスがそれなりに話題になっていたが・・・。新サービスが出たら騒ぐのはいつもお馴染みの光景だ。この手の新サービスが出ると、○○業界消滅的な話や、新しい楽しみ方が増えて意識ライジングという話になるわけで、要するに黒船かホワイトナイトかという極端な議論になるわけだが、そのどちらでもないだろう。このサービスはコンテンツの定額楽しみ放題プランであるという、ただそれだけだ。

この手のサービスが出る前、出た直後はみんな、大騒ぎする。特に意識高い系が、これで社会が変わるなんてことを言い出す。たしかに、何かが変わるかもしれないが、この手のものは淡々と進んでいくものなのだ。

ここはそもそも論に立ち戻ってみよう。◯◯放題サービスの価値とは何だろうか?ある条件のもと、好きなだけ楽しめるというのが◯◯放題サービスの価値だ。言うまでもないことだが。食べ放題、飲み放題、使い放題。「◯◯放題」は何か贅沢なような(少しだけ、安っぽいような)そんな印象を与える。

しかし、今どきの「◯◯放題」サービスの価値というのは、実は「いっぱい使える」ことではなく「料金の上限が設定されている」ことがメリットなのではないか。スマホの料金にしろ、オンライン英会話にしろ、飲食店の食べ・飲み放題にしろ、上限があるからこそ、安心して接することができる。「放題」よりも「定額制」というメリットがあるのではないか。

そして、この手の「定額」「◯◯放題」サービスは適度に不便に作ってあるところがポイントなのではないか。私がまだ慣れていないだけなのかもしれないが、読みたいと思ったコンテンツにたどり着きづらかったり、対象から外されていたりする。まるで、居酒屋の飲み放題もちょっといいお酒を飲むためには少し料金を足さなければならないことと似ている。

私は、Kindle Unlimitedがリリースされる前も、Amazonプライムビデオや、dマガジン、dTV、Apple MUSICなどを活用していたが、これらのサービスのにくいところは、微妙に使いづらいこと、楽しみたいと思ったものがおいておらず、いてもたってもいられなくなり、別途、購入してしまうところである。dマガジンなどは、本当に立ち読みというか、飲食店や美容室で雑誌をパラパラ読んでいるような感覚だ。

だいたい「◯◯放題」と言ったところで、楽しむキャパシティには限界があるのである。食べ放題、飲み放題と言っても、たかが知れている(たまに、超絶飲み集団が飲み放題プランで店をウーロンハイを壊滅させたなんて都市伝説は聞くが)。1日は誰に対しても24時間しかない。

ITの時代とは、IDの時代であり、要するに各プラットフォームがどれだけ人を囲い込み、時間を使ってもらうかという勝負になる。そのためのあざとさを感じてしまう。

本好きはとっくに、読書の手段を使い分けている。使い方を開発していく。その過程で、紙の本の良さも再認識されることだろう。

物書き視点としては、やることは変わらない。何を書きたいか、どうやって書くかということを意識しつつ、どうやって食べるかをやりくりする。ライフワークとライスワークを上手く両立させる。それだけだ。

ネットニュースの原稿料もやや上がったし、なんせ書店も減り、書籍の企画も通りにくかったが、もう書籍を書くことで儲かることなんか考えていないわけで。ただ、書籍は残るし、権力を持っている層、影響力のある層に伝わる力がまだある。もちろん、この手の電子サービスも台頭していくだろう。そこでも、いかに売れるか、読んでもらえるかという努力は必要だ。ただ、それは今に始まったわけではない。

Kindle Unlimitedは、すごい勢いでがっかりの連鎖を生み出していかないだろうか。品揃えもそうだが、使いやすさ、そもそも並んでいる本が面白いのかどうかというのがますます問われることだろう。なんというか、Amazonのサービスは毎回、何かを壊しているようで、ワクワク感がまったくないのが特徴だと思うのは私だけだろか。

これが読書習慣をどれだけ変えるのか。どれだけ新しい読者が増えるのか。

Amazonはマイナス情報も含めて、今後、積極的に開示していくべきだろう。

ここには楽観も悲観も無意味だ。

使い方を考え、それなりに付きあおう。

Kindle Unlimitedに使い潰されない本を書こうって思った次第だ。うむ。

千葉商科大学国際教養学部准教授/働き方評論家/社会格闘家

1974年生まれ。身長175センチ、体重85キロ。札幌市出身。一橋大学商学部卒。同大学大学院社会学研究科修士課程修了。 リクルート、バンダイ、コンサルティング会社、フリーランス活動を経て2015年4月より千葉商科大学国際教養学部専任講師。2020年4月より准教授。長時間の残業、休日出勤、接待、宴会芸、異動、出向、転勤、過労・メンヘルなど真性「社畜」経験の持ち主。「働き方」をテーマに執筆、研究に没頭中。著書に『なぜ、残業はなくならないのか』(祥伝社)『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)『「就活」と日本社会』(NHK出版)『「意識高い系」という病』(ベストセラーズ)など。

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