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私の親、もしかして認知症?――傷つけてしまう言い方、気をつけたい接し方とは?【#令和サバイブ

宮下公美子介護福祉ライター/社会福祉士+公認心理師+臨床心理士
「もしかして認知症?」と不安になっている親を傷つけるもの言いをしていませんか?(提供:Mono_tadanoe/イメージマート)

親が認知症かも?と思ったとき、親自身もその不安に駆られていることは多い。そんなときには、不安をあおり、親が傷つくような対応は避けたい。子ども世代は何に気をつけ、どんな接し方を心がければいいだろうか。

親と子ども、それぞれ大別される2つのタイプを紹介しながら、解説する。

認知症の不安抱く親の気持ち、2タイプに大別

高齢になった親と接していて、こんなことはないだろうか。

親に何度も同じことを聞かれ、「え? それ、この前伝えたよね?」と答えることが増えた。通帳やサイフ、保険証などがないと言って、親が家の中を探し回る姿をよく目にするようになった。久しぶりに実家に行き、キッチンの戸棚をあけたら焦げた鍋がいくつもあった――そして、ふと頭をよぎる。

「うちの親、もしかして認知症……?」

不安になって、「早く病院に連れて行かなくては」と考える人もいるだろう。ただ、そのときの声かけや対応によっては、親を傷つけたり、親子関係が悪くなったりすることもある。「もしかして認知症」段階の親への接し方には、配慮が必要だ。

筆者は、神経内科クリニックで心理士として勤務し、認知症の初期診断を受けた方を対象に、この病気とどう付き合っていくかについて一緒に考える講座を担当している。その経験から、まず、親がどんな気持ちでいるのかを考えてみたい。

この段階では、親自身も記憶力や注意力などの認知機能の低下に気づいていることが多い。

そして、当然、子ども世代以上に不安を感じている。

自分自身の認知機能の低下に気づいている親たちの対処のタイプは大きく2つに分かれる。

多いのは、自分がどのような状態にあるかを「明確にしたくない」タイプだ。

問題ないとわかるなら受診して安心したい。しかし、もし「認知症の始まりだ」と医者から突きつけたら、と考えると怖い。

だから、このタイプは明確化を避けるため、生活に大きな支障が出ないうちは、受診を先延ばしにしがちだ。

一方、建設的に「問題解決したい」タイプもいる。このタイプは自ら受診し、認知症かどうかを明らかにしようとする。

認知症であれば、早く必要な治療を受けるなり、対処したいと考えるからだ。

筆者が勤務している神経内科クリニックでも、最近、60~70代の元気な人にこのタイプが増えてきたことを感じる。

「物忘れが気になったから」と、自ら受診する高齢者も増えている
「物忘れが気になったから」と、自ら受診する高齢者も増えている提供:ayakono/イメージマート

子ども世代も分かれる2タイプ、ありがちな言動とは

2つのタイプに分かれるのは、子ども世代も同様だ。親が認知症であるとは認めたくない、考えたくないというタイプ。そして、早くはっきりさせて治療を受けさせたいと考えるタイプに分かれる。

「親が認知症だと認めたくない」タイプがしてしまいがちなのが、「親が認知症だったら?」という不安を払拭するため、親を叱咤することだ。

冒頭のように親が同じことを何度も聞いてきたとき、「この前伝えたよね」だけでなく、「何回聞いてくるの? しっかりしてよね」「まさかぼけたんじゃないよね」など、言わなくてもいいひと言を付け加えてしまう。

親に計算ドリルなどの認知機能トレーニングを強く勧めがちなのもこのタイプだ。

ちまたでは様々な認知症予防が紹介されている。しかし実は、現時点で、認知症の予防効果について、明確なエビデンスが示されている方法はないことを、知っているだろうか。

WHO(世界保健機関)は、2019年に「認知機能低下および認知症のリスク低減」のガイドラインを発表した(*1)。「予防」ではなく「リスク低減」と表現していることに、まず注目してほしい。

ここで取り上げている12の要因のうち、「取り組む方が取り組まないより確実に良い」と強く推奨しているのは、「禁煙」「身体活動」「バランスのとれた食事」の3つだけだ。

それも、必ずしも「リスク低減」のエビデンスの質は高くない。つまり、この3つさえも、認知症のリスクを低減する(予防ではない)効果があるとはっきりとは言えないが、取り組むのはいいことですよ、という程度なのだ。

