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西山朋佳女流三冠、棋士編入試験第2局は敗れて1勝1敗に 新鋭・山川泰熙四段はストッパーの役目を果たす

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 10月2日。東京・将棋会館において棋士編入試験五番勝負第2局▲西山朋佳女流三冠(29歳)-△山川泰熙四段(26歳)戦がおこなわれました。

 10時に始まった対局は17時29分に終局。結果は104手で山川四段の勝ちとなりました。

 西山女流三冠はこれで1勝1敗。第3局は上野裕寿四段(21歳)との対戦となります(11月予定)。

ストッパー側の難しい立場

 9月23日。SUNTORY将棋オールスター東西対抗戦2024・東京Cブロック予選がおこなわれました。32人のトーナメントを勝ち抜いたのは高橋佑二郎四段(25歳)。広瀬章人九段ら、強敵を連破しての快進撃でした。

 その強い高橋四段に、西山女流三冠は9月10日の編入試験第1局で勝ったというわけです。

 SUNTORY将棋オールスターの予選で解説を担当していたのが、広瀬九段の弟子で、高橋四段とは同時に棋士に昇格した山川四段でした。山川四段は第1局について、次のように語っていました。

山川「両者、持ち味を出し切った、いい将棋だったと思いますね。高橋四段の方は苦しくなってからも、あの手この手で、粘り強く指していましたし。西山さんの方は、終盤で鋭い△9七角という手を指して」


山川「そこからもう、緩みなく押し切って、という将棋でしたし。いい将棋だったなと」


 第1局が終わったあと、西山女流三冠は次のように語っていました。

西山「5人の方々それぞれ本当に、全然違った武器で四段になられた方々ですので。またここから一局一局準備して、当日も全力を尽くせるように過ごすしかないのかなと思います。(次戦の山川四段は)正統派の居飛車党というイメージがありまして。実力者の方という印象なんですけれど。目の前の一局一局をがんばりたいと思います」

 山川四段は棋士編入試験第2局の対戦相手になったことについて、次のように語っていました。

山川「そりゃいやですよ。だって、みんな、西山さんを応援するに決まってるじゃないですか」「棋士とか女流棋士、みんなもう西山さんを応援してるので。世界中に誰も味方がいない。たぶん試験官5人しか、応援してくれないですよ(苦笑)」

 これは当事者による、率直な言葉でした。業界の中でもほとんどの人が西山女流三冠を応援しているというのは、それだけ実力が認められているということでしょう。そしてストッパーとなる対戦相手の立場は難しい。

 観戦する側の立場としては、もちろんほとんどの人が西山女流三冠を応援するでしょう。それとは矛盾しない心情として、対戦相手にもベストを尽くしてもらいたいとも願うのではないでしょうか。

山川「まあ、いつも通りの対局に挑むようにしっかり準備してやりますけど。相手にとっては非常に重いものがかかっている一局ですから。なんていうんでしょうね。気持ち的には、三段リーグ第19回戦ぐらいの気持ちでやろうと思ってます」

 山川四段は2023年度後期(第74回)三段リーグで14勝4敗という好成績を収め、四段に昇段しています。各自18局を戦う過酷なリーグの、続きのつもりで戦うという意気込みでした。

山川「上野四段とか、宮嶋四段、柵木四段、みんな、私、ある程度しゃべる関係なんですけれども。けっこうなんか『憂鬱だよね』みたいな話をしたり。『まあでもがんばろうね』みたいな話をしたり。高橋四段からは(第1局が)終わったその日の夜に『かたき取ってください』ってLINEが来て。我々は我々で、チームみたいな感じです。まあ、この気持ちわかるのは、あの5人しかいないですからね」

西山女流三冠、万全の体調ではなかった

 9月27日。西山女流三冠が新型コロナウイルスに感染したことが発表されました。


 本局がおこなわれている間、マスク姿の西山女流三冠は、ときおり苦しそうにせき込んでいました。終局後、次のように語っています。

西山「本当に、自分の体調管理の至らなさで、ほかの棋戦であったり、たくさんの方にご迷惑をおかけてしまったので。申し訳ないなと思っております。休養期間はあったので、体調わるい中ではあったんですけど、できることはしようかなと思っていました」

 新型コロナウイルスの感染は、どれだけ気をつけていても100%の予防は難しい。不運というよりなく、西山女流三冠が責められるべき点はないでしょう。

西山女流三冠、中飛車を選択


 本局がおこなわれたのは東京・将棋会館5階の特別対局室。1976年以来、ここで数え切れないほどの名勝負が戦われてきました。

 日本将棋連盟が100周年を迎えた今年2024年、同じ千駄ヶ谷に新しい将棋会館が建設されました。来年1月以降はそちらで対局がおこなわれることになります。


 先に対局室に入ったのはマスク姿の西山女流三冠。下座に着いたあと、駒台に気になる点があったのか、立会人の深浦康市九段に話しかけます。深浦九段は記録係や職員に指示するのではなく、自身が駒台を持って席を立ち、新しい駒台に替えていました。


