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不要不急な観光客相手のホテルや旅館はそれでも営業するのか?

瀧澤信秋ホテル評論家
5月31日までの営業休止を決断した箱根の温泉旅館「一の湯」(筆者撮影)

公共のインフラ的役割も担う宿泊業

新型コロナウイルスの拡大懸念がニュースになってから3ヶ月超、特に影響の大きい業界として宿泊業界がクローズアップされてきた。当初「春休みの需要は諦めたとしてもゴールデンウィークに好転できるかが明暗の分かれ目」という声が業界では大きかったが、緊急事態宣言をはじめオリンピックの延期など先行き不透明な材料が積み重なり、ゴールデンウィークに期待するどころかそもそも乗り切れるのか、施設の存続そのものを憂慮する声も続出していた。

事実、直近では“営業停止”や“法的手続き”といったワードを宿泊業界のニュースで散見するようになった。ゴールデンウィーク後にはそうした動きは更に加速していくものと想定されている。専門家の中には中小企業を中心とした状況をみるに6月末で資金ショート、倒産の続出を懸念するという声もある。存続施設であっても休業や一部営業に縮小することは当然という流れになっている一方、軽症者の受け入れ施設として、また、医療従事者の優先的受け入れ施設としての役割も注目されている。

広がる医療従事者への感謝の声!「ゆっくり休んでもらえたら」宿泊業界で優先的受け入れの動き

出典:Yahoo!ニュース(個人)/瀧澤信秋

 

旅の非日常感といったイメージを優先してきた業界ではあるものの、宿泊業の公共性を伝えるニュースも注目されていることは、こうした非常時に改めて宿泊施設の価値を認識することに。中でも都市型ホテル、ビジネスユースに資する施設といったところは、不要不急ならぬ緊急必要な需要があり、どうしても宿泊せざるを得ない人々にとってホテルの営業続行は不可欠。観光向けの宿泊施設でも必要緊急な理由で営業を続けている施設もあり、宿泊施設が公共のインフラ的役割を担うシーンは注目されている。

営業続行施設のホンネ

こんなにも静かなゴールデンウィークは経験がなかったという人は多いことだろう。一方で、全国各地のホテルをチェックしてみると、ゴールデンウィーク前と比較すると稼働率は確実に上昇しており確かに観光需要が高まったことはうかがえる。ゴールデンウィーク前に某ビジネス誌編集部と、ゴールデンウィークの主要都市予約状況のリサーチやデータ分析をした。営業を自粛する施設の中でもちろん例年にはない稼働の低さではあるものの、中には満室に近いなどそれなりに宿泊需要を取り込んでいる施設は少なくなかった。具体的なデータは割愛するが、それが観光ということであれば、“この時期に観光なんてどんな人が!?”といった声が聞こえてきそうだ。

実際に営業している東京からも近い観光向け施設へリモート取材を試みたところ、某高級旅館から匿名を条件に取材へ対応いただいた。まだ休業要請のないエリアの施設であるが「死ぬか生きるかの瀬戸際の中で来たいというお客様がいる以上それは営業したい」と話す。富裕層の利用が多くこうした時期でも予約は堅調という。「もちろん法律は守るし、来て貰う際にも基本的に公共交通機関ではなく自家用車で」とお願いしているという。衛生管理を徹底、客室の露天風呂を使ってもらうことで大浴場はクローズしているといい「もちろん食事は部屋食で他人と接するシーンは皆無」と安全性を訴える。高級施設ならではと感じる点は多い。

コロナ禍という中での滞在、実際ゲストからはどのような感想があるのかと聞いてみた。「そもそも我々スタッフも話す機会を極力減らしているので」と前置きした上で、「普段は予約がいっぱいだが、今の時期なら安くて空いていると考え来る人もいた」という。最近では専門家として仕事をしているゲストもいたらしく「緊急事態宣言の延長は全くもってナンセンス」と語り滞在を楽しみリラックスしていたという。緊急事態宣言、外出自粛の実効性は別として社会全体のストレスがいま限界に達していることは間違いない。そもそも移動自粛下において多くの人々が同調・我慢していることについてはどう思うかと問うと「批判は受けているしかなり肩身の狭い中での営業ですが・・・」と館主は言葉を濁す。何よりこのインタビューが「匿名で」ということがいまの置かれた状況を表している。

 

多店舗展開のチェーンでは周辺店舗を休業し集約する店舗も
多店舗展開のチェーンでは周辺店舗を休業し集約する店舗も

 

率先して営業自粛を決めた箱根の旅館

一方で、ゴールデンウィーク期間も含めて営業自粛する施設の理由としては、営業自粛要請を理由にすることは前提として、少しでも感染拡大の可能性がある以上、ゲストやスタッフの安全担保が第一という思いの強さが第一だ。現場はどうなのか、箱根の旅館チェーンへリモート取材を試みてみた。対応していだたいたのは箱根をドミナントエリアとしてチェーン展開する「一の湯グループ」だ。緊急事態宣言と合わせるかのように率先して休業を宣言、今回の緊急事態宣言延長についても考慮し直ちに5月31日までの休業延期を表明した。

