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千日手+指し直し228手!持将棋222手!持将棋207手!そして名局232手!叡王戦は歴史的死闘に

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 7月19日。愛知県名古屋市「亀岳林 万松寺」において叡王戦七番勝負第4局▲豊島将之竜王・名人(30歳)-△永瀬拓矢叡王(27歳)戦ががおこなわれました。持ち時間は各1時間。19時30分に始まった対局は23時59分に終局。結果は232手で永瀬叡王の勝ちとなりました。

 これで七番勝負は永瀬叡王の1勝1敗2持将棋(1千日手)となりました。

 第5局は7月23日、東京・将棋会館でおこなわれます。持ち時間は各3時間となります。

 持将棋(引き分け)2局によって生じる第8局、第9局の詳細はこれから決められるようです。

永瀬将棋の集大成のようなシリーズ

 先に対局室に現れ、下座に着いていたのは豊島挑戦者。いつものように和服姿です。

 対して永瀬叡王はスーツ姿で現れました。本日14時開始の第3局では最初だけ和服。途中でスーツに着替え、半袖シャツ姿で熱戦を戦っています。

 19時30分。立会人の森内俊之九段が声を発します。

「定刻になりましたので、挑戦者・豊島竜王・名人の先手番で対局を初めてください」

 両対局者とも「お願いします」と一礼。ダブルヘッダー後半の第4局が始まりました。

 先手番の豊島挑戦者が得意の角換わりを志向したのに対し、後手の永瀬叡王は意表の横歩取り誘導で臨みました。

 豊島挑戦者は横歩を取った後、「青野流」と呼ばれる有力な作戦で進めます。対して永瀬叡王はすぐに4筋に銀を上がりました。これが用意の構想だったようです。

 先日の棋王戦本戦▲豊島竜王・名人-△上村亘五段戦では、後手の上村五段がこの形で勝利を挙げていました。本局は途中までその前例をたどります。

 25手目、豊島挑戦者が中段に飛車を引き、上村戦からは離れます。

 永瀬叡王もまた横歩を取り、角交換、および飛車交換もされ、互いの駒台に大駒の飛車角が乗せられました。横歩取りらしいダイナミックな進行です。

 40手目。永瀬叡王は19分考え、中央に打った角を豊島陣に成り込み香を取ります。対して豊島名人は1分の小考で永瀬陣にと金を作ります。残り時間は豊島31分、永瀬17分。形勢はほぼ互角。時間の消費は永瀬叡王が先行しています。

 時間があればおそらくはいくらでも考えたいと思われる難しい局面。両対局者は決断よく指し進めていきます。

 先手は角銀、後手は金桂香を得る駒交換がおこなわれます。先手は大駒2枚を中段に打ちつけ、後手は飛を手駒のままにしています。微妙にバランスは取れ、形勢はほぼ互角のまま推移していきます。

 夏は半袖シャツ派の永瀬叡王。スーツの上着を脱いで、将棋会館での対局と変わらぬ服装で盤上に集中します。そしてバナナを食べ、栄養を補給して夜戦を戦い抜こうという姿勢を見せます。

 64手目。永瀬叡王は豊島陣二段目に飛車を打ち込み、豊島玉に照準を合わせます。両者ともに残り時間はほとんど残されていない中、いよいよ本格的な終盤戦です。

 65手目。豊島挑戦者は飛車取りに一段目に歩を打ちます。これが相手の攻めを遅らせる軽手。この局面で永瀬叡王は1時間の持ち時間を使い切って、先に一分将棋に入りました。記録係の高橋佑二郎二段の秒読みの声が対局室に響く中、永瀬叡王は成香で歩を取り、飛車筋を通す開き王手をかけます。

 豊島挑戦者はすぐに銀を合駒。残りは5分です。

 71手目。豊島挑戦者はここで持ち時間を使い切りました。そして端に攻防の角打ち。自玉に迫る相手の龍取りであるとともに、遠く永瀬玉をにらんでいます。この角が好手で、永瀬叡王の攻めがスピードダウンしました。

 豊島玉は攻め駒に接触して危ない形ながらも、そう簡単には寄りません。次第に豊島挑戦者よしがはっきりとしてきました。

 もちろん、将棋は一手誤ればあっという間に形勢は入れ替わります。先日の王位戦第2局でも、木村一基王位が優位を築きながら、藤井聡太挑戦者は崩れずに勝負になる順を指し進め、最後は逆転しています。

 永瀬叡王は最善を尽くして豊島玉に迫り続けます。

 ずっと秒を読まれながらも、豊島挑戦者はいつも通りのクールな表情は変わりません。そして優位をキープする指し手も、いつも通りに正確です。

 永瀬叡王の攻め駒はちょうど4枚。

「4枚の攻めは切れない」

 と格言は教えます。しのぎ続ける豊島挑戦者は、どこで反撃に転じるか。

 96手目を指す前、永瀬叡王は両手で頭を抱えました。あわてているようで、さにあらず。そして端に攻防の角を放ち、複雑な局面を維持し続けます。ハイレベルな白熱の終盤戦が延々と続いていきました。

