「一人ぐらいいいでしょ」 性的マイノリティーへの「アウティング」と闘う
6月12日、職場の上司から自身の性的指向について同意なく一方的に暴露(アウティング)され体調を崩した20代のAさんと彼を支援するNPO法人POSSE、Aさんが加入する総合サポートユニオンが、厚生労働省で記者会見を行った。
会見前には、勤務先の所在地で、アウティング禁止条例が定められている豊島区に対して救済の申し立ても行われた。
「人権侵害」としての「アウティング」
「アウティング」は、被害者を自殺にさえ追い込む深刻な人権侵害行為である。
その深刻さが社会的に認知される上で、2015年夏に一橋大学のロースクール生が同級生から一方的に性的指向を暴露され、校舎から飛び降りて自死した事件が大きな契機となった。
その後、一橋大がある東京都国立市では、2018年、アウティング禁止を盛り込んだ条例が全国で初めて施行されたが、近年、自治体でのアウティング禁止条例が広がりつつある。また、都道府県として初めて、三重県がアウティングの禁止を条例で定める方針だとも報道されている。
さらに、今月1日に施行された「パワハラ防止法」においては、アウティングはパワーハラスメントとみなされ、防止策の策定や啓発活動、アウティングが起こってしまった際の再発防止対策などが企業へ義務付けられるなどもしている。
【参考】「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号)」
しかし、上記のような法制度の整備が進む一方で、現場でのアウティング被害は後を絶たない。社会的な差別に加えて、特に職場では、労働者と使用者の権力関係の中でより声を上げづらくなるからだ。
今回は、そのような何重にも困難な状況の中で、職場で「アウティング」に対して声を上げた労働者の事例を紹介していこう。
「パートナーシップ」を結び職場へもカミングアウト
Aさん(20代・男性)は、2019年5月に中途採用で営業職として東京都豊島区にある朝日生命代理店の「イデアルパートナー」へ営業職として入社した。
入社前からAさんは豊島区のパートナーシップ制度を利用し、同性のパートナーと名実ともに結ばれていた。2019年5月の入社面談の際に、労働契約書に緊急連絡先を書く必要があり、親族とは離れていたためパートナーの名前をAさんは記載することになった。その際に、パートナーシップを結んでいる旨を社長、上司に説明した。
当時のAさんは、パートナーシップ制度を利用したという安心感もあり、パートナーシップ証明書のコピーも渡したという。これが職場においては初めてのカミングアウトだった。
そして、カミングアウトの際の約束として、Aさんが同性愛者であることは業務上知る必要性の高い正社員にのみ、Aさん自身から自分のタイミングで伝えると取り決めた。その一方で、パート労働者には伝えないということを確認していた。
「俺が言っといたんだよ。一人ぐらい、いいでしょ」と突然のアウティング
しかし、1ヶ月たった2019年6月中旬頃から、Aさんがパート労働者に何度話かけても無視をされるなど、Aさんに対する態度が急変した。突然のことに、Aさんは事態を理解できなかった。
ちょうど同じ頃に、入社時面接の時にも同席していた直属の上司から2人きりの飲み会に誘われた。そこで、Aさんは上司から「同性愛者のパートナーが居ることを、パートに言った。自分から言うのが恥ずかしいと思ったから、俺が言っといたんだよ。一人ぐらい、いいでしょ」と笑いながら告げられたという。
謝罪などは一切なく、その時はあまりの衝撃にAさんは言葉を失ってしまった。そして、Aさんは上司がアウティングをしたためパート女性の態度が変わったことを理解した。そのパートの女性は2019年7月初旬に退職した。
その一件以降、Aさんは上司を信用できず必要最低限の業務上のやり取りをするのみとなり、それ以上のコミュニケーションを取れなくなってしまった。それにより、上司との関係性も悪化、もともとあった上司の暴言がエスカレートするなどしていった。
2019年7月中旬頃から、電話で「ふざけるな」「ばか」「頭悪い」「いい加減にしろ」と暴言を繰り返し言われ、営業会議でAさんが上司の意見に対し発言した際、右頬を叩かれるなど暴力まで受けるようになった。
結局、アウティングを契機とした様々なパワハラ行為により、Aさんには、動悸、悪寒、震え、対人恐怖、不眠の症状が生じ、電車に乗る事も出来なくなってしまった。「他の社員にも上司が自分の性的指向を広めているのではないか」と不安に感じ、会社に行くのが恐くなり体が動かなくなってしまったという。
Aさんは社長へ相談し改善を求めたが、労働環境は改善されなかった。会社が問題に対応しないこと、心身ともに限界を感じたこと、自殺念慮が生じたこと等から、2019年11月にAさんが精神科を受診した。その結果、精神疾患の診断がなされ、同年11月末以降現在まで休職をしている。
アウティングは「良かれと思ってやったこと」という会社の主張