親自身が進んで認知機能トレーニングをするのであればいい。しかし無理強いすれば、「できない自分」を突きつけられて自信を失うという、逆効果になることもあり得る。

やりたがらない親に認知機能トレーニングを勧めている人は、よく考えた方がいいだろう。

*1 認知機能低下および認知症のリスク低減 WHOガイドライン

WHOが認知症「予防」ではなく「リスク低減」という、より婉曲的な表現をしていることからも、認知症を予防することの難しさがうかがえる(筆者撮影)
WHOが認知症「予防」ではなく「リスク低減」という、より婉曲的な表現をしていることからも、認知症を予防することの難しさがうかがえる(筆者撮影)

「認めたくない」子ども世代 ネガティブ対応のリスク

記憶力の低下を気にしている親は、実は「この前伝えたよね」というひと言だけでも、小さく傷ついている。

「あ、やっぱりもう聞いていたんだ」と、自分自身の記憶力低下に直面し、落ち込む。そして、「伝えたよね」と確認されたことで、「子どもに、ぼけてきたと思われてしまったかもしれない」という不安にさいなまれる。

この上、「しっかりしてよ」「ぼけたんじゃない」という言葉を投げかけられたら、ダメージは倍増する。叱咤されるのを避けるため、曖昧になった記憶を隠そうとする場合もある。

例えば、子どもとの外食の日時を忘れてしまったら? 確認すれば、「前に言ったじゃない!」と叱られると思い、曖昧な記憶のまま行動した方がましだと考えるかもしれない。もしその記憶が正しくなければ、外食をすっぽかすことになる。

そこで、子どもに「なぜ来なかった」と問い詰められると、今度は、「急用ができて行けなった」など、取り繕うための嘘をつくこともある。あるいは、自分の尊厳を守るため、「うるさい!」と怒鳴ってごまかすかもしれない。

周囲から、こうしたストレスのかかるネガティブな対応を受け続けた親はどうなるだろうか。「もしかしたら認知症」が認知症に進行していった場合、混乱し、気持ちがあわ立ち、興奮、暴言、暴力などのBPSD(行動・心理症状)につながっていくこともある。

BPSDの出現は、認知症のある人を取り巻く環境や、周囲の人の接し方が影響することを知っておいてほしい(*2)。

*2 厚生労働省老健局「厚生労働省の認知症施策等の概要について」

認知症には、物忘れ(記憶障害)などの「中核症状」と、本人の性格や素質と、周囲の環境や接し方が作用して現われる「BPSD(行動・心理症状)」がある(「厚生労働省の認知症施策等の概要について」より引用)
認知症には、物忘れ(記憶障害)などの「中核症状」と、本人の性格や素質と、周囲の環境や接し方が作用して現われる「BPSD(行動・心理症状)」がある(「厚生労働省の認知症施策等の概要について」より引用)

「はっきりさせたい」子ども世代 避けたい強引な受診

一方、子ども世代の「早くはっきりさせたい」というタイプがしてしまいがちなのは、親自身の気持ちや意思にあまり配慮せず、強引に物忘れ外来などを受診させることだ。

中には、健康診断だとだまして病院に連れて行くケースもある。親を心配する気持ちは理解できるが、これは親子関係を悪化させかねないので、避けてほしいやり方だ。

受診したがらない親には、自分では全く認知症だとは思っていないタイプと、前述のように自分でも気づいているからこそ行きたくないというタイプがいる。認知症だと思っていないタイプには、「否認(認知症の可能性を認めない)」という形で、無意識のうちに自分を守ろうとしている人もいる。

どちらにしても、「認知症であることを明確にしたくない」タイプである。それなのに強引に病院に連れて行かれ、もし認知症、あるいはその始まりだと突きつけられたら、どれほどショックを受けるだろうか。

知りたくないことを無理やり知らされるつらさを、子ども世代はよく考えてみてほしい。

受診させたいのであれば、本人が納得できるよう、なぜ受診してほしいかをきちんと話すべきだ。

受診を促す説明として、治療によって「治る認知症」があると伝える方法がある。

「治る認知症」には、下記のような病気がある。

正常圧水頭症、慢性硬膜下血腫、甲状腺機能低下症などの内分泌疾患、ビタミンB1欠乏症・ビタミンB12欠乏症・葉酸欠乏症などの欠乏性疾患・代謝性疾患、自己免疫性疾患、呼吸器・肝臓・腎臓疾患、神経感染症など内科的疾患によって起きる認知症。処方薬などの薬剤によっても、認知症のような症状があらわれることもある

厚生労働省「みんなのメンタルヘルス」より(一部改変)

