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コロナ禍で減っている感染症と変わらない感染症 その要因を感染症専門医が考察

忽那賢志感染症専門医
(写真:つのだよしお/アフロ)

新型コロナの流行に伴い、コロナ以外の疾患も影響を受けています。

コロナがコロナ以外の疾患に与える影響」では、コロナによる心筋梗塞、院外心停止、がん、死産、などへの影響をご紹介しました。

今回は日本国内の、コロナ以外の感染症への影響について紹介します。

感染症の感染経路について

感染症の感染経路(日本医師会 COVID-19有識者会議 「新型コロナウイルス感染症制御における「換気」に関して」より)
感染症の感染経路(日本医師会 COVID-19有識者会議 「新型コロナウイルス感染症制御における「換気」に関して」より)

感染症の感染経路は主に3つで「接触感染」「飛沫感染」「空気感染」に大別されます。

コロナは「接触感染」と「飛沫感染」が主要な感染経路ですので、コロナの流行以降、手洗いやマスク着用などの感染対策を行なってきました。

これにより、他の接触感染で広がる感染症や飛沫感染で広がる感染症にも効果が期待されます。

これらの感染症について、今年のこれまでの流行と昨年の流行とを比較してみましょう。

飛沫感染で広がる感染症は激減している

国立感染症研究所から毎週報告されている「感染症発生動向調査週報」を見ると、コロナ以外の感染症の流行状況を知ることができます。

インフルエンザが例年に比べて今シーズンは少ないことは皆さんご存知のことと思いますが、これは国民のコロナ対策の徹底によるものではないかという見方があります。

それでは、コロナと同じく飛沫感染する他の感染症はどうでしょうか。

マイコプラズマ肺炎の過去10年の定点当たりの報告数(IDWR 2020年 第41週より)
マイコプラズマ肺炎の過去10年の定点当たりの報告数(IDWR 2020年 第41週より)
RSウイルス感染症の過去10年の定点当たりの報告数(IDWR 2020年 第41週より)
RSウイルス感染症の過去10年の定点当たりの報告数(IDWR 2020年 第41週より)
A群溶連菌性咽頭炎の過去10年の定点当たりの報告数(IDWR 2020年 第41週より)
A群溶連菌性咽頭炎の過去10年の定点当たりの報告数(IDWR 2020年 第41週より)

マイコプラズマ肺炎、RSウイルス感染症、A群溶連菌性咽頭炎といった飛沫感染する感染症は軒並み激減しています。

いずれも飛沫感染によって感染する感染症ですが、コロナに対するユニバーサルマスク、咳エチケットなどの飛沫感染対策が功を奏しているものと考えられます。

またこれらの気道感染症に感染することがきっかけになる喘息発作も海外では減少しているとの報告が海外からは出ており、私も周囲の呼吸器内科医や小児科医からは同様の傾向を伺っています。

麻しん・風しん・おたふくかぜ・水ぼうそうも減少

麻しん・風しん・おたふくかぜ・水ぼうそうはワクチンで予防可能な感染症であり、麻しんと水ぼうそうは空気感染、風しんとおたふくかぜは飛沫感染で広がる感染症です。

麻しん・風しん・おたふくかぜ・水ぼうそうの2019年と2020年との比較(いずれも第41週までのIDWRでの報告数の比較 おたふくかぜと水ぼうそうは定点報告数)
麻しん・風しん・おたふくかぜ・水ぼうそうの2019年と2020年との比較(いずれも第41週までのIDWRでの報告数の比較 おたふくかぜと水ぼうそうは定点報告数)

風しんは2018、2019年と大流行していたので単純に比較はできないかもしれませんが、少なくとも2019年の同時期までと比較していずれの疾患も大幅に感染者が減っています。

ちなみに今年これらの感染症が流行っていないからといって安心して良い訳ではありません。

2回のワクチン接種歴が確認できない方は、流行していない今のうちにワクチンを接種しておきましょう。

接触感染で広がる感染性腸炎も減少

ノロウイルス感染症などの、触ったものから広がる(接触感染)感染症はどうでしょうか。

感染性胃腸炎はノロウイルス、ロタウイルスなどのウイルスが多くを占めます。

感染性胃腸炎の過去10年の定点当たりの報告数(IDWR 2020年 第41週より)
感染性胃腸炎の過去10年の定点当たりの報告数(IDWR 2020年 第41週より)

感染性胃腸炎についても、例年と比べて報告数が激減しています。

これもコロナに対する感染対策が効果を上げている可能性が考えられます。

ちなみに、接触感染はほとんどなく食事を介して感染する腸管出血性大腸菌感染症についても、2019年の41週時点で3113例であったのに対し2020年41週では2418例と減っているため、コロナによって外食が減った影響などにより食事を介した感染症も減っているのかもしれません。

