旗揚げ戦の観客たった4人。名古屋のプロレス団体の剣道興行がシュールすぎた!
異例の剣道興行の第1戦は記録的な不入り
去る8月28日、日本の格闘シーンにおいて異例の興行が名古屋で行われました。日本ガイシスポーツプラザ(南区)でのJWA東海剣道旗揚げ戦「オープニングケンドー」です。
剣道家4名が出場し、観戦チケットは3000円。全日本剣道連盟主催の正規の大会で入場券を販売することはありますが、エンターテイメントとしての剣道の有料興行は極めて異例ではないでしょうか(明治初期には撃剣興行(げっけんこうぎょう)という剣術の見世物があったそうです)。華々しいはずのその第1戦でしたが、観客はたったの4人(!)。何とも先行き不安な船出となってしまいました。
主催のJWA東海は、そもそも“アマチュア”のプロレス団体。1991年設立で30年余の歴史を誇ります。アマチュアのプロレス、とは何だか矛盾する言葉のようですが、プロレスは競技スポーツであるアマチュアレスリングとは異なる、独立したショービジネスの要素を持った格闘技のカテゴリー。そのプロレスを愛する社会人や学生の選手が行うのがアマチュアプロレスというわけです。
アマチュアとはいえ、選手の中には元プロやプロ候補生もいて、実力はなかなかのもの。JWA東海では、これまでにドラゴンキッド、棚橋弘至といったメジャー団体で活躍する選手も輩出しています。名古屋を拠点に月1回のペースで公演を開催し、毎回50~100人近い観客を動員してきました。
ところが、8月の剣道旗揚げ戦を機に「JWA東海剣道」を名乗り、「時代は剣道だ!」と宣言。歴史あるアマチュアプロレスに一体何があったのでしょうか? 実は筆者は20数年前、何度か同団体を取材し、ナマ観戦もしています。近年はSNSで動向をチェックしていたのですが、迷走(?)ともいうべき展開にかえって興味をそそられました。
もうひとつ実をいうと、筆者はキャリア10年ほどの剣道経験者。自慢ではありませんが(いや、ちょっと自慢ですが)三段の有段者です。剣道を興行として行うというのは初耳で、お金を払って観る格闘技として成立するのか?という点にも興味を抱きました。
「これは一体何…?」 難解な展開はまるで現代アート
JWA東海剣道の旗揚げ第2戦は9月11日。会場は名古屋の日本ガイシスポーツプラザ第3競技場です。
板張りで観客席も常設された会場に、観客はまばら…というよりすぐに数えられるほどいるだけ。効果音を使うなら「シーン…」しかありえない、格闘技の会場らしい熱気とはほど遠い状況です。
試合に先駆けて出場する剣道選手のサイン&撮影会も。何人かのファンが300円を払ってスマホカメラに向かって笑顔を向けます。
そしていよいよ第1試合。リングアナに呼びこまれて剣道家A、Bが登場します。通常の剣道の試合は審判の「はじめ!」の合図で始まるのですが、ここはプロレスらしくカーン!というゴングの音。向かい合った選手がそんきょの姿勢から立ち上がり、相対します。
さて、ここからの展開は、想像のはるかナナメ上を行くものでした。ネタバレになってしまうので詳しくは書けませんが、「自分は一体何を見ているのだろう…?」とあっけにとられ、困惑するばかり。審美眼を試されるかのようなシュールすぎる展開は、あたかも現代アートのパフォーマンスのようでした。
後半はお約束のようにヒール役のマスクマンが会場に乱入。キックやパイプ椅子でリングアナをめった打ちし、さらには新手の覆面レスラーも現れて入り乱れるカオスな乱闘劇が展開されます。レスラーたちとほぼ同じ人数の観客が取り囲んで、生温かい視線を送る様子にも、どこか非現実的な空気が漂います。
この日、行われた剣道の試合は2カードで、1時間ほどで終了。観客はどのような心持ちで観戦していたのでしょうか?
「プロレスファンを長くやっていると、どんなことが起きても楽しむことができるんです」と達観したような感想をのべてくれたのは、岐阜からやって来ていた20年来のファンの50代男性。やはり長年のファンだという三重県鈴鹿市の50代男性も「地元の団体で頑張っているのでその熱意を応援しています。本音をいえば剣道よりプロレスが観たいですが、以前のように戻るまでのつなぎとして受け止めています」とこれまた海のように心の広いコメントを返してくれました。
代表・脇海道さんインタビュー。「緒戦はプロレスvs剣道だった」
この興行は一体何なのか? どんな意図があるのか? どうしてこんなことになっているのか…? ちんぷんかんぷんな気分で、代表の脇海道弘一(わきかいどう・こういち ※リングネームのようなカッコいい名前だが本名)さんをインタビューしました。
――かつてのJWA東海プロレスでは、リングの上で迫力あるプロレス技の応酬があり、空中殺法、場外乱闘、ヒールの凶器攻撃、マイクパフォーマンスと、本格的なエンターテイメントプロレスがくり広げられていました。それがなぜJWA東海剣道を名乗った興行を行うようになったのでしょう?
