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MLB選手会はただ不満を表明しているだけでいいのか?

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
今こそその指導力が問われようとしている選手会のトニー・クラーク専務理事(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 史上類を見ないFA市場の低調ぶりを受け、ここ最近MLB選手会が次々に声明を発表し危機感を募らせている。

 まず2日に最初の声明を発表し、選手会は選手、エージェントと一致団結して局面に臨む姿勢を示したと思ったら、その翌日には選手会がスプリングトレーニングをボイコットする討議を行ったとされる一部報道を否定する声明を発表した。さらに8日になって以下のような新たな声明を出すに至っている。

 「アリゾナとフロリダで投手、捕手組のレポート日が1週間後に迫っている。しかし多大な収益を上げ、資産価値の高いチームが揃うMLB球界でありながら、記録的な数の才能溢れるFA選手たちが未契約のままの状態にある。

 スプリングトレーニングは常に新しいシーズンを向ける希望に満ちあふれている。だが今年は多くのチームが最下位を争うような姿勢を見せている。これはチームとファンの信頼を根本から崩壊させるものであり、我々のゲーム(意訳すれば「これまで築き上げてきた野球そのもの」的な意味)の規範を脅かすものだ」

 内容は説明するまでもなく、改めてFA選手の契約に消極的な各チームの姿勢に不満を表明している。しかし事ここに至ってしまった今、単純にMLB側を非難しているだけで済まされなくなってきてはいないだろうか。

 声明にもあるように、多くのFA選手が未契約のままスプリングトレーニングが始まってしまうのは誰の目から見ても明らかだ。スプリングトレーニングをボイコットしないのであれば(決してボイコットを肯定しているわけではない。むしろ反対だ)、契約を保持する選手たちはスプリングトレーニングでシーズン開幕に向け順調な調整ができ、未契約の選手はその場が与えられないという、同じ選手会に所属する選手でありながら大きな格差が生じてしまうのだ。今は真っ先にこの格差を無くすためにも、選手会が先頭に立って、未契約の選手たちの救済策を講じるべきだろう。

 1995年4月のことだ。1994年シーズンの途中から続くストライキが、連邦裁判所や全国労働関係委員会らの政府機関の仲裁を受け3月31日に決着したばかりだった。ストライキが終了したことで選手たちがシーズン開幕に備え各チームのキャンプ地に移動していく一方で、ストライキのため契約交渉できなかった100人を超えるFA選手たちが未契約のまま取り残されていた。

 選手会はそうした事態を打開すべく、選手会自らフロリダ州ホームステッドにあったスポーツ施設(元々インディアンズのスプリングトレーニング施設として建設されていたもの)を借り切り、FA選手たちを集めて独自のスプリングトレーニングを実施したのだ。そして多くの選手がホームステッドに足を運び、契約先が決まるまで他の選手たちと調整を続けていた。

 今回も状況は当時に酷似している。大量のFA選手が残されているのだから、選手会自らの手で通常のスプリングトレーニングに匹敵する調整の場を彼らに提供しなければならないはずだ。しかもフロリダにはかつてスプリングトレーニングで使用されていた施設が多数残されているし、アリゾナにもかつてダイヤモンドバックスやホワイトソックスが使用していたツーソンの施設が現存している。選手を受け入れ可能な場所を探すのはさほど難しい問題でもないのだ。

 もちろん調整の場を必要とせず、個人的なトレーニングだけで問題と考える選手もいるかもしれない。しかし開幕が近づいてくれば、多くの投手たちはブルペン投球だけでなく打者相手に投げたいだろうし、実戦に近い投球もしたいだろう。また野手たちも生きた球を打ちたいだろうし、単純にノックを受けるだけでなく選手がまとまって連係プレーの練習をしたいのは当然のことだ。そうした選手たちの要望に応えるのが選手会の役目ではないか。

 繰り返すが、もう声を上げるだけで済まされる時期ではない。選手たちをしっかり守るという姿勢を行動に表す時だ。今後トニー・クラーク専務理事がどれだけイニシアチブを取っていけるか次第で、一枚岩と言われていた選手会が大きな岐路を迎える可能性すらある。

 まさに“待ったなし”の状況なのだ。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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