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「ゆっくり茶番劇」事件の炎上要素抜き解説

栗原潔弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授
出典:商標登録6518338公報

「ゆっくり茶番劇」というニコニコ動画等で有名な動画作品フォーマットを、本来はネットの共有財産的存在であるにもかかわらず、元ネタとは関係ない個人が商標登録してしまい大炎上しています(参考記事)。もう既にいろいろな記事が出ており、遅きに失した感はありますが、ツイッター等で名指して召喚されたりしているようなので、簡単にまとめておきます。

この商標登録による影響は?

商標登録は完了していますので「ゆっくり茶番劇」あるいはそれに類似した商標(文字列やマーク)を使って、指定役務に含まれる「インターネットを利用して行う映像の提供」等を行う、要するにニコ動やYouTubeで動画を公開すると、商標権を侵害してしまう可能性が高いです。

一般にタイトル(題号)には商標権は及ばない(タイトルでの使用は商標的使用ではない)とされていますが、その一方で、シリーズ物の名称には商標権は及ぶとされているので、今回のケースでは商標権が及ぶ可能性が高いと言えるでしょう。また、商標権の効力は「業として」の使用にしか及びませんが、動画サイトにアップするということはわずかでも収益目的ということが多いので「業として」ではないという主張は難しいかと思います。

なお、念のため書いておくと、問題になり得るのは商標に相当する文字やマークの使用なので、「ゆっくり茶番劇」という言葉あるいはそれに類似した言葉を一切使用せずに、内容的に今までの「ゆっくり茶番劇」に相当するフォーマット(霊夢と魔理沙というのキャラが合成音声で妙な間の対話劇を行う形式と理解しております)の動画の投稿を行うことに全然問題ありません。また、「ゆっくり実況」や「ゆっくり解説」は「ゆっくり茶番劇」とは非類似と考えられますので影響が及ぶことはないと思われます。

なぜ登録されてしまったのか?

日本の(というか世界のほとんどの国の)商標制度は先願主義です。既に登録されている商標と類似しなければ基本的に登録されます。ただし、商標としての機能を果たし得ないものや他人の権利を害する商標は拒絶査定となって登録できません。

最近の特許庁の運用では、ネットミーム的な言葉(たとえば、「大迫半端ないって」)は、商標法3条1項6号(識別力がない商標)として拒絶される運用になっていますので、今回のケースもこれで拒絶されてもおかしくなかったと思います。また、4条1項10号(他人の周知商標と類似・同一)、4条1項15号(他人の商品と混同)、4条1項19号(他人の周知商標と類似・同一の商標の不正目的出願)に該当する可能性もあります。しかし、審査官は拒絶理由通知(暫定拒絶)すらなく、一発登録査定にしてしまっています。

上記の拒絶理由は一定の周知性が必要であるところ、「ゆっくり茶番劇」のように、テレビや新聞に紹介されるほどメジャーというわけではなく、特定のコミュニティで盛り上がっている言葉である場合、十分な周知性がないとされてしまう可能性があります。似たケースとしては、私が過去に記事を書いた中では、「くまクッキング」という有名YouTubeチャンネル名が勝手に登録されてしまったケース、ラーメン二郎の周知性が否定されたケース等があります。

これからどういう対応が取れるのか?

今回の件はニコニコ動画、および、「ゆっくり茶番劇」のフォーマットの元ネタである東方Projectの関係者の方が、何らかの対応を取る旨の発表を行っています。おそらく、無効審判を請求することになるでしょう。

無効審判では、審判官が、審査官の判断に間違いがなかったかを再度検討することになります。上で述べた理由により、本来は拒絶にすべきだったと審判官が判断すれば、商標登録は無効になります。一般に、審判では審査よりも業界の実情を加味した詳細な検討を行うことになりますし、審判請求の代理人はプロとして十分な証拠を提出すると考えられますので、部外者としてはこれらの動きを見守ることが重要です。抗議のために特許庁に電凸する等は意味がないばかりか、逆効果にもなり得るのでやめましょう。

万一無効にできなかったらどうなるのか?

個人的には無効にできる可能性は十分にあると思っていますが、審査・審判に絶対はありません。万一無効にできなかった場合は(一部の人にとっては屈辱的かもしれませんが)あきらめて別の商標を使用することが考えられます。商標権は類似範囲にも及ぶので「ゆっくり茶番」や「ゆっくり茶番劇場」等では依然として侵害する可能性があります。「ゆっくりxxx」でxxx部分に「茶番劇」とは読みも外観も意味も全然違う言葉を入れて、今までどおり「ゆっくり茶番劇」のフォーマットで投稿を続ければ問題はないでしょう。xxxに何を入れるかは、私がここでひねり出すよりも、ネット民の方の方がクリエティブなものを作っていただけるのではないかと思います。

今後起こるかもしれない類似の問題に対応する方法はあるか?

「くまクッキング」の記事の時も書きましたが、一番確実なのは、当事者が先に出願しておくことです。ネットの共有財産的な物を商標登録して独占するのは嫌であると考える方も多いと思いますが、登録しておかないと悪意の第三者に登録されてしまうリスクが増します。それよりも責任ある当事者が登録して、自由に使って結構ですと公に発表する方が適切です。著作権ですと単にCC表示すればよいのですが、商標権の場合はこうするしかありません。

もし登録されるべきでないと思われる出願が発見された場合(公報をツイッターに自動フィードしてくれる商標速報botが利用可能です)には、登録前に情報提供(刊行物等提出)を行うことで拒絶の可能性を増すことができます。情報提供は匿名で行えますが、専門家(弁理士)に依頼した方がよいでしょう。私は、実は二次創作界隈はめちゃくちゃ詳しいというほどではないので、ブログ記事等を検索して、関連分野に造詣が深いと思われる先生に依頼されるとよいと思います(業界の実情に関する知識が重要だからです)。

弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授

日本IBM ガートナージャパンを経て2005年より現職、弁理士業務と知財/先進ITのコンサルティング業務に従事 『ライフサイクル・イノベーション』等ビジネス系書籍の翻訳経験多数 スタートアップ企業や個人発明家の方を中心にIT関連特許・商標登録出願のご相談に対応しています お仕事のお問い合わせ・ご依頼は http://www.techvisor.jp/blog/contact または info[at]techvisor.jp から 【お知らせ】YouTube「弁理士栗原潔の知財情報チャンネル」で知財の入門情報発信中です

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