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Googleの人工知能(AI)「Alpha Go」と「人間の脳」の発達を促す「囲碁」

佐藤仁学術研究員・著述家
(写真:アフロ)

Googleは2016年1月末に人工知能(AI)「Alpha Go」が欧州チャンピオンのプロ棋士に勝利したことを英国の科学誌「ネイチャー」に論文として掲載し、囲碁界のみならず関係者に大きな衝撃を与えている。2016年3月には韓国の世界的トッププロ棋士でであるイ・セドル棋士と100万ドルの賞金をかけて対局することが発表され大きな注目を浴びている。

ここでは人工知能による「Alpha Go」と従来のコンピュータ囲碁の違い、Googleの人工知能の狙いは何か、また「囲碁」あるいは社会に与える影響は何だろうか。

人工知能(AI)を活用した「Alpha Go」、欧州チャンピオン棋士に勝利

これまでもコンピュータ囲碁はプロ棋士とも対戦してきており、4子から3子のハンディキャップ対戦するところまで急速な進歩を遂げてきたが、プロ棋士に追いつくまでは10年以上かかるのではないかというのが大方の見方であった。それだけに今回のニュースはプロ棋士の間では「黒船」が到来したということで大きな衝撃を与えている。

「Alpha Go」は人工知能(AI)のディープラーニング(深層学習)の手法を活用しているといわれるが、開発した英国のベンチャー企業Deep Mind社はチェスの天才少年と呼ばれたDemis Hassabis氏らが2010年に創業し、2014年1月にGoogleが4億ドル以上で買収した会社である。

「Alpha Go」の人工知能(AI)は対局すればするほど学習が深化し、過去3回欧州チャンピオンとなったことがあるプロの棋士Fan Hui氏と2015年10月にロンドンで対局し、5対0で勝利した。人工知能(AI)がプロ棋士に勝利したのは世界初だったことから、関係者に与えたインパクトは大きく、日本でもマスコミに大きく取り上げられた。

人工知能(AI)「Alpha Go」

囲碁には着手の選択肢が無限に近く、チェスが10の120乗、将棋が10の220乗に対し、囲碁は10の360乗のパターンがあると言われている。これら無限大に近い囲碁の着手パターンを「Alpha Go」は画像認識の技術を加え、深層学習することによって、一挙にプロ棋士に勝利するまで進化を遂げた。

Googleは今回の人工知能(AI)による囲碁への取組について「囲碁が非常に魅力的である理由は、その複雑さにある」とコメントしている。Googleによるとコンピュータが初めて攻略したゲームは1952年の三目並べで、次いで1994年のチェッカーだった。そして1997 年にディープブルーがチェスでガルリ カスパロフを破った。IBM のワトソンは 2011 年に「ジェパディ!」でチャンピオン 2 人に勝利し、Google のアルゴリズムは 2014 年に複数の Atari ゲームを攻略していた。しかし人工知能(AI)にとって囲碁は、その着手数の膨大さから対応困難を極めており、その実力はアマチュアレベルにとどまっていたが、開発を重ねた「Alpha Go」は最先端のコンピュータ囲碁プログラムとトーナメント形式で対戦し、500 戦中499 勝を納めるまでに発達し、ついに今回ようやくプロ棋士を超えるレベルまで達した。

「Alpha Go」の人工知能(AI)は、碁盤自体を入力と見立て、その情報を数百万のノードからなる 12 層構成のニューラルネットワークで処理しており、1 つ目の「ポリシーネットワーク」が次の手を決定し、もう 1 つのニューラルネットワーク「バリューネットワーク」が勝者を予測する。Googleではこのニューラルネットワークを、囲碁の棋士たちによる 3,000 万を超える打ち手の学習を通じて精度を高め、57%の確率で次の手を予測することが出来るようになった。なお「Alpha Go」が登場するまでの記録は 44%だったことから、予測の精度は大きく向上した。

そして2016年3月には「Alpha Go」は世界最高と言われている韓国プロ棋士イ・セドル氏とソウルで対局を行うことを明らかにし、その対局の模様はYouTubeでライブ中継される予定である。

