メタ(旧フェイスブック)が主導の仮想通貨(暗号資産)『ディエム計画』が頓挫した理由
米メタ(旧フェイスブック)が主導する仮想通貨(暗号資産)「Diem(ディエム)」(旧リブラ)の運営団体ディエム協会は31日、仮想通貨の決済システムなどの資産を米銀行持ち株会社のシルバーゲート・キャピタルに売却すると発表した。米金融当局との協議の結果、ディエムの発行は困難と判断した。2019年の計画公表以来、各国金融当局から猛反発を受けてきたディエム計画は事実上、頓挫した(2月1日付毎日新聞)。
米国のフェイスブック(当時)が主導していたデジタル通貨の「リブラ(Libra)」は、2020年12月1日にその名称を「ディエム(Diem)」と変更すると発表した。
リブラの当初の構想時はバスケット型ステーブルコインとなり、複数の国の通貨(USD/EUR/GBP/JPY)を担保にする予定だったものの、2020年4月にドルなど単一通貨を裏付けとして発行するという方針に転換した。どうしてこのような修正を迫られたのか。
その理由を探る上で参考となりそうなものがある。中国政府によるアリババ・グループへの規制強化の事例である。中国当局にとり、アリババのスマホ決済アプリ「支付宝(アリペイ)」が国有銀行を脅かし、さらに中国政府が進めているデジタル人民元の普及に対し、アリペイなどのスマホ決済アプリが障害となると見なされた可能性がある。
このように政府当局があらたな金融取引手段に脅威を覚え、それを規制するような動きとなったのは中国に限らない。それがフェイスブックが主導し計画された「リブラ」でも同様にあった。
フェイスブックが計画していたリブラは、ステーブルコインと呼ばれる法定通貨を裏付けとしたデジタル通貨となる。フェイスブックのアクティブユーザーは24億人とされる。フェイスブックを通じ、世界中でその利用を拡大させることを目的とした。
2019年11月に正式に設立されたリブラ協会には、PayPalやMasterCard、VISAなどの名だたる企業が参加すると発表された。これを受けて、リブラ構想が実現し、本格的なデジタル通貨が世界中で普及するのではとの期待が強まった。しかし、それに対して米国をはじめとして世界中の規制当局からの反発を招くことになる。
デジタル通貨は金融サービスを大きく変えるものとされる。それは既存の金融機関にとっては脅威となる。さらにフェイスブックやグーグルなどをみても、ひとつのプラットフォームがその市場を寡占もしくは独占する可能性も高い。
リブラ構想に対して各国政府から、ある程度の規制・監督を行い、金融の安定性にリスクを及ぼさないことが確認できるまで、すべての開発を中止するよう求められた。
その結果として、リブラ協会から主力企業ともいえたPayPal、MasterCard、VISA、Airbnb、Uber、ebayなどの企業は退いた。2020年4月に複数の法定通貨バスケットではなく、単一の法定通貨あるいは資産に裏づけられたステーブルコインを複数発行すると発表したのである。さらにリブラという名称まで変更し、「ディエム」とした。当初の勢いは完全に失った。
なぜ名称を変えたのかについて、リブラ協会の初代CEOに就任したスチュアート・リービー氏は、名称の変更は世界中の規制当局には受け入れが難しかった初期の構想と結びついていたからだと思うと述べていた。
民間のデジタル通貨に対して、中央銀行が発行するデジタル通貨が存在するが、リブラの登場はこの中央銀行デジタル通貨(Central Bank Digital Currency、CBDC)の発行を急がせる要因ともなった。
中国は昨年10月にハイテク都市の深センを皮切りにデジタル人民元の大規模な実証実験をスタートさせた。デジタル人民元とは、中央銀行デジタル通貨と呼ばれるものとなり、それ自体が法定通貨となる。中国は電子決済の割合が高い国であるとともに、現金そのものの使用度は比較的低く、デジタル通貨の発行に積極的と言われる。
リブラそのものの普及についても、携帯電話の普及は進みながら、銀行口座を持っていない新興国の人たちの利用を想定したものであった。
日本についてはどうか。日銀は以前、「中央銀行デジタル通貨に関する日本銀行の取り組み方針」を公表した。この要旨の最初に下記のようにあった。
「情報通信技術の急速な進歩を背景に、内外の様々な領域でデジタル化が進んでいる。技術革新のスピードの速さなどを踏まえると、今後、中央銀行デジタル通貨に対する社会のニーズが急激に高まる可能性もある。日本銀行では、現時点でCBDCを発行する計画はないが、決済システム全体の安定性と効率性を確保する観点から、今後の様々な環境変化に的確に対応できるよう、しっかり準備しておくことが重要であると考えている」
中銀デジタル通貨の特性として、強靭で安全であること、無償あるいは低コストで利用できること、適切な基準や明確な法的枠組みに支えられていること、民間が適切な役割を負い、競争や革新性が促されることなどが挙げられる。
既存の金融システムとそれを支える金融機関への影響を考えると、民間のデジタル通貨やアリババのオンライン金融商品、余額宝などは脅威でしかない。このために中国政府はアリババの規制強化を進めるとともに、深センを皮切りにデジタル人民元の大規模な実証実験をスタートさせたといえよう。
つまり、デジタル人民元の発行については、既存の特に四大銀行を守るために発行されるものとの見方もできる。中央銀行である中国人民銀行が直接にCBDCを発行するのではなく、中銀と銀行を通じた二段階構造となっていることもそれを示している。
日本銀行が想定しているCBDCも、中央銀行が全的な枠組みを管理するとともに、銀行等の金融仲介機関が利用者とのインターフェース部分の改善に取り組むことを想定している。個人が日本銀行に口座を持ち、それを日銀が管理運用するというのは現実的ではない。あくまで発行体は日銀ながらも、その管理運用については既存の金融機関が行うことを想定している。
これに対して「ディエム」などの民間デジタル通貨は既存の民間金融機関をスルーする格好となる。そうなるとこれまで築き上げてきた金融システムそのものに大きな脅威となる。
現金とは「誰もがいつでも、どこでも、安全、確実に、そして、安価に利用できる決済手段」であるとしている。それを支えているのが金融インフラの根幹を担う中央銀行を中心とした金融システムとなる。通貨については、誰もがいつでも、どこでも、安全、確実に、そして、安価に利用できるという大前提が存在する。
これを民間ベースで提供することはかなりの困難を伴う。ましてや、顧客情報の流出問題を起こしていたフェイスブック(現メタ)に対しては、リスクを意識せざるを得ない。結果としてディエム計画は事実上、頓挫した。