Yahoo!ニュース

「世界2位」の石井監督を電撃解任。 鹿島にとってのクラブW杯の重み

杉山茂樹スポーツライター
解任された石井正忠氏(右)と、コーチから昇格した大岩剛新監督(左)(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

接戦、惜しい試合は数あるが、広州恒大との一戦は、今季見た試合の中では一番だった。アウェーゴールルールの魅力が最大限凝縮された、それなりのレベルの戦い。相手には世界的な選手もいれば、W杯優勝監督もいる。アジアチャンピオンズリーグ(ACL)準々決勝セカンドレグ。0-1という第1戦のスコアを受けて始まった一戦に、サッカー好きの心は思いきりくすぐられた。

鹿島アントラーズと言われて想起するのが、昨年末のクラブW杯。決勝でレアル・マドリードと延長戦を戦い、惜しくも敗れた記憶はいまだ新しい。その直前にJリーグチャンピオンシップを制し、開催国枠で出場するや、難敵を相次いで倒して決勝に進出。そのR・マドリード戦でも、主審がセルヒオ・ラモスにきちんと2枚目の黄色紙(=赤紙)をかざしていれば、あるいは後半終了間際、決定的チャンスで遠藤康が右足で放ったシュートが枠を捉えていれば、番狂わせが成立していた可能性があった。

これまで日本のチームが経験した惜敗の中で断トツの1位。試合後、石井正忠監督も興奮冷めやらぬ様子で、今後の健闘を誓ったものだ。

クラブW杯は今後しばらく中国で開催されるため、Jリーグ覇者が昨年のように開催国枠で出場することはできない。クラブW杯への出場は、ACLを制する以外、かなわない。

連続出場を狙う鹿島にとって、この準々決勝の対広州恒大戦は、確実に越えなければならないハードルだった。

実際、今季の頭から、鹿島はこの日に備えていたように見えた。「グループリーグはなんとか突破できるのではないか」とは、シーズン前に語った石井監督の言葉だが、それは言い換えれば、準々決勝以降のトーナメント戦が勝負と見る証(あかし)でもあった。

Jリーグ勢としてACL準々決勝に臨むのは、他に川崎フロンターレと浦和レッズ。浦和が対戦する済州ユナイテッド、そして鹿島が対戦する広州恒大は、川崎が対戦するムアントン(タイ)より強敵だ。実際、浦和も初戦をアウェーで0-2と落としていた。

鹿島のアウェーでの0-1は、まずまずの結果とも言えるが、こうした戦いで求められているのがアウェーゴールだ。0-1より1-2の方が、突破の可能性は5割近く増す。ホーム戦ではそれが恐怖になる。1点奪われれば、3点奪い返す必要が出る。

試合は、開始直後こそ広州恒大のペースだったが、15分過ぎから流れはじわじわと鹿島へ移行。素早いボール奪取から鮮やかなパスワークが冴えるようになる。前半25分、鈴木優磨が決定機を外したその3分後、ペドロ・ジュニオールが中央を単独で割り、いったん転倒しかけるも、持ち直してシュート。それがゴール左隅に決まり、通算スコアは1-1になった。

この時点でイーブン。流れでも試合内容でも鹿島は広州恒大を上回っていた。後で振り返れば、悔やまれるのは、先制点後の戦いだ。同点ゴールを奪われた広州恒大はトーンダウン。鹿島の優位は鮮明になった。しかし、そこで鹿島は勝てると踏んだのか、逆に勝利に対して慎重になった。アウェーゴールを恐れ、一気呵成に出なかった。

後半に入ってもこの流れは続いた。そうこうしているうちに、流れは互角になる。広州恒大も徐々にペースを回復させた。

アウェーゴールが生まれたのは後半10分。スローインからあれよあれよという間に、ボールがゴール前に流れ、最後は、ブラジル代表MFパウリーニョに、押し込まれてしまった。

通算スコアは1-2。だが、実質的には1-3に近い1-2だ。鹿島が勝利を飾るためには、2点奪う必要が生じた。そこから、必死の形相で鹿島は追いかけることになるのだが、エンジンのかかりはもうひとつ。

全体的な印象は悪くない。他のJリーグのチームにはない何かが、鹿島にはある。いいサッカーか、悪いサッカーかといえば、間違いなく前者。ゴールを目指すための進路に間違いがないので、サッカーが美しく見える。こうしたチームにこそ勝ってほしいとつくづく思うが、一方で何かに欠けていたことも事実だ。

パッと見、軽い。ボクシングで言えば軽量級。対する広州恒大はミドル級。鹿島のサッカーは、細工は利いていたが、威力に欠けた。レオ・シルバの戦線離脱(5月14日の神戸戦で、左膝を故障)も輪をかけるが、昨季終盤の戦いとの比較でいえば、サイドチェンジの絶対数が減っていた。だからサイド攻撃がいまひとつ生きてこない。

とはいえ、その後も鹿島には惜しいシュート、決定的に近いチャンスは幾つもあった。そしてロスタイムに入った瞬間、金崎夢生がゴール右隅に決め通算スコア2─2とする。あと1点。もう10分あれば……、あるいはサッカーに判定勝ちがあるなら……。そう言いたくなる、追って届かずの惜しい敗戦だった。

ただし、である。いくらいいサッカーをしても、負けてしまったら何も残らない――という考え方に通常、賛同する気はおきないが、この広州恒大戦に限れば別。多少見映えが悪くても、絶対に勝たなければならない一戦だった。照準を合わせていた、まさに大一番を鹿島は落とした。

Jリーグにおける鹿島の現在の成績は、消化試合数が1試合分少ない暫定順位ながら7位。首位柏と勝ち点6差だ。ACLで勝ち続ける限りは許される順位になるが、敗れてしまえば貧弱に見える。

この敗退でJリーグの戦いに集中できる環境が整い、これ以上成績は落ちないはず。筆者はそう見ていたが、鹿島のフロントは石井監督を解任した。後任には大岩剛コーチが就くと聞くが、まさに電撃的。思いきった決断をした。

昨季終盤のチャンピオンシップからクラブW杯、天皇杯にかけて、石井監督率いる鹿島は秀逸なサッカーをした。わずか半年前の話だ。現在のサッカーも、結果はともかく、決して悪くない。こちらには解任が、ずいぶん思いきりがよすぎる決断に見える。

一方、フリーになった石井監督は、すなわち、狙い目の指導者になったと思う。他のクラブはもちろん、2020年五輪監督にもうってつけではないか。代表チームをラスト1年間任せるのも面白い。昨年のクラブW杯で見せた快進撃は、まさに「日本」にとって貴重な財産だ。番狂わせのコツを知る監督。その貴重さについて思うのは、僕だけではないはずだ。その去就に注目したい。

(集英社Web Sportiva5月31日掲載原稿)

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

たかがサッカー。されどサッカー

税込550円/月初月無料投稿頻度:月4回程度(不定期)

たかがサッカーごときに、なぜ世界の人々は夢中になるのか。ある意味で余計なことに、一生懸命になれるのか。馬鹿になれるのか。たかがとされどのバランスを取りながら、スポーツとしてのサッカーの魅力に、忠実に迫っていくつもりです。世の中であまりいわれていないことを、出来るだけ原稿化していこうと思っています。刺激を求めたい方、現状に満足していない方にとりわけにお勧めです。

※すでに購入済みの方はログインしてください。

※ご購入や初月無料の適用には条件がございます。購入についての注意事項を必ずお読みいただき、同意の上ご購入ください。欧州経済領域(EEA)およびイギリスから購入や閲覧ができませんのでご注意ください。

杉山茂樹の最近の記事