一般人が、これらの病気を「治らない認知症」と見分けるのは難しい。早期に受診することで、「治る認知症」であるとわかれば、治療することができると伝えるといいだろう。

また、「治らない認知症」も、進行を一時的に遅らせる薬ならある。

認知症の代表的な原因疾患である「アルツハイマー型認知症」は、早い時期から薬の服用を始めることで、認知機能をより長く維持できる(*3)。

だから早く受診して、早く治療を始める方がいいという説明も有効だ。

とはいえ、この薬の効果は一時的。そのため、薬に頼らない、病気の状態に合わせたサポートが必要になる。家族や本人対象の認知症講座の開催やカウンセリングの実施など、認知症があっても穏やかに暮らせる継続的なサポート体制が整った医療機関を受診したい。

*3 エーザイ アリセプトについて 早期アリセプト処方開始によるベネフィット

認知症の早期受診、早期治療は有効だが、そのあと家族も含めた周囲が継続的にサポートしていくことがとても大切だ
認知症の早期受診、早期治療は有効だが、そのあと家族も含めた周囲が継続的にサポートしていくことがとても大切だ写真:アフロ

親に無用なダメージを与えないことを心がける

「もしかしたら認知症」の親への接し方として、一番心がけてほしいのは、「忘れていること」「注意力、理解力、判断力が低下したこと」など、認知機能の低下をことさらに指摘し、本人にダメージを与えるのをやめることだ。

忘れていることがあっても、誤った理解をしていることがあっても、それをわざわざ指摘して、親に恥をかかせることはない。

同じことを聞かれても、ただ聞かれたことに淡々と答え、誤った理解をしているときは正しい理解を伝えるだけでいいのだ。

もし親自身が、「この頃、物忘れが増えて不安だ」というなら、受診を促せばいい。

受診して、認知症の始まりだと言われたら、今後の病気の進行に備え、これから何を大切にして暮らしていきたいか、何をしてほしくて何をしてほしくないかなどを、親から聞いておこう。

親の思いと、親が心地良く過ごすために必要なサポートについて周囲が知っておけば、認知症が進行してからのケアにとても役に立つ。

認知症が進行し、親の思いや希望を確認できなくなってからでは遅いのだ。

そして、忘れることに不安を感じている親には、「代わりに私が覚えておくから安心して」と言ってあげてほしい。これは、認知症が進行した人にとっても、非常に支えになる言葉だ。

認知症と診断されることが怖いのは、物忘れが進み、自分が何もわからなくなり、周囲に迷惑をかけるのではないかと考えるからだ。そして、その姿を、偏見を持って見られるのではないかという不安も大きい。

認知症の進行や症状は人それぞれで、1年後、5年後、10年後にどのような状態になっているかはわからない。しかし、家族や周囲の人たちが、病気が進行しても変わらずに愛し、支え、大切にするから安心するよう繰り返し伝えれば、不安や恐怖は相当に軽減される。薬より効果的と言えるかもしれない。

認知症への偏見のないコミュニティが広がっていくことが、認知症を恐れる人を安心させ、認知症になっても穏やかに暮らせる人を増やしていく。

そしてそれが、認知症への偏見を減らしていくという好循環を生む。

認知症の最大のリスク要因は、歳をとることだ。年齢が高くなれば、誰でも認知症になるリスクがある。

親がどうすれば笑顔で穏やかに過ごせるかを考え、適切に接していくことは、先々、自分自身が子どもたちから適切に接してもらうための道しるべとなる。

そう心得て、「もしかしたら認知症」の親へのよりよい接し方を考え、身につけていってほしい。

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この記事は、Yahoo!ニュースとの共同連携企画です。令和の時代をどう「サバイブ」するか、生き方のヒントについて「家族と介護」をテーマに伝えます。

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介護福祉ライター/社会福祉士+公認心理師+臨床心理士

高齢者介護を中心に、認知症ケア、介護現場でのハラスメント、地域づくり等について取材する介護福祉ライター。できるだけ現場に近づき、現場目線からの情報発信をすることがモットー。取材や講演、研修講師としての活動をしつつ、社会福祉士として認知症がある高齢者の成年後見人、公認心理師・臨床心理士として神経内科クリニックの心理士も務める。著書として、『介護職員を利用者・家族によるハラスメントから守る本』(日本法令)、『多職種連携から統合へ向かう地域包括ケア』(メディカ出版)、分担執筆として『医療・介護・福祉の地域ネットワークづくり事例集』(素朴社)など。

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