一の湯では4月7日に緊急事態宣言が発令される前から、休業すべきかどうか社内で慎重に議論されていたという。休業を決定した理由は「お客様と従業員(とその家族)の命を守るためという事に尽きる」と話す。特に現場で勤務している従業員に関しては、営業を続けることでウイルスに感染してしまうリスクも高い。「感染してしまうのではないか、という不安を感じながら勤務をしてもらう事、従業員をウイルスの感染の危険に晒すことは企業としては無責任であると考え、休業の判断をした」という。

そうはいっても心配なのは従業員の雇用問題である。これについては一部間接部門の従業員を除き全員を休業対象とし、休業期間中の賃金に関しては雇用調整助成金を活用して100%支払うという。「今回の休業によって解雇や給料の減額などは行いません。人材は財産であると考えております。終息後に今まで以上にお客様に喜んで頂けるよう、今は従業員を守り、辛抱する時であると考えています」というが、こう聞くと随分と余裕があるなぁという声も聞こえてきそうだ。

災難に見舞われ続けた箱根

しかし、一の湯が大規模チェーンで資金が潤沢かというと決してそうではない。しかも一の湯は予約時に予約金を受領するので、長期間の休業決定=莫大な債務の発生そして返金作業という現実ものしかかってくる。そもそも箱根といえば2019年10月の台風19号で甚大な被害を受け、一の湯も温泉設備などに大きなダメージを受け相当期間の休館を余儀なくされた。未だ箱根登山鉄道は全通に至っていない。資金的にもギリギリの環境で経営続行していた中で今回のコロナショックだ。

【台風19号】インフラ寸断、温泉打撃… 箱根に災禍再び(神奈川新聞)

出典:https://www.kanaloco.jp/article/entry-203214.html

 

人は窮地に立たされると馬鹿力を発揮するというが旅館も同様、なり振り構わない様々な策を打ち出している。助成金などの申請はもちろんのこと、クラウドファンディングで宿泊券を販売し支援を募ったり、販売不振となった取引先と協力して品物を送ったり、通販や外販を進めていく動きなど枚挙に暇が無い。「今できることを一つ一つ実行し、このような逆境でも必ず生き残るという強い気持ちを持って臨んでいます」と話す。それぞれの策に対して大きな反響があるというが、一の湯は創業390年を誇る老舗旅館、長年で築いてきた信用は非常時にカタチとなってあらわれているのかもしれない。

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目下、生活に必要なもの除くサービス業に対しては「いまのこの時期に営業しているとはけしからん」という声は根強く、増長した結果ヒステリックな叫びとして飲食店への落書きというような非常識な行動にもあらわれている。観光目的の旅行はまさに不要不急の外出にあたることは多くの人が感じるところだろう。そんな宿泊施設へも向けられそうな声だが、前述のような社会インフラ的な需要もあり、そもそも宿泊業と一括りにできない現実がある。

コロナショック以降、業界では【営業自粛】【営業続行】/【緊急必要な営業続行】【不要不急な営業続行】等々、チェーンや運営会社、施設毎でそれぞれのスタンスが際立っている。法令に違反していない以上は営業していることが“悪ではない”のは当然、考え方も予防の取り組みも施設それぞれである。一方、仮にそこで感染が発生したら施設や運営会社は重い責任と相当の社会的制裁といったダメージを負うことになるのは言うまでもない。

ゲスト側からすると、緊急必要な営業続行、不要不急な営業続行にしても仮に利用するならば、外出して感染するリスクの心配ではなく、出掛ける前にいま自らも感染している可能性はあるのかもしれないという問いと高い意識の下で判断したい。施設としては、営業続行する以上、ゲストとそこで働く(働かざるを得ない)従業員の安全面はもとより精神面も含めたケアも重要だ。

ホテル評論家

1971年生まれ。一般社団法人日本旅行作家協会正会員、財団法人宿泊施設活性化機構理事、一般社団法人宿泊施設関連協会アドバイザリーボード。ホテル評論の第一人者としてゲスト目線やコストパフォーマンスを重視する取材を徹底。人気バラエティ番組から報道番組のコメンテーター、新聞、雑誌など利用者目線のわかりやすい解説とメディアからの信頼も厚い。評論対象はラグジュアリー、ビジネス、カプセル、レジャー等の各ホテルから旅館、民泊など宿泊施設全般、多業態に渡る。著書に「ホテルに騙されるな」(光文社新書)「最強のホテル100」(イーストプレス)「辛口評論家 星野リゾートに泊まってみた」(光文社新書)など。

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忌憚なきホテル批評で知られる筆者が、日々のホテル取材で出合ったリアルな現場から発信する辛口コラム。時にとっておきのホテル情報も織り交ぜながらホテルを斬っていく。

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