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「自分のせいで周りに迷惑」 コロナ加害妄想と自殺

西多昌規早稲田大学教授 / 精神科専門医 / 睡眠医療総合専門医
Shutterstockより

「うつしてしまう」不安と妄想

 新型コロナウイルス感染後に自宅療養していた30代の女性が、「自分のせいで迷惑をかけてしまった」というメモを残して、自殺するという痛ましい事件が起こった。報道によれば、この女性は無症状だったようだが、周囲の人が感染してしまい、「自分がうつしたかもしれない」などと悩んでいた形跡があるという。

 わたしが診察や面談をしていても、「自分が感染したら会社が大変なことに」「寮で感染したら、部活ができなくなる」など、自分のことより他人や組織を心配する人は確かにいる。

 自宅療養者のこの自殺は、自分が感染する不安や、環境変化にともなうストレス反応ばかりが取り上げられていたため、意外な感を与えてショッキングだったと言える。

 「自分がコロナにかかるのではないか」という不安は、誰でも感じていることである。しかし、「他人にうつしてしまう」「他人にうつしてしまった」という加害的な不安については、既に感染した人に主にみられる症状であり、感染していない人にとっては他人事であった。感染者数が増えている現在含めて今後は、このような加害的な不安も増えてくると考えられる。

 ここで取り上げたいのは、不安や恐怖の段階ではなく、「自分はコロナにかかった」「他の人にうつしてしまった」と思い込んでしまう、妄想のレベルにまで発展してしまう例が、最近みられることである。

「コロナうつ」ではすまない「精神病性うつ病」

「自分のせいで周りに迷惑をかけてしまった」

 この言葉の背景には、自分のせいで勤め先に損害を与えてしまった、周囲に感染者が出て重症化させてしまった、など状況はいろいろある。コロナで迷惑をかけてしまったという思い込みが強くなると、自責的になり自殺のリスクが高まってくる。

 直近の報告でも、

自分はコロナにかかってしまったと信じこむ「コロナ心気妄想」

他人にコロナをうつしてしまったと思い込む「コロナ加害念慮」「コロナ加害妄想」

 を呈する症例と病態の傾向が報告されている(1)

 ちなみに、「念慮」とは、妄想より確信レベルの弱いレベルでの思い巡らしである。「妄想」になると、強く確信してしまい、第三者による訂正を受け付けなくなる。

 うつ病にも、妄想をともなう病態がある。「検査は正常だが、自分はがんにかかっている」と信じこむ心気妄想は、うつ病にみられる妄想のなかでも代表的なものだ。実際に感染させてしまい、妄想ではなく事実の場合もあるが、いずれにせよ強い自責に向かうのは変わりない。

 この妄想が主症状となるうつ病を、「精神病性うつ病」という。幻覚や妄想を、精神病症状と呼ぶからである。精神病性うつ病は、切迫した不安焦燥が非常に強く、わたしの経験からも入院治療が必要になる場合が少なくない。自殺のリスクも非常に高いことが報告されている(2)。問題となっている医療従事者のバーンアウトにも、精神病性うつ病が見られることも珍しくない。

 コロナ禍を背景として気分が落ち込む一連の精神的変調は、俗に「コロナうつ」と呼ばれ一般的に認知度は高いが、雑多であり定義があいまいである。軽いニュアンスをもつ「コロナうつ」のなかに、精神病性うつ病のような、今後おそらく増加し、非常に重症で医療的介入を要する病態もあることを提起しておきたい。

1.加藤 敏. コロナ危機において初めて発症、あるいは再発した精神障碍― 自殺予防に向けて. 日本医師会 COVID-19有識者会議 2020年12月11日

2.西多 昌規, 加藤 敏. 焦燥うつ病の典型例. 精神科治療学 第27巻07号 2012年07月

早稲田大学教授 / 精神科専門医 / 睡眠医療総合専門医

早稲田大学スポーツ科学学術院・教授 早稲田大学睡眠研究所・所長。東京医科歯科大学医学部卒業。自治医科大学講師、ハーバード大学、スタンフォード大学の客員講師などを経て、現職。日本精神神経学会精神科専門医、日本睡眠学会総合専門医など。専門は睡眠、アスリートのメンタルケア、睡眠サポート。睡眠障害、発達障害の治療も行う。著書に、「休む技術2」(大和書房)、「眠っている間に人の体で何が起こっているのか」(草思社)など。

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