 永瀬叡王が追い込みを見せながらも、形勢は依然豊島挑戦者よし。そしてついに手番を得て、永瀬陣の左辺からだけではなく、右辺にも飛車を打ち込んではさみうちの態勢を目指します。

 104手目。永瀬叡王は秒を読まれる中、盤上中央の角をつかみ損ねます。そしてもう一度つかもうとして手につきません。永瀬叡王を応援する観戦者からは悲鳴が聞かれそうなシーンでした。永瀬叡王はやっとのことで角を手にし、あわてた仕草で豊島陣に角を成り込みます。

 この場面だけを見ると永瀬叡王が追い込まれているようにも見えます。しかし形勢は離れず、依然難しい終盤戦が続いています。さすがは現棋界の序列1位と2位の対戦、というところでしょう。

 107手目。豊島挑戦者は馬取りに金を打ちます。気がつけばこれで盤上3か所に「金底の歩」が現れるという、あまり見たことのないような局面となっています。

 111手目。豊島挑戦者は自陣横に銀を打ちつける受けを指しました。実はこのとき、永瀬叡王の粘りがついに功を奏し、逆転していたのかもしれません。永瀬叡王が馬と角を切って豊島玉に迫ると、一気に危ない形となります。

 秒を読まれながら、永瀬叡王はその寄せの順に踏み込むことができませんでした。馬を逃げ、ここで一瞬生じた逆転のチャンスは去ったようです。

 豊島挑戦者は飛車角交換で急場をしのぎ、貴重な手番を得て再び攻守が逆転しました。

 124手目。永瀬叡王はギリギリまで考え、「9」まで読まれて受けの銀を打ちました。

藤井「おお、あせった! 危ないっすよ。切れちゃう、切れちゃうよ」

加藤「ハラハラする!」

 解説の藤井猛九段と加藤桃子女流三段が思わず声をあげました。

 永瀬叡王は先ほどのようにうまく駒を持つことができなければ時間切れになりそう。やはり観戦者にはひやひやするような場面でした。

 はっきり苦しくなった永瀬叡王。しかし自陣に駒を埋め続け、簡単に土俵を割りません。これぞ永瀬将棋。そして再び豊島挑戦者のミスを誘い、ついにまた逆転模様にまで持ち込みました。

 今度は豊島挑戦者が延々と粘り続けます。ふと思い返せば、本局がおこなわれる前、両者は207手の持将棋局を指していたのでした。

「終わらないね、この二人の将棋はしかし」

 解説の藤井猛九段はそううなりました。

 豊島挑戦者は自陣に金銀を打ちつけ続け、気がつけば金銀6枚が存在しています。

 そして今度は永瀬叡王が誤ったようです。豊島挑戦者が馬取りに桂を打ちつけたのに対して、永瀬叡王は慎重に馬を逃げました。ここでも馬を切っていけば豊島玉は寄り筋だったようです。

 延々と秒読みが続き、均衡の取れた形勢が続いたあと、最後は一手のうちに形勢が大きく揺れ動く、いわゆる「指運」(ゆびうん)の最終盤となったようです。これが人間同士の戦いでしょう。

 170手を超え、勝敗不明。

 184手目。永瀬叡王は豊島陣の歩頭に桂を跳ねました。目がくらみそうな攻め。観戦者にはもうずっと、なにがなんだかわかりません。このあたりでまた流れは永瀬叡王に傾いた・・・のでしょうか。よくわかりません。

 持ち時間各1時間で19時30分に始まった対局が、なぜ23時を過ぎても続いているのか。強い者同士が指すと将棋は終わらないというのは将棋界の経験則です。しかしここまでの死闘が続くシリーズは、かつてあったでしょうか。

 197手目。豊島名人は馬取りに銀を打って自陣を強化し、抵抗を続けます。ここは馬を切っていけば決まっていたのかもしれません。永瀬叡王は馬を逃げます。形勢はまた巻き戻りました。

 第2局、222手。第3局、207手。そして第4局も200手を超えました。筆者は不勉強にして調べたことはないのですが、同一対局者の対戦で、3局続けて手数が200手を超えたことは、かつてなかったのではないでしょうか。

 最後に抜け出したのは永瀬叡王でした。中段に泳ぎだした永瀬玉は桂3枚に包囲されながらもつかまりません。一方、頑強な抵抗を続ける豊島玉のまわりからは、1枚1枚、駒がはがされていきます。

 232手目。永瀬叡王は角を打って王手をします。これで豊島玉は、ついに詰みとなります。

 豊島挑戦者が頭を下げ、ついに死闘に幕がおろされました。将棋界の頂点を争う二人が作り上げた、これぞ人間同士の名局と言ってもいいのではないでしょうか。

 そしてこの番勝負。永瀬叡王にとっては、努力と忍耐の将棋人生の集大成ともいうべきシリーズになってきたようにも思われます。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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