映画『ナチス第三の男』ナチス高官ハイドリヒ暗殺から80年:記憶のデジタル化と美化されやすい映画
旧チェコスロバキアの空挺部隊が1942年5月27日にナチスドイツの高官ラインハルト・ハイドリヒを暗殺して今年で80年が経った。それを記念した式典がチェコの首都プラハで行われた。ハイドリヒはナチスの政策の1つだったユダヤ人殲滅、いわゆるホロコーストも積極的に推進していた。
ハイドリヒは1942年5月27日に、プラハで車に乗っている時に銃と爆弾で襲撃されて死亡。ナチスドイツは報復としてリディツェ村とレジャーキ村を壊滅。1万5000人以上のチェコ人らを拘束して殺害または強制収容所に送り込んだ。
ハイドリヒは日本ではあまり馴染みがなかったが、彼のチェコスロバキアでの暗殺事件や現地住民への報復、抵抗を描いた映画「ナチス第三の男」(原題:HHhH、英題:The Man with the Iron Heart)が2017年に制作され、日本でも2019年1月に公開されたので見たことがある人もいるだろう。
ホロコーストの記憶のデジタル化と美化されやすいフィクション映画
ホロコーストを題材にした映画やドラマはほぼ毎年制作されている。今でも欧米では多くの人に観られているテーマで、多くの賞にノミネートもしている。日本では馴染みのないテーマなので収益にならないことや、残虐なシーンも多いことから配信されない映画やドラマも多い。たしかに見ていて気持ちよいものではない。
戦後75年が経ち、ホロコースト生存者らの高齢化が進み、記憶も体力も衰退しており、当時の様子や真実を伝えられる人は近い将来にゼロになる。ホロコースト生存者は現在、世界で約24万人いる。彼らは高齢にもかかわらず、ホロコーストの悲惨な歴史を伝えようと博物館や学校などで語り部として講演を行っている。当時の記憶や経験を後世に伝えようとしてホロコースト生存者らの証言を動画や3Dなどで記録して保存している、いわゆる記憶のデジタル化は積極的に進められている。ホロコーストをテーマにした映画制作もホロコーストの記憶のデジタル化において重要な1つである。デジタル化された証言や動画は欧米やイスラエルではホロコースト教育の教材としても活用されている。ホロコースト映画をクラスで視聴して議論やディベートなどを行ったり、レポートを書いている。そのためホロコースト映画の視聴には慣れてる人も多く、成人になってからもホロコースト映画を観に行くという人も多い。またホロコースト時代の差別や迫害から懸命に生きようとするユダヤ人から生きる勇気をもらえるという理由でホロコースト映画をよく見るという大人も多い。
ホロコースト映画は史実を元にしたドキュメンタリーやノンフィクションなども多い。実在の人物でユダヤ人を工場で雇って結果としてユダヤ人を救ったシンドラー氏の話を元に1994年に公開された『シンドラーのリスト』やユダヤ系ポーランド人のピアニスト、ウワディスワフ・シュピルマン氏の体験を元に2002年に公開された『戦場のピアニスト』などが有名だ。実話を元にしている映画『ナチス第三の男』もこちらだ。
一方で、フィクションで明らかに「作り話」といった内容のホロコーストを題材にしたドラマや映画も多い。1997年に公開された『ライフ・イズ・ビューティフル』や2008年に公開された『縞模様のパジャマの少年』などはホロコースト時代の収容所が舞台になっているが、明らかにフィクションであることがわかり、実話ではない。
史実を元にしたフィクション映画やドキュメンタリードラマは欧米やイスラエルではホロコースト教育の授業で視聴されることも多い。だが実話を元にしたホロコースト映画やドラマでも、ホロコーストの歴史や登場人物の一部を美化したり、誇張されたりして放送されることも多い。特にホロコーストは600万人以上のユダヤ人が犠牲になっていることから、ナチスは完全な悪で、ユダヤ人は善で可哀想な被害者という構図で表現されることがほとんどで、ユダヤ人の中にもナチスに協力した人や収容所でカポと呼ばれる囚人の管理を行っていた裏切り者も多くいたが、そのような面が描かれることは少ない。
例えばアンネ・フランクの「アンネの日記」もよく映画化や舞台化されるが、「アンネの日記」を見ているとオランダ人はユダヤ人を隠れ家に匿って良い人のように描かれているが、オランダ人でもナチスに協力してユダヤ人差別と迫害に手を貸していた人もたくさんいた。「ナチス第三の男」でもナチスが一方的に悪で、地元住民は可哀そうで哀れな存在で対比されて描かれているが、地元住民にも密告者やナチスに協力してユダヤ人迫害や殺害に加担していた人もいた。
ホロコーストという600万人ものユダヤ人らが犠牲になった歴史的事実をテーマにしているので、映画やドラマがハッピーエンドのストーリーになることはほとんどないため、実話を元にした映画やドラマでも美化や誇張をしたり、一部のポジティブな側面しか描かなかったりすることはよくある。多くのホロコースト生存者らの証言をデジタル化して記憶を次世代に伝えようとしているが、証言動画の中でも生存者らはよく「映画やドラマの世界と現実は全く違います」と語っている。
世界中の多くの人にとってホロコーストは本や映画、ドラマの世界であり、当時の様子を再現してイメージ形成をしているのは映画やドラマである。その映画やドラマがノンフィクションかフィクションかに関係なく、人々に映像とストーリーによってホロコーストの記憶を印象付けることになる。