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「外部」ヘルプラインが急務 「内部通報制度」改正のポイント

石川慶子危機管理/広報コンサルタント
消費者庁令和元年資料より

内部通報に関する法律が改正され、6月1日から「改正公益通報者保護法」として施行されました。組織内の不正を通報した人を保護する法律です。かんぽ生命の不適切販売、東芝の粉飾決算、日産ゴーン事件など事件が報道されるにあたっては、内部告発者の存在があり、企業の内部通報制度のあり方が大きく影響しています。内部通報が機能していないから、マスコミに告発されてしまう、あるいは内部通報が機能していても対応が不十分だとマスコミに告発されてしまうのです。なぜ改正されるのか、どう変わるのか、企業はどうすればいいのか、内部通報制度(ヘルプライン)の構築支援及び運営、コンプライアンス関連のコンサルティングを提供している株式会社アリスヘルプライン代表取締役の松本一成さんにお聞きします。

石川:公益通報者保護法は、2004年に制定された法律で、組織の不正を内部通報した労働者を法的に保護する内容でした。なぜ、今改正されることになったのでしょうか。

松本(以下、敬称略):実効性のある制度にしていく必要があるといった考え方が広まったからです。リスクマネジメントを組織内に浸透させるには通報者側に立った通報制度にしていかなければなりません。

石川:確かに、不祥事のあった事件で第三者委員会が設置され、報告書が作成されますが、どの報告書においても、内部通報制度があったのに機能しなかった、と書かれています。形だけの通報制度だったといえます。今回の改正では何が変わったのでしょうか。

松本:今回の改正でのポイントを5つにまとめると、

1.社員301人以上の組織に義務付けられること。これまでは努力義務でした。300人以下の事業者は引き続き努力義務です。

2.公益通報対応業務従事者の守秘義務違反者には刑事罰が盛り込まれます。担当者は通報者の名前を漏らしてはいけない、特定できるような周辺情報を漏らしてしまった場合も当てはまります。罰則規定が盛り込まれた意義は大きい。

3.保護される通報者に役員や退職者(1年以内)まで含まれるようになりました。これまでの保護対象は労働者だけでしたから、対象範囲が広がりました。

4.行政機関への通報にあたっては、名前を明記して文書を出すと受け付けてもらえるようになりました。これまでは「信ずるにたる相当な理由があること」が条件でしたから、ハードルが下がったといえます。

5.内部告発者への損害賠償はできない。例えば、報道されて企業の評判が落ちたからといって通報者を訴えることはできません。より強く法律で通報者を保護する制度になりました。

不平不満は保護対象に入りません。背任、横領、談合、贈収賄、検査不正、カラ出張、医療ミス、補助金不正といった違法行為が対象となります。

石川:こうして改正点を羅列してみると、今までの法律は一体何だったのでしょう。穴だらけの法律だったように見えてしまいます。それと、通報窓口ですが、現在、通報先を顧問弁護士にしているケースは多いと思いますが、実効性がないように感じます。先日もある会社でそのことを指摘したら「顧問弁護士を通報先にして何が悪いのか」と猛反発されました。

松本:おっしゃる通り、通報窓口として顧問弁護士は推奨できません。顧問弁護士は基本的に会社、経営者の立場で考えますから、労働者を守る形では動けないでしょう。現実的には、通報先を顧問先の法律事務所に設定している企業は今回の改正を機に通報窓口としてどのような形がよいのか見直す必要があるでしょう。設置するだけではなく、通報者が安心して通報できる窓口にしなければ実効性があるヘルプラインとはいえません。

石川:2011年に発覚したオリンパスの粉飾決算をマスコミに内部告発した深町隆氏(筆名)によると、会社は顧問弁護士と相談して、コンプライアンス室に内部通報し、その後の報復人事を提訴した浜田正晴氏について、悪評を社内で募る対策を立てた、これでは内部通報はとてもできない、と自著で(*1)述べています。

松本:消費者庁の調査(*2)によると、勤務先の不正について最初の通報先として勤務先以外(行政機関や報道機関)を選択する割合は約半数。主な理由は、「通報しても十分対応してくれない」「不利益な扱いを受けるおそれがある」でした。社員は社内の通報窓口は信頼していないといった結果が出ています。社員に信頼されるヘルプラインを設置するためには、まずもって会社と利害関係のない窓口であることが求められるのです。消費者庁のガイドラインにも「利益相反関係の排除」は明記されています。

最後に強調しておきたいのは、法律で義務化されたから外部ヘルプラインを設置するといった発想ではなく、会社が健全に発展していくために必要な体制づくりと考えてほしい。長年リスクマネジメントに携わってきましたが、どんなにリスクを洗い出しても全てを把握するのは難しい。ですから、ヘルプラインを設置して社員が通報できるようにすることは企業にとって未然防止の観点からメリットがあります。

石川:名前の付け方も通報しやすさにつながると思います。「通報」だとちょっと暗いイメージですが、「ヘルプライン」ならソフトになって敷居が下がります。「ヘルプ」が「助けて」の意味で切実性が伝わってくるからでしょうか。アリスの名前の由来を教えていただけますか。アリスというと不思議の国のアリスをイメージしてしまいます。(笑)

松本:アリスは「ARICE」です。Advance Riskmanagement Insurance Consulting Educationの略称です。株式会社アリスヘルプラインは、ARICEホールディングスのグループ会社になります。中小企業や地方都市に拠点を持っています。保険サービスとリスクマネジメント教育に力を入れています。ヘルプラインも作りっぱなしだと結局、社員は使い方がわからず外部に通報してしまいますから、社員にどう使ったらいいのか、研修をしっかり行うこと、それを継続的に行ってこそ、健全な組織風土・文化が育まれ、企業の発展につながると確信しています。

*1「内部告発の時代」(深町隆/山口義正著 平凡社新書 2016年)

*2消費者庁の調査(平成28年度 労働者における公益通報者保護法制度に関する意識等のインターネット調査)

【松本一成(まつもと・かずなり)氏プロフィール】

株式会社アリスヘルプライン/ ARICEホールディングス株式会社 代表取締役

NPO法人 日本リスクマネジャー&コンサルタント協会 副理事長

社会保険労務士

兵庫県神戸市出身。平成9年に三菱UFJ銀行(旧三和銀行)を退職し、損保ジャパン(旧安田火災)に研修生として入社、父親の死と保険業界におけるリスクマネジメントコンサルティングに限界を感じて2年で退職、その後保険代理店を営みながら社労士法人の経営や厨房機器メーカーの総務部長、リスクコンサルティング会社の役員等を歴任する。

平成20年に現在の株式会社A.I.Pを立ち上げ、現在は全国に20支店を展開し、リスクマネジメントを軸とした法人への保険提供を行っている。平成22年4月ARICEホールディングス株式会社を設立。トータルなリスクマネジメントサービスを目指す。

危機管理/広報コンサルタント

東京都生まれ。東京女子大学卒。国会職員として勤務後、劇場映画やテレビ番組の制作を経て広報PR会社へ。二人目の出産を機に2001年独立し、危機管理に強い広報プロフェッショナルとして活動開始。リーダー対象にリスクマネジメントの観点から戦略的かつ実践的なメディアトレーニングプログラムを提供。リスクマネジメントをテーマにした研究にも取り組み定期的に学会発表も行っている。2015年、外見リスクマネジメントを提唱。有限会社シン取締役社長。日本リスクマネジャー&コンサルタント協会副理事長。社会構想大学院大学教授

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