 山川四段は定刻10時の少し前、かなりギリギリの時間になって入室。床の間を背にして、上座に着きました。山川四段は局後、次のように語っています。

山川「けっこう重い立場であることはわかっていたので。本当にいろいろなことを考えましたけど。ただ、自分は将棋指しなので。『結局、どうあれ、目の前の将棋をがんばって指すしかない』っていう結論になって。自分ができる限りの準備をせいいっぱい重ねて、日々を過ごしてきました」

 両者が駒を並べ終わったあと深浦九段がすぐに対局開始の合図をします。

 深浦「定刻になりました。西山朋佳女流三冠の先手番で始めてください」

 両対局者は「お願いします」と一礼。持ち時間各3時間の対局が始まりました。

 まず注目されるのは、振り飛車党の西山女流三冠がどこに飛車を振るのか。西山女流三冠の右手は盤上中央に伸び、5筋の歩を手にして、一つ前に進めます。本局での選択は中飛車でした。

西山女流三冠、積極的に動く

 山川四段は2枚の銀を中段に押し上げる作戦を取りました。西山女流三冠は22分考え、相手の誘いに応じる形で、5筋の歩を交換し、飛車を最前線に飛び出しました。対して山川四段は40手目、飛車の背後に歩を打って退路を立ち、生け捕りをねらいます。

山川「△5五歩と打った手があったと思うんですけれど。そのあたりまでは予定で。まあただそこで、先手もどう指してくるかわからないところがあったので。あとは現場対応で考えていこうかと思ってました」

 西山女流三段の手番で12時0分、昼食休憩に。40分に再開したあと、西山女流三冠は歩を合わせていきました。

西山「昔の記憶で指しているような感じではありました」「経験のあった形ではあったんですけれど。(41手目)▲5六歩でどうかと思っていて。そのあとは少し、ちょっと精度の低い手を重ねてしまったかなという感じがします」

 山川四段は7筋の歩を突いて、相手の強力な角の利きを止めます。形勢は少しずつ山川四段ペースとなっていったようです。

西山「どう指してもけっこう苦しいのかなと思っていて。わるくしてしまったのかなと思っていました」

山川四段、大役を果たしての勝利


 山川四段は相手の飛車を取り、その飛車を相手陣に打ち込んで、攻めていきます。ゆっくりしていられない西山女流三冠は手薄い山川玉の上部から反撃する形をつくりました。

山川「(西山女流三冠は)序盤も洗練されていて。中終盤は西山調の力強い指し手であったり。読みの精度の高さというか、そういうところを感じました」

 山川四段がリードを保ちながらも、一手誤ればたちまち逆転しそうな終盤戦。西山女流三冠は攻防に効く角を中段に放ちます。対して84手目、山川四段が自陣に金を打った手が手堅い受けでした。

山川「△5二金と打って、4五に打たれた角を(▲6三角成と)馬にさせなければ、けっこう勝ちが近いんじゃないかなと思っていました。


 西山女流三冠の豪腕を、正確な指し回しで封じ込めた山川四段。最後は一手の差をいかして、着実に西山玉を寄せきりました。


 投了図では、西山玉に詰みはありませんが、一方で山川玉にも詰みはなく、山川四段の一手勝ちです。

 相手の置かれている状況がどうであれ、全力を尽くして勝ちにいくのが将棋界の美風です。ストッパーとしての重責を担った山川四段は大役を果たす形で、堂々たる勝利をあげました。


西山女流三冠、第3局は上野裕寿四段と対戦

 西山女流三冠が1敗を喫したのは、もちろん痛いところ。しかし過去4回の棋士編入試験では、折田翔吾アマ(現五段)が1勝1敗のあと、2連勝して合格した例もあります。

 西山女流三冠は11月(日程は未定)におこなわれる第3局で、前年度新人王・上野裕寿四段(21歳)と対戦します。

西山「ここからは関西の方との対局ということで。次は公式戦でも本当に活躍されている上野さんということで。けっこう充実されてるのかなという印象もありますし。その時々の、しっかり、棋力が出せる状態にもっていきたいなというふうに思っています」

 西山女流三冠は、女流棋戦では今後、女流王将戦五番勝負、白玲戦七番勝負などの対局が予定されています。

 一般公式戦では先日、NHK杯2回戦・藤井聡太七冠との対戦が放映されました。敗れはしましたが、途中までは互角の展開でした。

 また棋聖戦一次予選や王座戦一次予選でも勝ち残っています。

 福間香奈女流五冠と同様、西山女流三冠もまた、大変なハードスケジュールの中で棋士編入試験を戦っているわけです。


 第3局以降も、西山女流三冠、そして対戦相手となる新鋭棋士たちが、ベストを尽くせる状況の中で指せるよう、祈るほかありません。


将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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