心身ともに限界だったAさんだが、パートナーのサポートもあり、「こんな理不尽なことは納得できない」という想いが生まれてきたという。相談機関を探したところ、筆者が代表を務めるNPO法人POSSEを見つけ、その後、総合サポートユニオンに加入。団体交渉で改善を求めることを決意した。
団体交渉は2020年3月と5月に2回ほど行った。アウティングに関する会社側の主張は、「本人の同意なく上司がパートへ言うというアウティング行為は認めるが、Aさんが職場でオープンにしていきたいという意向があったので、良かれと思ってやったことだ」というものだった。
現時点では、労働災害の申請への協力も明言しておらず、謝罪や賠償、再発防止策の策定などにも応じていない。上司のその他パワハラ行為についても、事実を認めていない状況だ。
会社は、本人が「オープンにしていきたいという意向があった」と主張しているが、その前提となるはずの、セクシャルマイノリティに関する研修等を社内では行っていなかった。また、当然だがアウティングは「善意」かどうかは関係ない行為である。
豊島区へ条例違反を申し立て、本社前での宣伝行動も
交渉だけでは埒が明かないと思ったAさんと支援者は、「行動」にでることにした。今回のアウティング行為が豊島区の条例違反であったため豊島区へ申し立てることにしたのだ。
豊島区の「男女共同参画推進条例」には、「本人の同意なく性自認や性的指向を公表してはならない」と記したアウティングの禁止条項がある。
豊島区男女共同参画推進条例
第7条 何人も、家庭、職場、学校、地域社会などあらゆる場(以下「あらゆる場」という。)において、性別等による差別的取扱いその他の性別等に起因する人権侵害を行ってはならない。
第7条の6 何人も、本人の同意なくして性自認又は性的指向を公表してはならない。
Aさんらは、12日に豊島区男女平等推進センターへ会社に対して指導を求めるとともに、今後の被害抑制のため、区内職場でのアウティング被害実態調査や、アウティング問題についての啓発・研修活動、アウティングをした企業名の原則的な公表などを求めて申し立てをした。
センター側は所長が対応し、「アウティングはあってはならないこと。区としても遺憾に思い、大変残念なこと。重く受け止める」と回答があった。
アウティング被害に関する個人の救済の申し立ては、今回が豊島区では初めてのことだという。制度が作られた一方で、いまだに具体的な救済申し立てへはつながりにくい現状も明らかとなった。
豊島区への申し立て後、Aさんは、直接会社へ抗議をすべく、本社前での宣伝行動を実施した。不誠実な対応をする会社に対して宣伝行動をすることは、団体行動権として労働組合法上認められた正当な権利である。「労働者としての権利」を生かすことで、性的マイノリティーへの差別に立ち向かうことができるというわけだ。
本社前に多くの組合員が集まり、会社の問題が書かれたチラシを配布、通行人にわかりやすいようにパネルも作成し掲げてアピールした。そして、仲間の組合員や支援者が会社に対してもマイクを握って抗議の声をあげた。
職場でのセクシャルマイノリティに対する差別をなくしたい
「アウティングがどれほどマイノリティを傷つけるかを知ってほしい。他の人に同様の経験をして欲しくない」とAさんは訴える。様々な困難な中、会社に対して立ち上がったAさんの戦いは、多くの声を上げられないセクシャルマイノリティに勇気を与え、権利の向上につながる行動となっているだろう。そして、それは労働NPOや労働組合につながったからできたことでもある。
Aさんと同様の問題を抱えている当事者の方は、ぜひ、最後に記載した労働NPOや労働組合に相談をしてほしい。また、マイノリティの労働問題を学びたい、改善の取り組みに関わりたいという方は、両団体はボランティアも募集しているので、ぜひ一度、このような差別をなくす取り組みに参加をしてみてほしい。一人ひとりの行動が、より良い社会を作っていくことになるだろう。
最後に、今日・明日でセクシャルマイノリティ向けの無料労働相談ホットラインも開催するので、ぜひ相談をしてみて欲しい。
日時:6月13日(土)、14日(日)13時~17時
番号:0120-987-215(通話料・相談料無料、秘密厳守)
主催:特定非営利活動法人POSSE
無料労働相談窓口
03-6699-9359
soudan@npoposse.jp
*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが法律や専門機関の「使い方」をサポートします。
03-6804-7650
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*個別の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。
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