Yahoo!ニュース

“ピアノの詩人”加古隆「コンサートは音楽の究極の形。かけがえのない時間」

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
Phito/GEKKO

結成10周年記念コンサートでは、「映像の世紀」の音楽を新たに組曲し、代表曲、新曲と共に披露する

そのドラマティックかつ抒情的で美しい音色から“ピアノの詩人”と評される、日本を代表するピアニスト・加古隆。1973年フリージャズのピアニストとしてデビューし、クラシック、現代音楽、ジャズの要素を包含した独自の音楽スタイルを確立。ピアノソロ曲からオーケストラ作品まで、幅広い分野の作品、映画音楽、テレビ、ドキュメント映像の音楽を手がけている。

現在は『加古隆クァルテット結成10周年記念コンサート~組曲「映像の世紀」~』を行なっているが、12月24日(金)東京・Bunkamuraオーチャードホールでファイナルを迎える。タイトル通り加古の代名詞にもなっているNHKスペシャル『映像の世紀』の音楽を新たに組曲にし、演奏する。加古にこのコンサートについて、クァルテットの面白さについて、さらにコロナ禍を経て音楽家として改めて感じたことなどをインタビューした。

『加古隆クァルテット結成10周年記念コンサート~組曲「映像の世紀」~』は第1部は、映画『大河の一滴』、ドラマ『白い巨塔』などのテーマソング他、加古の代表曲を披露する“ベストメロディー・セレクション”、第2部は「パリは燃えているか」を始めとして「映像の世紀」の音楽から12曲を組曲にして演奏する。またコロナ禍で自粛生活が続く中で制作した、カルテット10周年を記念した新曲「ハ短調(幻影)」も初披露される。「10周年記念のお祝いというより、区切りの年なのでこれからも残っていく曲を書きたいと思いました」という新曲は、相川麻里子 (ヴァイオリン)、南かおり(ヴィオラ)、植木昭雄(チェロ)という不動のメンバーと10年かけて紡いだ豊潤な音を堪能できる。

「カルテットの理想は、4人がひとつの生き物のように呼吸をすること」

「長くやってきたから必ず成熟した音になるとは限りません。やはり一人ひとりの普段からの心がけだと思います。それぞれが成長して、4人で長いアンサンブルの時間を過ごして、お互いの気持ち、性格を理解して、そういうことも全部含めて音を作っていくので、僕達はますます息がピッタリになってきていると思います。僕の理想は4人がひとつの生き物のように呼吸すること。そうしようと心がけるのではなく、音を聴き合いながら演奏することで、そうなっていくものです。それはやはり長い時間一緒にやっていないとできないと思います。このカルテットはそういうゾーンに入っていると思います」。

それぞれが技術だけではなく、内面から湧き出るものをきちんと音に映し出す力を持っているからこそ、このカルテットの音は、まるでオーケストラのような広がりを感じる豊かな響きになっている。

「お互いがリスペクトし合っているという部分がベースになって、そして僕の音楽を愛してくれているということが大きいと思います。それがあるからここまでやってこれたのだと思い、感謝しています」。

「譜面を尊重し体の中に入れた上で、譜面に囚われるなと時々言っています」

譜面は存在するが、まるで魂と魂とのセッション――譜面の先にあるものをつかみに行く。それが聴き手の感情を揺さぶる。このカルテットの演奏を観、聴いているとそう感じてしまう。これは加古がジャズピアニストとしてトリオ(ドラム、ベース)を組んでいた経験も大きく影響しているのだろうか。

「若い時は僕と白人、黒人という多様性のあるピアノカルテットをやって、お互いを“ブラザー”と呼びながらセッション楽しんでいました。演奏している時に、打合せをしていなくても次にやりたい曲がわかります。これがジャズでの体験で、クラシックのカルテットというのはまた違いますが、でも原点としては同じような形でのアンサンブル、それが僕が好きなスタイルなんです。だからそこはクラシックであろうとジャズであろうと関係ない。そういうところに辿り着けると思い、結成したのが今のカルテットです。譜面があるかないかは確かに大きな問題だし、譜面を尊重して体の中に入れ欲しいのですが、僕は譜面に囚われるなと時々言っています。僕がいつもと違う弾き方をしていてもそれに乗って、合わせてくれるのが今のメンバーです」。

「カルテットの立ち位置も音の響き方に影響している」

加古隆クァルテットのコンサートでのメンバーの立ち位置も、音の響き方に影響している。横並びでヴァイオリンとチェロは立って演奏するという、“通常”のカルテットのスタイルとは違う。

『QUARTET Ⅲ 組曲「映像の世紀」』(5月19日発売)
『QUARTET Ⅲ 組曲「映像の世紀」』(5月19日発売)

「カルテットというのは、基本的にはピアノ対弦楽器という位置づけで、でも僕はそういう風に見ていなくて、ひとり一人が自分の世界を出して欲しいし、ひとつにもなって欲しい。そう考えるとクラシカルな立ち位置とは違うほうがいいと思いました。この並び方はものすごく考えました。立って演奏をする方が音を全身で感じることができますが、アンサンブルは難しくなります。でも一人ひとりの音をはっきり聴きたいんです。先ほどおっしゃっていただいた、カルテットなのにオーケストラのような広がりを感じる音というのも、立ち位置が影響していると思います。女性二人が両サイドに立って弦を弾いている姿は、視覚的にも美しいです」

「コンサートは演奏者と聴き手がその瞬間、その時間を一緒に生きるかけがえのない時間」

コロナ禍でこのコンサートも2度延期になった。この2年で音楽家として思いを新たにしたことはあったのだろうか。

「僕はコンサートは音楽の究極の形だとよく言っています。演奏者と聴く人が、その瞬間、その時間を一緒に生きるかけがえのない時間なんです。それができなくなって、改めてコンサートがどれだけ大切で、かけがえがないものかということを実感しました。そういう思いを抱いて過ごしてきたので、これから音を出すときには、また違った感情が音に乗り、それを感じていただけるかもしれません。人生の中で一番大きな出来事は“生と死”です。例えば身内や親しい人の死を体験して、その気持ちが生々しく生きている時というのは、不思議ですが出る音がやっぱり違います。それは違うように聴こうと思ったからそう聴こえるのではなくて、自分の心の状態と、その場、空間に満ちている気がどういうものであるかということも関係してきます。これが音楽の不思議なところであり、面白いところでもあります」。

「ソロコンサートも大切にしたい」

加古はソロコンサートも40年以上続けている。

「ピアノソロを大切にしている理由は、ピアノソロを始めたことがきっかけで、色々な音楽が生まれて今の僕があるからです。ライフワークにしたいし、すべきだなと思っています」。

最後に「感動が人間にとって一番の勇気や元気の源」と教えてくれたが、世界的なパンデミックで、世界中が不安な空気で覆われている今、加古の音楽が光となって、多くの人の心を潤し、温めてくれる。

※「隆」は旧字体、「生」の上に「一」が入ります。

加古隆オフィシャルサイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

田中久勝の最近の記事