代理人・田邊伸明が語る Jクラブのガラパゴス文化と変革方法
変容するJクラブの資本と経営
2020年1月1日の天皇杯決勝は、楽天を親会社に持つヴィッセル神戸と、メルカリが新オーナーに就いた鹿島アントラーズのIT対決だった。2019年のJ1王者はシティ・フットボール・ジャパンが経営のノウハウを提供している横浜F・マリノスだ。長らく重厚長大系の製造業が引っ張ってきたJリーグの資本と経営は変容しつつある。
Jリーグのオーナーシップと経営について、俯瞰的に語れる人材がいないかーー。筆者がそう考えて浮かんだ名前が田邊伸明氏だった。ジェブエンターテインメントの代表として約60名の選手をクライアントに持ち、様々なクラブと関わりを持ったことがある有力代理人だ。加えてメディアの取材に対してオープンな姿勢を持つ人物でもある。シーズンオフの繁忙期にもかかわらず、取材に快く応じていただいた。今回はより踏み込んで、Jクラブの経営論を論じてもらっている。
<以下敬称略>
役職が独り歩きするJクラブ
「クラブのいろいろな役職は、日本の企業組織と密接な関係がある。僕はそう思っています」
田邊はそう読み解く。
「強化に関わる役職としてだいたい強化部長がいて、たまに強化部長とは別にGM(ゼネラルマネージャー)がいる。GMと別にTD(テクニカルダイレクター)やSD(スポーツダイレクター)がいたりする。でもそういう言葉、役職だけが独り歩きしていて、何をやるのか非常に不明確です」
ゼネラルは「全般」「全体」を意味する英語で、GMは現場と経営の両面に目配りができる人材を指す言葉だ。しかしJクラブのGMは実際の権限を持っていない場合が多い。
「最近あったことですけれども、あるクラブの外国人選手として4人候補がいました。失敗できないから会いに行こうと、GMが会いに行ったんです。面談された選手とそのエージェントは、そんなに時間がかからず誰かに決まるだろうと考えますよね。ところがGMが日本に帰ってきたら、『社長と相談します』となる。社長と相談すると、社長は親会社と相談をするーー。これを向こうの人たちは理解できません」
GMがその名に値する権限を持たず、役割を果たせない。それがJクラブに残るガラパゴス的体質だ。田邊は続ける。
「意思決定権のある人が直接アプローチをしない。稟議をして、はんこを押すために(書類が)ぐるぐる回って時間がかかる。そこに日本以外の人はものすごくストレスを感じるし、日本に来た監督と選手が不思議がる第1位です」
社長がGMであるべき
GMは本来どうあるべきなのか?彼の主張はこうだ。
「何となくみんなGMもTDも強化に関わる人だと思っていて、僕もそう思っています。でもGMってゼネラルにマネジメントする仕事ですよね?広報、事業と色んな部門を横につなげるからGMなんです。僕の持論ですけれど、日本のクラブにおいて社長はGMでなければいけない」
親会社は即ちクラブの主要株主だ。子会社に取締役を送り込んでガバナンスを効かせるべきで、単に放任すればいいわけではない。ただし選手補強など専門性を要する分野は、強化担当者に一定の裁量を与えないと調整で無駄なコストが発生する。
親会社から来た社長の役割は?