脇海道弘一さん(以下「脇海道」) 「コロナ禍でレスラーが集まらなくなってしまったことが原因です。レスラー不足を補うため、他の格闘技の選手にも参戦を呼びかけたところ剣道家の応募があった。もともと空手や柔道など他ジャンルの選手がプロレスに乗り込んでくる他流試合はあるのですが、剣道だけはなかった。これまでにない異種格闘技戦になると考え、対戦することになりました」
――そこで脇海道さんが対戦を?
脇海道 「はい。最初の対戦は2021年2月。竹刀でめった打ちにされ、何もできないままKO負けしてしまいましたが、観客には大ウケでした」
――武器を持っているのですから剣道が強いのは当然といえば当然ですね。
脇海道 「確かに強いです。その後、剣道とボクサー、空手家のカードも組みましたが、いずれも剣道の圧勝でした」
――その強い剣道家同士の真剣勝負が、JWA東海剣道なのだと思って今日は観戦に来ました。
脇海道 「そうでしたか。普通の剣道の試合をやると思って観に来られたんですね!」(ちょっと愉快そうに)
――何が起こっているのか?と呆然としてしまいました。これはようするに、あくまでプロレスの演出として剣道を取り入れているということでしょうか?
脇海道 「そういうことです!(ますます愉快そうに) プロレスの面白さの要素のひとつに“シュール”がある。それを剣道を使って表現したものなんです」
趣味でプロレスをやる世界はコロナで終わった
――集まった観客は、プロレス特有の文脈としてそれを理解しているわけですね。ところで、プロレスといえばリングが不可欠ですが、剣道との他流試合を始めた頃からリングのない興行になっているのでしょうか?
脇海道 「はい(ここからは真剣な表情に)。リングを運び込むには最低10人以上が必要なんです。しかし、今はそれだけの人数のレスラー、スタッフが集まらないのでリングを設営できないんです」
――コロナ禍によるレスラー不足はそれだけ深刻ということですか?
脇海道 「趣味でプロレスをやる、という世界はコロナで終わりました。みんな家庭や仕事を持ちながら、それでもプロレスが好きで、アマチュアとして続けてきた。しかし、濃厚接触しなければ成り立たない競技です。家族や周囲の目もある中で、職業であればまだしも、趣味であえてそれをやろうという気持ちにはなれないのは仕方ありません」
――以前のような本格的なプロレスを見せられる時が再び来るでしょうか?
脇海道 「すべての原因はコロナなので、特効薬が開発されるなどし、マスクなしの世の中に戻らなければ無理でしょう」
――そんな状況下で団体名に剣道を冠してまで続ける理由は?
脇海道 「ここであきらめたら31年続けてきたことがすべて終わってしまいます。応援してくれるファンもいるし、細々とでも月1回の公演を続けることで看板を守れる。剣道もそのための私個人のアイデア勝負の活動なんです」
――前回の東海剣道旗揚げ戦の観客は4人でしたが、今日の動員は?
脇海道 「8人です。(「倍ですね」と返すと)この調子で行けば来月は16人、再来月は32人ですね(笑)! 」
――ちなみに名古屋はアマチュアプロレスに限らず、格闘技ファンは多い土地柄なのでしょうか?
脇海道 「メジャーの大きな大会も多く、K-1の曙vsボブ・サップ戦も名古屋でしたし(2003年、ナゴヤドーム(現・バンテリンドームナゴヤ))、昔から熱心な格闘技ファンは多いです。だからこそ我々のような団体にもファンがついてくれている。そんなファンの人たちのためにも、何とか頑張って続けていきたいと思っています」
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非常にマニアックな話題ではありますが、この名古屋のアマチュアプロレス団体の現状は、コロナ禍におけるエンタメやカルチャー、集客をともなうビジネスなどを取り巻く、スルーできない事例のひとつといえるのではないでしょうか。世間を見回すと徐々に日常が戻ってきているようにも感じる反面、その度合いはジャンルや場所などによって大きく異なります。戻そうと思っても、途絶えてしまい継承できなくなってしまったものも決して少なくはないでしょう。
そんな中、同団体はこれまでとはまったく違うやり方を模索しながら、継続の道を切り拓いていこうとしています。その方法がエンタメとして成立しているかは、プロレスに明るくない筆者では判断つきかねますが、意図を知ると少なくとも執念を感じます。
次回開催は10月10日(祝)。失笑する、茶番だと怒る、金返せ!とパイプ椅子をふり回す…、そんな反応を示す人もいるかもしれません(とりあえずハードルを下げておきます)。しかし、何があっても受け入れる、そんなプロレスファンならではの懐の深さを自認する人は一度足を運んでみてもいいのではないでしょうか。そこでくり広げられているのは確かにひとつの、コロナ禍が生み出したシュールな世界なのです。
(写真撮影/筆者 ※「オープニングケンドー2」のチラシ画像はJWA東海提供)