勝敗の行方については日本のプロ棋士の間でも大きく意見が分かれている。欧州チャンピオン棋士との対局棋譜を見た棋士は未だイ・セドルのレベルには達しておらず、「Alpha Go」といえども勝つのは難しいだろうと予測している。一方、コンピュータ碁に詳しい若手棋士は欧州チャンピオンとの対戦から、3月までには半年が経過しており、疲れを知らない「Alpha Go」はその後も毎日、膨大な打ち手を学習しており、この半年の進歩を考えると、イ・セドル棋士といえども苦戦を強いられるのではないかと予測される。疲れを知らない学習能力は囲碁2,000年の歴史を1~2年でキャッチアップする能力があると見られている。

Googleの狙いは

2016年3月の対戦が囲碁界のみならず、世界の注目を集めるのは間違いないところであるが、もし仮に「Alpha Go」がイ・セドル棋士に勝利した場合、Googleはどのような次の手を打つのだろうか。過去の例をみると、チェスなどに勝利したコンピュータは目的を達したとして、プログラム開発を止めているケースが多い。

Googleの狙いは「Alpha Go」をAI開発のターゲットとして世界で最も難解といわれる「囲碁」を目標にしたと考えられ、目標を達した場合にはその技術をビジネス展開に応用するのが次の一手と考えられる。

Googleの売上の90%は広告収入である。人工知能(AI)の精度を上げて、Googleが提供している様々な検索機能の強化に応用することができる。それによってGoogleは更なる広告収入の増加や新ビジネスの創造を狙っているのだろう。

Googleはこれまでもマップ、アース、検索、アプリなどあらゆるイノベーションをビジネス化している。近年は自動車の自動走行技術開発に向け自動車業界とも開発競争を行っており、今回のAI技術が応用される可能性が高い。その他、AIによる画像認識を利用した技術も医療やセキュリティビジネスに応用されていくだろう。

人間の「脳」の活性化を促す囲碁

2016年3月のイ・セドル棋士との対戦で「Alpha Go」が勝利した場合、囲碁に与える影響はどうなるであろうか。AIに適わない人間の能力の限界として「囲碁」が持つ「深奥幽玄」の世界は色褪せてしまうだろうか。

10数年に発刊された「ゲーム脳の恐怖」という本があるが、本のなかで「テレビゲーム」が幼少年期に子供に与える重大な悪影響を指摘している。長時間テレビゲームを継続した場合の脳波を測定し、認知症と同様にアルファー波の低下が顕著になると著者は指摘していた。

今日、テレビゲームはスマホゲームに変わり、子供たちや若い女性なども電車のなか、歩きスマホでゲームに夢中になっている。これらのゲームは目と手だけの瞬時の反応だけで、深く物事を考える時間を奪い、アルファー波の低下を招く深刻な事態が進行しているのではないだろうか。近年、頻発している常識を超えた子供たちの犯罪の増加を見るたびに「ゲーム脳の恐怖」が思い起こされる。

これに対し「囲碁」は脳の発達を促すものとして再評価されている。「囲碁」は序盤、中盤、終盤、ヨセ、計算と打ち手によって右脳、左脳など使う場所が異なり、万遍なく脳を使うことにより前頭前葉を発達させ、人間としての社会性、公共性を育むといわれる。また、認知症防止効果として「囲碁」の持つ力が実証されようとしている。

「囲碁」は思考力、分析力、先見性、創造性の発達を促し、集中力や忍耐力を養うことや平衡感覚の育成、大局的な物事の見方ができるようになることからも注目を集めている。さらにコミュニケーションを活性化させる効用もあり、良好な対人関係の形成にも役立つ。

このような囲碁の持つ効用が理解され始め、現在、日本では23の大学で囲碁が単位のとれる正課の授業として採り入れられている。例えばある大学では「囲碁で養うロジカルシンキング」と言う授業科目で、戦略的なロジカルシンキングを身につける講座を開講している。

囲碁は幼少期における脳の活性化を促すことから、大学だけでなく小中学校、における囲碁授業が急速に拡大しており、全国で100校近く10,000人を超える生徒が囲碁に触れる機会を持っている。

さらに、「囲碁」は認知症防止に効果的であり、高齢者の健康増進に役立つという『囲碁療法』に注目が集まっている。囲碁による健康寿命の実現は医療・介護費の大幅な削減に繋がるものと期待されている。

今回の「Alpha Go」は2016年3月の韓国イ・セドル棋士との勝負の結果だけに囚われることなく、世の中で「囲碁」の関心が高まり、「囲碁の効用」が再認識される機会になることを願っている。

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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