贅沢な時間を無料で。パリのアール・ヌーヴォー・ジュエリー展覧会
今パリで開かれている展覧会をご紹介します。それも入場無料の珠玉のような展覧会です。
「一つのアール・ヌーヴォー : ジュエリーの変貌 1880-1914」(UN ART NOUVEAU. MÉTAMORPHOSES DU BIJOU, 1880-1914)という題の宝飾品の展覧会で、6月2日から9月30日まで開催されています。
アール・ヌーヴォーは、私たち日本人にとって親しみのある芸術分野の一つでしょう。展覧会場では、さまざまな宝飾ブランド、美術館所蔵品や個人コレクションなどから選ばれた約100点の作品が、アール・ヌーヴォー時代の特色を際立たせています。
会場は、高級ジュエリーブランド「ヴァン クリーフ&アーペル」が支援する「L’Ecole des Arts Joailliers(レコール ジュエリーと宝飾芸術の学校)」です。同校は、今年2月から3月にかけて、日本でも特別講座を開催しているので、すでにこの学校の名前を知っている方も多いかもしれません。
パリの本校は、最高峰のジュエリーブランドが軒を連ねるヴァンドーム広場から直ぐのところに位置していて、その一部が展覧会場となっています。
ウェブサイトから事前予約をするだけで、誰でも無料で展覧会を楽しむことができます。インフレと円安の影響で、パリの物価が特に高騰していると感じる今。このような無料の企画はまさに贈り物のようです。ラグジュアリーブランドの社会貢献の一環として、このような取り組みを見ることができるのは嬉しいものです。
展覧会の作品の魅力はいくつかの写真でお伝えすることにしますが、個人的には、アール・ヌーヴォー期の大物アーティスト、ルネ・ラリックの創造力がやはり素晴らしいことを再認識しました。
また、この展覧会では、アール・ヌーヴォーというムーブメントをより深く理解するためのキーワードが提供されていて、それが、作品鑑賞を豊かなものにしてくれます。
その一つは、象徴主義芸術。ギュスタフ・モローに代表される象徴主義芸術の特徴である神秘性や夢といった要素が、ジュエリーのデザインにも反映されています。
もう一つは、科学の進歩がアール・ヌーヴォーを促進したという視点。19世紀は、イギリスではダーウインの『種の起源』が発表され、フランスではパスツールの数々の業績が生まれた時代です。顕微鏡の普及により、人間がこれまで目にすることのなかった細胞や結晶の図像が一般に広まり、クリエーターたちはそれらから少なからず影響を受けたことでしょう。
我々がアール・ヌーヴォーを思い浮かべる時、よく連想されるのは、自然のモチーフ、曲線、東洋の影響、特に日本の芸術が西洋のアートに取り入れられたというイメージです。しかし、科学の進歩、顕微鏡が可能にした新しい図像という視点からアール・ヌーヴォーを捉えると、なるほど新しい魅力を感じることができます。
さらに、アール・ヌーヴォーはアルフォンス・ミュシャのポスターが象徴するように、アートが特権階級だけのものではなくなった時代の芸術でもあります。ジュエリーの分野でも、レアな宝石だけでなく、エナメルなどの新素材が活用され、より多くの層がジュエリーを享受できるようになりました。
作品はほとんどが手のひらサイズで、訪れた人々は熱心にガラスケースに顔を近づけて鑑賞していました。私が訪れたのは、平日の午後ということもあり、年配の女性たちの割合が高いようでした。
彼女らは口々に「C’est beau ! C’est beau ! (美しい! 美しい!)」と連発し、「私のおばあちゃんもこんな感じのものを持っていたような…」と言いながら作品を鑑賞していました。その言葉を聞きながら、日本で明治・大正時代の着物の展覧会を見るのと同じような感覚なのかもしれないと思いました。
この展覧会は、博物館の広大なスペースを使ったものとは異なり、洗練されたアパルトマンのサロンを活用しています。そのコンパクトな空間は逆に心地良く、30分間の集中を保てるサイズ感でもあります。
久しぶりのパリを訪れる予定の方々に、これはぜひお勧めしたいイベントです。ただし、前もっての予約が必須なので、思い立ってふらりと立ち寄ってみるというわけにはいきません。けれども、アール・ヌーヴォーの美学に没入する30分は、パリの滞在を一層特別なものにしてくれることでしょう。