生成AIでも、かつてのニッポン第5世代コンピュータの失敗を繰り返すな
生成AIのビジネス化に向かうNvidiaとIBMの取り組みを最近聞いた。2社に共通するのは、しっかりとしたビジネスを指向する戦略である。Nvidiaはもともとニューラルネットワークモデルに基づいたAI(ML:機械学習)の演算に、ゲーム機向けのグラフィックプロセッサ(GPU)に集積された大量の積和演算器を使うことから、GPUがAI演算に向いていることをいち早く察知した。AIのさまざまなライブラリを採り入れたり、AI用のモデルを提供したり、AIおよび数値演算専用のHPC向けのGPUにフォーカスしてきた。
IBMは、機械学習を自社のコンピュータ「ワトソン」に学習させ、TVのクイズ番組Jeopardy!で、生身のクイズ王に勝利したというエピソードを持つ。自然言語処理技術の開発からAI技術を発展させ、AI/MLをビジネスのツールとして活用してきた。
22年秋にOpenAI社が生成AIを公開し、そのうちの一つチャットGPTはテキストで尋ねると、テキストで答えてくれるだけではなく、新しい文書(小説や論文、要約など)を生み出すことで急速に広がってきた。チャットGPTは政治から経済・文学・物理・化学、電子回路など何でも答えてくれるように膨大な学習をさせたAIシステムであり、その学習に使われたNvidiaのGPUの数は数千個とチャットGPTが答えている。生成AIに新規参入したAI企業からNvidiaのGPUは奪い合いになるほどの需要があった。
日本でも日本語ベースの生成AIを開発する企業が登場、スーパーコンピュータ「富岳」を使って開発している。さらに政府からも生成AI開発企業に補助金を用意するといった対応が進んでいる。OpenAI社よりももっとパラメータの多い巨大なAIソフトウエアを開発する方向に向かっているようだ。OpenAIはGPT-3から最も巨大なGPT-4へと進み、日本政府もその後を追いかけているように見える。
大きいことは良いことではない
しかし待てよ。NvidiaとIBMの生成AIに対する戦略は、OpenAIのチャットGPTのようなひたすら巨大なソフトを開発する方向ではないのだ。共に創薬をはじめとする医療やヘルスケアなどに特化する生成AIを開発している。なんにでも使える巨大なソフトより、狙った応用に特化したビジネスを優先している。
Nvidiaの戦略を先週、日本にやってきたNvidiaのヘルスケア事業開発担当ディレクターのDavid Niewolny氏(図1)に確認してみたところ、生成AIのビジネスを優先してヘルスケア事業に特化したのはその通り、目的に応じた生成AIビジネスを行うためだったと答えた。AIおよびアクセラレータのプラットフォーム「Nvidia Clara」には、5つの専用のコンピュータプラットフォームがある。遺伝子解析にParabricks、自然言語処理にNeMo、創薬開発にBioNemo、医療向けイメージングにMONAI、医療デバイスにHoloscanである。
2023年には、創薬開発を促進するためタンパク質の特性を設計し予測する生成AIを開発するため、Amgen社がNvidia BioNeMoとDGXクラウドを採用したという。また、新型コロナの時に人工呼吸器で一躍有名になったアイルランドのMedtronic社はNvidia Holoscanを採用、同社のリアルタイム内視鏡デバイスなどの医療機器向けAIプラットフォームを構築する。さらにNvidiaは、バイオテクノロジー大手のGenentech社とも戦略的共同開発提携を結び、生成AIのモデルとアルゴリズムを開発、次世代AIプラットフォームに載せていく。
かつて経済産業省は、「第5世代コンピュータ」プロジェクトを始めたものの、先端技術の開発しか目を向けなかったために、コンピュータ業界の大きなトレンド「ダウンサイジング」の波に乗り遅れ、日本のコンピュータ産業は結局パソコン技術で世界競争から脱落した。その結果、コンピュータ用の半導体でも、メインフレーム向けの高価格DRAMしか作れず、低コストのDRAMを作れなかったため、MicronやSamsungに大敗した。
ラピダスに対しても2nmという先端プロセスばかりに目が行っており、大きなビジネスを示す28nm、16nmプロセスを忘れている。生成AIも同様で、巨大な生成AIを作るためのGPT-4や5などの開発を指向し続けている。実ビジネスは、1750億パラメータという巨大なGPT-3ではなく、100億、数十億パラメータの絞られた分野の生成AIに指向している。これがNvidiaとIBMの戦略だ。日本政府経産省がまたしても道を間違えないようにウォッチしていく必要がありそうだ。