性感染症は変わらない

一方で、コロナ禍でも減っていない感染症もあります。

性感染症は過去10年と比較しても減っているとは言えないようです。

淋菌感染症の過去10年の定点当たりの報告数(IDWR 2020年 第37週より)
淋菌感染症の過去10年の定点当たりの報告数(IDWR 2020年 第37週より)
性器クラミジアの過去10年の定点当たりの報告数(IDWR 2020年 第37週より)
性器クラミジアの過去10年の定点当たりの報告数(IDWR 2020年 第37週より)

淋菌感染症、性器クラミジア、尖圭コンジローマ、性器ヘルペスなどの性感染症は例年と同等の報告数です。

少なくとも一時期は人との接触が大幅に減っていたはずですので、性感染症も減っていることを期待していましたが、そうでもないようです。

可能性としては、性感染症のハイリスク層はコロナ禍においても行動様式はあまり変わっていないのかもしれません。

梅毒・HIV感染症の2019年と2020年との比較(いずれも第41週までのIDWRでの報告数の比較)
梅毒・HIV感染症の2019年と2020年との比較(いずれも第41週までのIDWRでの報告数の比較)

一方で、梅毒とHIV感染症は2019年と比較して減少しています。

保健所ではこれまで梅毒やHIV感染症などの検査を無料で行っていましたが、コロナ関連の業務に圧迫されこうした性感染症対策が一時的に休止を余儀なくされている保健所もあるようです。

淋菌や性器クラミジアなどの他の性感染症は変化していないにもかかわらず、梅毒とHIV感染症が減少しているのは、保健所やクリニックでのスクリーニング検査数が減少していることによるものかもしれません。

診断が遅れて周囲に感染を広げないために、性的活動性の高い方は、クリニックなどで定期的に検査を受けるようにしましょう。

輸入感染症は激減している

海外からの旅行者数(日本政府観光局 (JNTO) 発表統計よりJTB総合研究所作成)
海外からの旅行者数(日本政府観光局 (JNTO) 発表統計よりJTB総合研究所作成)

入国制限などにより国を跨いだ人の移動が大きく減っており、4月から8月まで5ヶ月連続で前年比99%減となっています。

その影響で、海外から持ち込まれる感染症も激減しています。

私は元々輸入感染症が専門なのですが、今年はマラリアやデング熱といった輸入感染症を診療する機会がほとんどありません(少し寂しい)。

日本全体での変化を見てみましょう。

マラリア・デング熱の2019年と2020年との比較(いずれも第41週までのIDWRでの報告数の比較)
マラリア・デング熱の2019年と2020年との比較(いずれも第41週までのIDWRでの報告数の比較)

やはり・・・代表的な輸入感染症であるマラリア、デング熱が激減しています!!!(なぜかここだけ過剰反応)

これらの感染症に罹患する人が減ったという意味では良いことですね。

しかし、いずれまた海外との往来が増えれば、これらの感染症も増加するかもしれません。

これから海外旅行に行くという方はまだまだ少ないと思いますが、海外では日本に常在しない、ワクチンや薬で予防可能な疾患が流行しています。

特に熱帯・亜熱帯地域への海外渡航前には予防相談をするようにしましょう。

ダニ媒介感染症は変わらず

日本国内にはダニに刺されることで感染する感染症が存在します。

代表的なものとして、日本紅斑熱、ツツガムシ病、重症熱性血小板減少症候群(SFTS)などがあります。

日本紅斑熱、ツツガムシ病、SFTSの2019年と2020年との比較(いずれも第41週までのIDWRでの報告数の比較)
日本紅斑熱、ツツガムシ病、SFTSの2019年と2020年との比較(いずれも第41週までのIDWRでの報告数の比較)

ダニ媒介感染症は明らかには減少していません。

ダニに刺されることが多いのは農作業や登山などの田園・森林地帯ですが、コロナはこうしたダニに刺されるリスクのある生活にはあまり影響を及ぼさなかったようです。

ダニに刺されることを防ぐためにはDEETやイカリジンなどを含む虫除けを露出した皮膚に塗布することが重要です。

厚生労働省による気合いの入りすぎたダニ媒介感染症啓発ポスター
厚生労働省による気合いの入りすぎたダニ媒介感染症啓発ポスター

コロナ禍での感染症疫学の変化をどう捉えるか

昨年と今年の感染症の増減について紹介しました。

呼吸器感染症や感染性胃腸炎など飛沫感染、接触感染によって広がる感染症は、コロナへの感染対策によって減少したと考えられます。

ワクチンや特効薬のない感染症も含めて、人々の行動が変わることでこれだけ感染症の流行に変化があることは驚くべき事実です。

一方で、減らなかった感染症については、減少のためには別のアプローチが必要ということになります。

こうしたコロナ禍における感染症の疫学の変化は、コロナ禍が終わった後の感染症対策に活かすことが期待されます。

感染症専門医

感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。本ブログに関する問い合わせ先:kutsuna@hp-infect.med.osaka-u.ac.jp

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