もちろん親会社から派遣されてきた幹部にしか果たせない役割もある。ただし日本企業的な組織図の中で、なんとなく社長に権限が集中し、社長の目は親会社に向いてしまう。そのようなガバナンスは機能不全を起こしやすく、クラブも競争に勝ち残れない。
田邊は言う。
「もし親会社から来る社長が必要ならば、その人は例えば徹底的にお金を集めるべき。だけど親会社から来る社長って、何かあまりやることがないんですよ。日本の会社組織をサッカークラブに当てはめようとしている時点で、そこにひずみが生じている」
日本的な組織における社長の大切な仕事は何か?それは「親会社の抑止」だという。
「これは日本特有ですが、親会社が色んなことを言ってくる。例えば『もうちょっとお金を出すからいい選手を取ったほうがいいんじゃないか』とか。でもだらしなくお金を出しているからダメなんですよね。親会社から来た要求を食い止めるのが、親会社から来た社長の最大の役割になっています」
札幌・野々村社長は「本当のGM」
強化のトップとして、しっかり役割を果たした人材はJリーグにもいる。
「強化最高責任者イコールGMという例が、過去の歴史で何人かいます。例えば(鹿島の鈴木)満さんがOKと言ったらそこで決まります。お亡くなりになったけれど久米(一正)さんもそうでした。与えられた予算の中で決裁権をきっちり持っている意味では、セレッソ大阪もそうです」
監督はくるくる変わるのに強化担当者が変わらないーー。そうサポーターやメディアから批判されるクラブもある。田邊は背景をこう説明する。
「監督だけは社長が決めるクラブもある。監督が次々と変わるクラブでも、強化部長(担当者?)は全然変わらない例がよくありますよね。権限をそもそも与えていないからです」
Jリーグに「本当の意味でのGM」がいるのか? 彼は言う。
「ゼネラルにマネジメントしている社長がいるかというと、最初に思い付くのはまず(コンサドーレ札幌の)野々村芳和社長ですよね。あと湘南の大倉(智)さん(現いわきFC)もそうだった。野々村さんはゼネラルにマネジメントをしています。ただしGMに三上(大勝)さんがいて、その決定には口を出さない」
強化の安定も経営次第
決裁権はボールと一緒で、程よく分け合わないとチームが機能しなくなる。日本的な会社組織に「ボール」を戻せば意思決定が遅くなり、サッカーの国際化や目まぐるしい移籍に対応できない。
札幌の野々村社長は元Jリーガーだが、サッカーを理解しているからこそ権限を移譲しているのだろう。野々村社長、大倉社長のような経営も見られるサッカーの専門家は、Jクラブを切り盛りする上で貴重な人材だ。
その正反対が「強化に口を挟む素人」だ。
「『俺はサッカーが分かんないから』と言って社長をやっている方が圧倒的に多い。一番タチが悪いのはサッカーの社長をやり始めたら面白くなっちゃって、強化に口を出してしまうパターンです」
強化担当者の能力は当然ながら重要だが、それを引き出すのはやはり経営者だ。田邊は横浜FMの強化体制についてこう述べる。
「ほぼジェフ体制になって強化が安定しました。小倉勉さん、昼田宗昭さんなど4人が元ジェフの人たちです」
ジェフ千葉ではJ1昇格というミッションを果たせなかった彼らだが、横浜FMのマネジメントはその能力をしっかり活かした。与えられた予算、CFGのサポートといった違いもあるが、いい組織だからこそ個は活かされる。
もっと元選手をフロントに
横浜FM、鹿島は伝統的な大企業をオーナーとして発足したクラブだが、プロフェッショナルを的確に登用し、世界の潮流へ適応した。一方でジュビロ磐田は地方の小都市を本拠としつつ、Jリーグやアジアの頂点を経験した部分で鹿島と同じ立ち位置を持つ。ただし今は経営、強化の両面で停滞に陥っている。
田邊はこう分析する。
「基本的にヤマハの人しか入れないし、ヤマハか黄金時代の選手しかいないですよね。それで上手くいけばいいんだけれども、もうそれでは上手くいかない時代になってしまった。これから先もJリーグで常勝を目指す存在を目指していくためには、やっぱりもうちょっとオープンに立たないといけない」
もちろん「報酬を約束どおりに払う」といった良きカルチャーを変える必要はない。しかし日本サッカーは現場以上に経営面の立ち遅れが目立つ。変革の方向性は強化の人間に権限を与え、外部からも有用な人材を登用できる組織になること。札幌のように「サッカーを理解している人材」が経営に入ることだ。実際に今オフは元選手が営業などの職種に就く例が増えていて、それは間違いなくいい傾向だ。
田邊はこう説く。
「もっとOBがフロントに入っていかなければ駄目だと思うんです。OBイコール強化みたいな発想は捨てるべきです。例えば野々村さんがそうだし、坂本(紘司)だって今は(湘南の)スポーツダイレクターですけれども、その前は営業職をやっていた。元選手はサッカークラブで何が大切なのか、身体に染み込んでいる人たち。それがすごく重要だと僕は考えています」